第15話 子役としての一歩と、葛藤
誘拐事件から1ヶ月が過ぎた。
なんだかんだでお遊戯会も終わり、年の瀬が迫ってきている。
そして、あの事件を通して、大きく変わったことがある。
「これを絶対に手放してはダメよ」
「……うん」
そう言って渡されたのは、GPS付のキッズケータイだった。
防犯ブザーもついていて、すでにママの電話番号も登録してあった。
しかも待ち受け画面には注意事項がじっしりと書かれていた。
『知らない人からお菓子をもらわない』『知らない人についていかない』とか、当たり前のことばかり書いてあるけど、それがずらっと書き連ねてあると少し怖い。
つまり、ママは過保護になってしまったのだ。
「でも、ママ。こんなのなくても大丈夫だよ」
「ダメ。いざという時のために必要だから」
「オレのこと信じてくれないの?」
「何を言ってるの。スミレのことは信じてる。でも、子供一人ではどうにもならないことはいっぱいあるの。そういう時、すぐにスミレを助けに行くために必要なの」
「でも……」
いくら断ろうとしても、ママの意思は固かった。
結局、なし崩し的にキッズケータイを持つことになってしまった。
(オレが悪いし仕方ないか)
その頃。
ちょうど、一通の封筒が我が家に届いた。
ママは差出人をみるや否や、眉根に皺を寄せた。
「どうしたの? ママ」
「ねえ、スミレ。あなた、子役になりたい? 実は書類を送ってたんだけど……」
どうやら、芸能事務所からの封筒だったらしい。
今回は書類選考合格の通知だろう。
「なりたくないなら別にいいんだよ。ほら、ママと一緒にいる時間が減っちゃうし。別にスミレのかわいさを信じていないわけじゃないんだけど、色々と大変だと思うの」
明らかに、子役になってほしくなさそうだった。
誘拐の件もあって、子役になるのは危険だと考えているのかもしれない。
だけど、自分が勝手に出した手前、強く反対できないのだろう。
「やりたい。絶対に子役になる」
「でも……」
「子役になって、ビッグになる」
「そんな簡単じゃ――」
「ママ、信じて」
オレはまっすぐに、ママの目を見つめた。
これだけ真剣なまなざしを向けたのは、転生してから初めてかもしれない。
「……わかったわ」
ママは渋々と言った感じで、首を縦に振ってくれた。
(よっしゃ!)
オレは思わず、心の中でガッツポーズをとった。
これは単純に子役になる、というだけの話ではない。
九条との約束をできるだけ先延ばしにする、という目的もある。
オレは九条の求める『徳美から産まれる方法』を知らないし、今後知れるとも思っていない。
今はとにかく期限を延ばして、奇跡を祈るしかない。
それから数週間後。
面接があり、親子で事務所に向かった。
その数日後、あっさりと合格通知が来た。
この時のママは、露骨に嫌そうにしていた。
面接では『自分の娘がどれだけ子役に向いていないのか』を力説していた。
面接官も初めてのことだったのか、かなり困惑していたのが面白かった。
それでも合格が出たのだから、九条の影響力の高さが
「ご、合格おめでとう。スミレ」
「ありがとう、ママ。がんばるね」
「うん。ほどよく無茶せず頑張ってね。つらくなったら、いつでもやめていいからね」
ママはできるだけ笑顔を取り繕っていたけど、明らかに頬が引きつっていた。
オレはというと、安堵の息を吐いた。
九条が約束を破る可能性も十二分にも考えられたからだ。
あいつなら拷問の一つや二つ、平気でしてきそうだし。
またそれから数日後、オレたち親子は事務所に呼び出された。
「お母さんはこちらに……」
「あ、はい」
ついて早々、ママは別の部屋に連れ出されてしまった。
おそらくは契約とかの大人の話があるのだろう。
入れ替わるように、
メガネを掛けたキャリアウーマン風の女性。
九条だ。
「私が担当になったから」
「まじ?」
「しょうがないでしょ。あなたみたいな特異な人、下手なスタッフには任せられない」
「特異なんて照れるなぁ」
オレが冗談で照れると、九条は「はああぁぁ」と深いため息を吐いた。
本気で呆れているときのやつだ。
「褒めてないから。色々と注意事項が多すぎて、頭が痛くなってくる」
「そんなに注意事項はないだろ。こんなにかわいいんだし」
「まず動きがオッサン臭いし、スケベだし、隙あればエナドリを飲もうとするし……」
九条は痛そうにこめかみを押さえつけて、オレは「大変そうだなぁ」と思いながらジュースを飲んだ。
「そういえば、あの時の激レアエナドリはどうしたの?」
「ママに隠れてこっそり飲んだ。そしたら刺激が強すぎて鼻血がドバドバ出て、大変だった」
「まだまだおこちゃまには早いってこと」
本当だ。まさか子供の体がここまで貧弱だとは思っていなかった。
「……早く成長したい。エナドリを飲めるまで」
「まあ、成長しても難しいと思うけどね」
「なんでだよ」
「だって徳美、カフェインに弱いでしょ。きっと遺伝してるよ」
「な……っ!」
衝撃のあまり、オレは膝から崩れ落ちた。
目の前が真っ白になって、自然と呼吸が浅くなっていく。
もう、未来は真っ暗だ。
「それより、徳美から産まれた方法を教えてくれない?」
「……まだだめ。」
「ちっ。まだ理性があったか。今度一服盛るか……」
九条は不穏な
こいつの出す飲み物には、絶対に口をつけないようにしよう。
さて、そろそろ本題に入ろう。
「それで、これからどうするんだよ。子役の仕事をするのか?」
「バカね。名前も知られていない新人に仕事があるわけないでしょ。まずは地道にオーディションを受けて、実績を積み上げていくの」
「初回の仕事を取るのって、すごく大変じゃないか?」
「大変ね。しかも、それが次の仕事につながるとも限らない」
想像するだけで、嫌気が差してくる。
「……世知辛い。うまく稼げる気がしないし、不安になってきた」
「そこは任せなさい。これでもマネジメント能力だけで、今の地位に上がってきたんだから」
九条は自信満々な表情をしているけど、オレの顔は曇っていく。
(大丈夫かなぁ)
オレは九条の変態な一面しか見たことがない。
確かに、オレの中身を見破った観察眼は見事だと思う。
だけど、それがどれだけ子役のマネジメントにおいて効力を発揮するのか、いまいちピンとこない。
不安に思いながらも、その日の打ち合わせは終わった。
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