水の街とオアシスの魔術師④
白龍軍の指揮官がやっとイグアスが敵である事に気付いたときには、大勢の神官と兵士が砂となり消えていた。
「散開しろ! 打てぇ」
自軍の将であるイグアスが敵となる事態に、頭では理解していても上手く対応できない。
それでも副将のライアンは軍隊を指揮しイグアスを攻撃しなければならない。
誉れ高き神龍最強の騎士。我々の守護者。
弓を放ってもことごとく弾き返される。
イグアスが力強く剣を振るたびに水は引き、砂はうずたかく積まれ、オアシスは乾き、建物はひび割れていった。
イグアスの顔面に浮かぶ嘲笑が不気味で、余りの恐怖に人々は逃げ惑い混乱する。
そんな混乱のさなかに、どこからともなく美しい歌声が聞こえた。
玲瓏に響くその歌声は人々に訴える。
「落ち着きなさい、わたしの愛しい人達よ」
その歌声が「逃げるように」と高らかに謳う。人々は歌声に導かれオアシスの外へと向かった。
エマは人波の中で夢中に走る。冷水に漬けられたように手足が冷たく痺れていた。途中で足がもつれる。そしてとうとう転んでしまった。
膝と腕を擦り剥き血が滲む。
諦めてしまいたかった。
この先どうなるか分からないし、絶望が蛇のように絡みつき、心を蝕む。わかっていても止められない。
ただ、ただ、泣いてしまいたかった。
俯いて地面を見ていたエマの視界に、女性の手が差しだされる。
縋るように、その手を掴み立ち上がると、助けてくれたのは、
「大丈夫ですか?」
美しく響く声。なぜか安心感を与える。エマの凍える指先にその温かさが触れた。
「ありがとうございます」
禰宜の女性はエマに、こぶし大の宝玉を差し出した。
「私はまだやることが残っています。だから、この子と一緒に逃げてほしいのです。どうか、守ってください。大切な子なのです」
エマはその宝玉を受け取った。
そして、女性禰宜は懐から宝石が散りばめられた長方形の箱を取り出し、胸に抱き守護を与える。
「こちらも、お持ちください」
すると、暖かい光が辺りを包んだ。
まるで、穏やかなお日様のような柔らかな光。
エマは思わず宝玉と箱を抱きしめると、宝玉はみるみるうちに女の子変わった。
エマは裸の女の子に自分の外套を巻き付け、夢中で導かれるように走る。
オアシスの出口には大きな辻馬車が何台も待っていて、人々はそれに乗り込んでいた。
エマも乗り込み、着いた先がトロム王国の首都だった。
やはりアマルはアレナで消息を絶っている。
イグアスは人間以外の白龍の軍人と神官を消していた。
アマルも一緒に消えてしまったのだろうか?
イシュタルは、皇民を助けようとしている。
だとしたら、インティ・オパールをエマに託した者はイシュタルの手の者だ。
そして、ここに存在するソレイユは?
インティ・オパールが王の危機によって人の形に変わったのだろうか。
サイファは自らのノックス・オパールを凝視する。
自分の魔法力では不可能な気がする。
増しては女性に変えるなど未知の領域だ。
しかも、鉱物を完全に実体化させることができるのだろうか?
ソレイユは血の通った肉体を持っているとしか思えない。
アマルはたしかに男だった。
前女神のルフレは、男の神を産んで崩御したと言われている。
アマルがいくら最高位の神龍だとしても、龍の完成された個体である限り性別を変えるのは不可能だろう。
ソレイユはアマルではない。
改めて見るとソレイユは、人間にしては不思議な気配をしている。
それに龍の力も感じない。
精霊か物の怪の類を魔法で強化し実体化させたのだろうか。
そして、それを行ったのはアマルかイシュタルだと推測できる。
「禰宜の女性から託された宝玉が子供に変わった時、本当に太陽のような光を発していました。だから、わたしは、この子をソレイユと名付けました。あなたがお探しなのはこの子なのでしょうか?」
エマの話はそこで終わった。
「面差しはたしかに似ている。髪の色は違うが、瞳の色は同じだ。だが、決定的に違うのは、俺の探している人物は男だ。参考までに聞いておきたい。託された箱の中身は? なんだったのだろうか?」
「ソレイユが使っているドラコカードです。箱のほうは、みんなの生活のために売ってしまいました。そのお金でこのテントを購入したのです」
ソレイユは何か考えるような仕草をした。
「私に似ていて、男性。それならたまに逢えるよ。ただし、こっちが呼んでも出てきてはくれないけど」
「どういうことだ?」
「あんたさ、強い? それなら、用心棒として置いてくれるように頼むから、しばらくここに居なよ。そしたら、逢えるかもしれない。ちょっと説明は難しいんだ。実際、見たほうがいいって」
どちらにしても、他に方法は無いのだ。ソレイユが精霊でも物の怪でもアマルが残した手掛かりには違いない。
続く
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