第六章 サイファとソレイユ、プラムが水遊びに。淡い恋心・束の間のやすらぎ

運河の流れるプール

 その日は暑かった。

 茹だるような暑さのために、占いの予約が次々とキャンセルされたのも頷ける。

 ソレイユとサイファも風の通らない占いテントを抜け出して木陰へと避難していた。


「サイファ、暇になっちゃったね」

「あー、暇だな。それに、暑い」


 木陰で休みながら、サイファはソレイユの飲み水を魔法で凍らせる。だが、すぐに溶け、焼け石に水状態だった。

 それどころか、二人とも汗だくで、ぐったりと伸びている。


 そこに、気温が十度くらい上がりそうな、はちゃめちゃ元気な声が耳をつんざいた。


「ここに居ましたぁーーー。探しましたよぉーーー」


 プラムである。

 今日も治療院の手伝いを終わらせ、ソレイユに会いに来たのだ。

 元気があって良いが、今日の気温にはそぐわない。


「プラムちゃん、静かにして、暑い」

「まったまた、いけずぅーーー。今日はいいものを持ってきましたのよ。さぁ、涼しいところに遊びにいきましょう」




 ◇◇◇




 プラムに案内されたところは、トロム運河の水量調整用の支川だった。

 この支川は貯水池へと続いている。

 夏の間は水量が少なく安全なため、市民に憩いの場として開放されていた。


 支川の両岸は雑木林で日陰になっている。山からそよぐ風が天然のクーラーの役割をし、整備され公園を涼しく保っていた。木製の素朴な東屋やベンチが点在し、水遊びをした後に休む場所もある。

 また、貯水池から手作りの細い小川が流れ、大きな噴水へ続いていた。

 そこでは、子供連れの家族たちが小さな子供を遊ばせている。


 賑やかな景色。適度に混み合い、人々は皆楽しんでいた。平和で優しい景色。


 サイファはその光景を瞳におさめる。不思議だった。今までは、それをひとりぼっちで見ていたのだ。

 しかし、今は違う。ソレイユもプラムも居る。

 そして、大道芸一座の人々はサイファの素性も聞かず受け入れてくれた。

 誰もが龍だと気付いているが、普通の男手として受け入れてくれている。

 サイファは胸がじわりと温かくなるのを感じた。


 ああそうだ、とサイファは気付く。サイファはずっと凍えていたのだ。

 レヴィは優しさをくれたが、共に寄り添い合う温かさとは別のものだった。

 身の内に氷の魔法を宿すほど、サイファは冷えて固まっていたのだ。


「サイファ」


 ソレイユが呼ぶ声は氷を溶かすように自分も溶かす。サイファは振り返った。


 白い不思議な形のドレスを着たソレイユと、お揃いの朱色のドレスを着たプラムが居る。


『泳水ドレス』と呼ばれるその出で立ちは、そでが短く、スカートの部分が二つに割れて、くるぶしのところで紐が結べる形だった。

 いつもより、体のラインがはっきりとしたドレスは、二人の健康的な可愛さを引き立てている。


「サイファ君はそのまま入っちゃって。男の人はみんなそうしているし。そーちゃん、さぁ、水に入るわよぉ。おぼれても大丈夫。このプラムがお助けするよ」


 プラムは驚異的な身体能力を持っている。黒秘竜の村は山岳の麓にあり、自然と体が鍛えられるという事だ。


「うん、涼しそう! サイファも早く行こう」


 支川には対岸に渡るようにいくつもロープが張り巡らされていた。そこに捕まって体を伸ばすらしい。


 また、ロープを離して流れた先は貯水槽になっていて泳いでる人もたくさんいた。


「きゃー、冷たい。気持ちいい」


 水の流れも緩やかで心地よい。

 龍は水生の生き物のため、水の中は得意中の得意であった。溺れることも無いし、水の中で呼吸もできる。



 女子二人は楽しそうにしているので、サイファは潜水して気が済むまで泳いだ。


 岸に上がると、ソレイユとプラムが座っておしゃべりを楽しんでいた。

 ソレイユは濡れて、しんなりとした髪からキラキラと雫が落ち、肩のあたりを濡らしている。そこから素肌が透けて見える。

 一瞬どきりとした。


「サイファくーん、何しているの。こっちこっち」


 プラムが手を振る。我に返りサイファは合流した。


「ねぇ、サイファ! 今日はドラコカード持ってきていないのよ。すごくない?」

「なにが?」


 ドラコカードを持っていようが、持っていなかろうが、ソレイユはソレイユである。どうしてそんなことを聞くのだろうとサイファは不思議に思った。


「今日は占い師では無いのよ。普通の女の子みたいじゃない?」


 カードを持っていると、いろいろなことが見えてしまうのだろう。笑顔の裏の顔、悲しみ、苦しみ。


「占い師は大変な職業だと思う。でも、ソレイユが辛いなら辞めてしまってもいいと思う」

「辞めてどうするの?」

「俺の故郷でのんびりすればいい。働かなくても大丈夫だ」


 サイファは言葉通りの意味で、深い意味は無かった。ただ、苦しいのなら、力になりたいと思っていた。


 プラムが不思議そうな顔をしている。ソレイユは赤くなっていた。サイファはそんな二人を見て首を傾げる。


「ねぇ、サイファ君? それってプロポーズ?」


 今度はサイファが慌てる番だった。焦りまくって挙動不審になった。


「プロ、ぷ、ぷ、ぷ、プロポーズ!! そんなんじゃない。違う」


 サイファの大声に周りの人の注目が集まる。ソレイユが真っ赤になり俯いた。プラムもきょろきょろ周りを見渡す。


「サイファ君、し、静かに」


 いつも騒がしいプラムに言われたらお終いである。


「逃げるぞ」


 サイファはソレイユの腕を掴み駆け出す。プラムも追い駆けた。


 プラムにはサイファがソレイユの腕を掴む瞬間がスローモーションのように見えた。走りながら、何度も、その光景が蘇ってくる。


 前を見ると楽しそうに笑う二人。

 プラムはチクリと胸が痛んだ。少し泣きそうになる。

 サイファはいつもソレイユばかり見ている。プラムは眼中にないのだ。


「わたし、サイファ君が好きなんだ」


 サイファはプラムの胸に知らぬ間に焼き付いている。でも、サイファは先にソレイユに出会ってしまった。

 その事に気付いたプラムは足を止め、呆然と二人を見つめる。


 少し離れてしまったプラムを二人は、立ち止まり呼んだ。


「プラム」

「プラムちゃん」


 二人の笑顔はプラムに向けられている。そう、二人とも大切な友達。

 プラムは一つ瞬きをして、胸の痛みにそっと蓋をした。

 そして、笑顔で言うのだった。


「待ってぇーーーー」


 ソレイユと繋いだままの手を離さずに、サイファはもう片方の手をプラムに差し出す。


 空は眩しいくらい輝いている、夏の穏やかな午後だった。


 続く

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