インティ・ゴールド-夜の神は魔術師に導かれ金色の龍を探す-

麻生燈利

第一章「太陽の黄龍アマル」と「夜の青龍サイファ」−黄龍が白龍イグアスに攫われる-

ノックス・ブルー(夜の青龍)

 青い空の彼方にある天空の国ハナク・ユス

 太陽神の御座す光の国。

 彼にとって、その光がすべての希望だった。



 生命の樹カウサイ・サチャは、天空の国ハナク・ユスから裏の世界ウク・プチャウまで繋がり、自然の流れを循環させる。

 その巨木は、世界の中心とされていた。

 人間には辿り着けない神の聖域。

 中央大陸にある城塞国家メンシスは、聖域を守る神龍族の砦である。


 神龍族は、姿形すがたかたちは人と変わらないが、本性は龍であり、その身体能力は驚異的だった。



 ◇◇◇



 開けきれぬ夜の海。

 地平線より昇る太陽を、サイファは東の見張り塔から眺めていた。

 朝凪あさなぎの海は、陽の光を真っ直ぐに反射する。

 この時間だけ、海が太陽と同じ黄金色こがねいろとなった。

 ザラリとした隔壁の感触。カモメの鳴き声と潮の香り。涙の味。


 太陽神の加護は、龍の瞳で見れば、キラキラとそこかしこに散らばっている。

 光を見失わないように、サイファはここに来るのだ。



 人間界で、神と呼ばれる特別な龍は、裏の世界ウク・プチャウで休息を取っていた魂が、生命の樹カウサイ・サチャに結実して生み出される。

 サイファは生命の樹カウサイ・サチャより生まれ、『夜の神』を約束された青龍だった。


 それは、同時に両親も無く、天涯孤独である事を意味している。


 サイファは振り返り、西の空の生命の樹カウサイ・サチャ天空の国ハナク・ユスに視線を移す。

 雄大な山から突き出る巨木の枝に、奇跡のように浮かぶ都市。

 そこに暮らす太陽神は、サイファと同じ日、同じ時刻に生まれた。


 夜の神と対を成す存在。


 彼も孤独を抱えているのだろうか?

 サイファは想いを馳せる。


 現在の『夜の神』である、老齢の騎士レヴィに庇護され、その家族と暮らしていても、サイファは家族では無い。血族でも無いのに、後継とされる他人。


 当然、レヴィの妻はサイファを疎んじていた。

 レヴィの息子が『夜の神』を継げないのは、サイファの決めたことではない。

 それを彼女は、頭ではわかっていても、本質的には理解ができないのだ。


 また、サイファは、一振りの剣をその手に握り、生命の樹カウサイ・サチャより生まれ出た。

 その剣の刀身は、死者の国ウク・プチャウの金属製で、別名『神殺し』と忌み嫌われる武具であった。

 当然、持ち主のサイファも恐れられ、忌み嫌われている。


 大人達の恐れは、サイファの心を鋭く抉っていた。

 常にサイファは、畏怖の対象であり、神龍界に血生臭い闘争をもたらす存在とされてた。

 また、子ども達も、当主レヴィの嫡子マキシムの味方だった。

 彼は優秀であり、軍を統べる統率力を持っている。


 孤独は人を疲弊させ、良からぬ考えに導く。

 いつしか、サイファは、自分だけが異質であり、罪悪であると、考えるようになっていた。



「サイファ」


 段下よりレヴィの呼ぶ声がした。

 師匠のレヴィだけが唯一、サイファを恐れずに育ててくれている。それはサイファにとっては救いであった。


「レヴィ、帰ってきたの?」

「ああ、今帰った。おまえの『儀式の日』が決まったぞ。アマル様と一緒だ」


 アマルとは、天空の国ハナク・ユスに住む太陽神の名前である。古い言葉で龍神を意味している。

 サイファはアマルとは面識は無いが、レヴィはアマルの武術の師でもあり、いつも、その話を聞かせてくれていた。

 同じような境遇の二人は、レヴィによって繋がっているように感じている。


「フィオナ様がお許しになったのですか?」


 フィオナは太陽神に仕える神官で、サイファの事を最も懸念している一人である。これまで一緒に稽古が受けられなかったのは、アマルの教育係である彼女の反対があったからだった。


「ああ、『太陽神』と『夜の神』をいつまでも引き離してはいられない。二人でなければ世界は守れないからな」


 昼の世界は太陽神の加護で守られている。『夜の神』の仕事は、光の加護の弱まる夜間に、武力によって脅威を取り除くことだった。


『夜の神』は軍神であり、龍王軍の元帥を務めている。また、この地は、龍王軍の中枢の拠点であった。


 サイファは子供らしい笑顔を見せた。ずっとアマルに逢いたかったのだ。


 続く


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