インティ・ゴールド(太陽の黄龍)①

『儀式の日』は、晴れた青空が眩しい日だった。


 雄大な山より大きい生命の樹カウサイ・サチャの上空に築かれた天空の国ハナク・ユスは、隔壁かくへきが幾重にも重なり緩やかな曲線を描いていた。


 その白壁をうように生い茂る色とりどりの草花。荘厳そうごんそびえ立つ天空の王宮は、神の御業みわざであり、まるで蜃気楼のように神秘的に実在していた。


 太陽神アマルは戦いの装束で回廊を歩く。翻るマントを追うように側近が後を追ってくる。


 王宮で働くのは神龍族の大多数を占める翠龍すいりゅう。侍女たちは凛々しく立ち歩く太陽神を認めると、憧れからか若き龍王の噂をした。


「アマル様の金色の御髪おぐしはなんて美しいのでしょう。さすが黄金龍ですわ。 今年でもう十二歳。将来が楽しみですわね。 ほら、あのとき。 先代の女神様が『燈火の聖女』の禊場から帰られた後、すぐに原因不明の病に倒れたときは、どうなることかと心配しました」


「ええ、本当に。大気からも守護の光が消えてしまって。恐ろしい事でした。 女神様の病状に治療師も手の施しようが無く、最期の時を迎えられるなんて、誰も予想できないことでしたね。 最期の力を振り絞って、逆鱗より赤子を生み出され消えてしまわれた。 とても悲しい出来事でした」


 この世界では、神と呼ばれる特別な龍は、裏の世界ウク・プチャウで休息を取っていた魂が生命の樹カウサイ・サチャに結実して生み出されるのが常であった。


 しかし、アマルの場合は例外で、先代の女神ルフレが瀕死の状態になった三日後に、最期の力で生み出された奇蹟の子だった。


 アマルが生まれると同時に、聖なる光は大気中に復活したが、その時には、多くの邪悪な暗黒竜が、北大陸にある『ドス・オホスの穴』より這い出していた。


 五千年も昔に封じた暗黒竜の復活だった。


 回廊を抜けると、薫風くんぷうがプラチナブロンドの長い髪を揺らす。

 その透けるような髪に、太陽神の証ともいえるインティ・オパールの額飾ぬかかざりが輝いていた。


 この宝石は、主に合わせてその姿を変える。時には髪飾りとなり、礼装の時などは胸飾になった。まるで意思を持っているかのように形を変え、選ばれた者だけが手にすることができる至宝。


 この宝玉がひたいを飾る時、世界の全てを見通すことができる。

 しかし、アマルはまだ、その能力を発現できないでいた。


 軍神である青龍レヴィは回廊の出口で跪きアマルを待つ。

 老いて白く霞む青い瞳には、まるで光そのものが近づいて来るように見えた。

 アマルが生まれたと同時に、対となる次期の軍神も生命の樹カウサイ・サチャより生まれ出ていた。


 恐らく、この二人を育てるのが自分に残された最後の使命であろう。レヴィは右腕を胸の前で曲げ、左腕を後ろに回し頭を下げる。


「龍王軍元帥レヴィ。自ら出向いてくださったのか? 感謝する」


「龍王様におかれましては、ますますご健勝のことと存じます。我が領地にお越しくださるとのこと。歓迎いたします」


 アマルはレヴィに右手を差し出した。剣の師匠でもあるレヴィは面を上げ微笑み、その手に恭しく唇を当てる。左手には、防御武具である銀色の手甲がはめられ、夜の神の証であるノックス・オパールが光を吸い込むような紺碧色をしていた。


 この二つの宝石は対になっていて、近くに在ると共に共鳴し合う。


 その繋がりはアマルに安心感を与えた。

 時に厳しく、けれど大海原のように優しい。父のように慕う師匠であった。


 戦闘訓練の最終の地でもある、生命の樹カウサイ・サチャが根付く中央大陸メンシスは、夜の神であるレヴィが統治している。


 前太陽神の女神ルフレの時代は、光の守護が大陸の隅々まで行き渡り、世界は平和で安定していた。


 しかし、暗黒竜が暗躍する今の世代は、男神の武力による統治が求められていた。


 太陽神でさえも、安定した力を手に入れるには、生命の樹カウサイ・サチャによる儀式を受けなければならない。


 生命の樹カウサイ・サチャの根元の洞窟から裏の世界ウク・プチャウに入り、試練を克服すれば、龍本来の既存の水の力の他に、個々が持つ秘められた力を顕在化けんざいかすることができる。


 アマルはその試練に立ち向かい、新たな力を手に入れようとしているのだった。


 後ろに控えていた翠龍のフィオナが一歩前に出て、不届き者を見つめるような冷たい眼差しを向けた。


「軍神よ。アマル様は次の皆既日食で完全体と成る。 まだ、時は満ちていない。今回は次期の軍神も一緒だと仰るが、御身に何かありましたら、貴方の責任ですよ」


 フィオナはアマルを母のように慈しみ育てた神官で、その生涯を信仰と武芸に捧げていた。

 紅龍せきりゅうの『燈火の聖女』や白龍の『オアシスの乙女』に並ぶ三大美女と詠われ、その清廉な姿から、『翠玉すいぎょくの巫女』と呼ばれる祭祀さいしの神であった。


「巫女様。皆既日食は四百八十年に一度。次の日食までに後八年もあります。それまで何もされないのは、龍王様も望まれておりません。龍王様には類まれな剣の素養があります。今のままでも剣技を花開かせることは十分可能でございましょう」


 太陽神は皆既日食のたびに、その神体は新たな段階へ進化する。

 その時、副産物として『虹の石クイチ・ルーミ』という珠を生み出す。


虹の石クイチ・ルーミ』は、ただ一つならどんな願いでも叶えられる宝珠であった。


「フィオナ。これは僕が望んだことだ」


 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る