インティ・ゴールド(太陽の黄龍)②

生命の樹カウサイ・サチャより双子の白龍が生まれでました」


 慌てた神官が、会話に割って入ってきた。

 それだけ、緊急事態なのだ。


 双子の白龍は砂漠のオアシスの守護神を宿命とする。しかし、現在の守護神は二人ともまだ若い。交代の時期ではない。


 その場に居た者たちが騒然とした。


 予定外の事が起こっている。二人が力を無くしたか、もしかしたら、片割れを亡くしたのかもしれない。


 神が力を失えば、守護している国に天変地異が起こることもある。

 神龍が神の資格を失う時が近付くと、生命の樹カウサイ・サチャは、次期の神を降臨させる。


 神は次の世代の後継を育ててから裏の世界ウク・プチャウに旅立ち、休息するのだ。


「白龍軍のライアンを呼べ」


 白銀の瞳と髪をした白龍の副将軍が階段下に跪き叩頭した。この男は控えめな性格をしているが、副官として隊を良く纏めていた。


「『オアシスの騎士』イグアス様も『オアシスの乙女』イシュタル様も、数日前から呼びかけには答えません。平時と異なるため、こちらに控えておりました」


「すまないが、オアシスの国アレナに今すぐ遠征してくれ。イグアスとイシュタルの消息を確認してほしい」


「はっ」


 立ち上がり、足をそろえ敬礼すると、巨大な石で築かれた、石垣の間を縫うような階段を降り、断崖絶壁から空中へと飛び込む。

 瞬く間に伸びやかに姿を変え、白銀に光る龍となった。

 その神体は西の彼方に飛翔する。後に続くのは白龍の一個中隊だった。

 アレナが戦場になっていることも視野に入れての対策だった。


 アマルは乞うようにフィオナに言葉を掛ける。まだ、半人前で緊急事態に何もできない自分は何と無力なことかと。


「双子の赤子の世話は任せてもいいか?」


 フィオナは頷き淑女の礼でその場を去った。このような事態でも優雅に身を翻す。

 フィオナは愛情深く世話好きだ。アマルは安心して任せることができた。


 今、最も懸念しなくてはならないのはアレナ皇国の現状。

 イグアスとイシュタルの安否が気掛かりだ。


 アマルは己を呪うように拳を握る。

 まだ、世界を見通す力も無く、このような事態に自ら動くこともできない。求められているのは暗黒竜より世界を守る力。せめて、試練の終わった後であったら、何かできたかもしれないと。


「一刻も早く力が欲しい。インティ・オパールの力を使えるようになりたい。僕には世界を守る義務がある」


 インティ・オパールは額に当てると、この世界全てを見ることができると言われている。アマルはその力をまだ使うことができなかった。


「アマル様。そのために自分がおります。アマル様と次期軍神が力を持つまでは、命に代えましても、この国と貴方様をお守りしますぞ」


 アマルは走り上空に飛び上つと生命の樹カウサイ・サチャの枝葉の間をすり抜け降下した。

 清浄な空気が肺を満たす。


 目下の三つの大陸は暗黒の穢れの気配も見せず、緑の木々に覆われ、青い水をたたえていた。

 だが、地底からの侵入者は確実にこの世界を変えようとしている。

 地底の暗黒竜の王は、太陽の加護を無くし、自分たちが地上を支配しようと、遥か昔の戦いをまた仕掛けてきたのだ。


 陽の光が大陸を照らす間は、太陽神の加護により暗黒竜は大きな力を使えない。しかし、暗闇は奴らの世界。

 月明かりすら届かない暗黒の夜に人を襲い、龍族を喰らう。

 アマルには生まれ出た瞬間から世界を守る責務があった。


 雲の狭間を抜け、天空の国ハナク・ユスの唯一の入り口である生命の樹カウサイ・サチャが根を張る、島国のような大陸が見えてきた。

 そこは、透き通るような碧い海に浮かぶ断崖絶壁の国。

 入り口が一つもない分厚い石壁で東の集落を堅固に防御し、世界の中心にあたる高い峰の頂きから空を刺すように生命の樹カウサイ・サチャが聳え立っていた。


 続く

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