トロム国の白き魔女⑩

 イグアスの剣が襲う。この一閃は急所を貫くと直感した。わかってはいるが、腕は痺れ、足が動かない。避けられないと悟った。命の終わりを自覚した。


「イシュタル」


 死が目の前に迫った瞬間、口に出たのは逢いたくても逢えない恋人の名前だった。次の瞬間、白い神聖な六芒星がイグアスとカイの間に描かれた。


 光の精霊を頂点とし、水、風、闇、火、土。人間の良心を具現化したような輝き。


 そう、闇でさえ必要ななのだ。自然と生き、光は営み、闇に休む。当たり前の時を紡ぎ、円環を描くのが本来の人の姿である。


 グレースが自ら障壁を抜け出し、子供と共に精霊たちを召喚した。神龍の女の子が精霊を開放してくれたのだろう。まさに、間一髪だった。


 六芒星の周りに光の輪が踊るように回る。


「闇に堕ちた同胞よ。闇は怖がるものではない。受け入れるものだ。それを思いの厚みとして自身の一部にすればいい」


 闇に取り憑かれた者に使う、浄化魔法を唱えている。こんな状態でも相手の救済を願う。それがグレースなのだ。

 だが、相手は同胞ではない。神龍族であった。


「受け入れぬなら、感じてほしい。陽の光の暖かさ、水のせせらぎ、風の心地よさ。闇は優しく我をつつみ、火は凍える者を救う。そして、大地は我らを育てる。あなたは、あなたの地に戻り、自分の間違いを知ることだ。この地から去れ!」


 円環を纏った六芒星は、大きくなりイグアスを包む。真っ白な光が弾けると同時に、イグアスは跡形も無く姿を消した。


 辺りが静まり返った部屋には、片腕を失ったアルベールと全身に傷を負ったカイが残された。


 闇の精霊が子供を預かり子守唄を唄う。


 慈愛の水がカイの全身を包みキズが癒えていく。


 グレースはアルベールに走り寄り、自らの手で回復魔法を使った。アルベールの腕は繋げられたが細かい神経の損傷までは補うことはできないだろう。


あたくしのために、ごめんなさい。貴方は優しい人だから、あたくしを放っては置けなかったのでしょう? もういいの。娘を授けてくれただけで感謝しています。だから、もう、ご自身の道を歩んでください」


 アルベールは痛みを堪えながら、左手で頭を掻いた。それは、アルベールの困ったときの癖だった。


「グレース。僕は君を愛している。嘘を吐いたことなど一度もない。小さな子供なのに必死に精霊魔法を練習する君を守りたいと思った。大人になってもその思いは変わらない。どうか、俺とキチンと夫婦になってほしい。ローザにも寂しい思いをさせたくない。だから、捨てないでほしい。国の仕事も今まで以上に頑張るから」


 グレースはその言葉を聞きながら涙を流した。そして、返事の代わりにアルベールに言った。


「この精霊たちを助けてくれたお嬢さんが、黒毒竜に襲われているの。助けに行ってください」


 返事を保留にされたアルベールは、ほぇっと一瞬ポカンとしたが、なんとも、グレースらしい。そして、カイに向かって言った。


「行きますか!」

「その手で、聖剣を握れるのか?」

「まぁ、暗黒竜くらいならイケるんじゃないか? 背中は任せろ!」

「おいおい、結局のところ俺か」


 結界も復活している。逃げ遅れて取り残された暗黒竜は討伐しなければならない。

 繁殖でもされたら厄介だし、何より、命の恩人が危機に瀕している。


 光の精霊が、カイたちの周りをクルリと回った。

 案内役を引き受けてくれるらしい。


 二人は、華麗に? 窓から飛び降り精霊の後を追った。


 続く

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