第17話 オレはバニーガールの招き猫

 オレの名前は徐々に世間に知れ渡ってきて、ちょい役だけど有名な子供向け番組にも出してもらえた。


 正直、仕事についてはあまり語りたくない。

 他の子供がかなりしっかりしていて、打ちのめさせてしまった。

 それでも28年分の前世の経験のおかげで、恥をかくことはまぬがれた。



(28年分で、やっとだぞ)



 あいつらは人生は3周も4周もしているのか、と疑いたくなってしまう。

 そのくせ、ちゃんと子供っぽい無邪気な一面も見せてくるのだから反則だ。


 才能の差をひしひしと感じるし『自分はダメなんだ』と思うこともある。


 だけど、前世と比べると将来がいっぱいあるし、心の余裕がある。



(なんか少し楽しいし、もう少し頑張ろう)



 人前で演技するのも、歌を歌うのも、楽しい。


 だけど、世の中楽しいことばかりじゃない。

 実際、ガールズバーのママ(ババア)から、こんな話を持ち掛けられている。



「あんたの知名度、利用させなさい。少しロビーで、招き猫になれ」

「いや、倫理観はどうなってるんですか?」

「私にそんなものを求めるなんて、バカだねぇ。一般的な倫理観があったら、ガールズバーの経営なんてするか」

「身も蓋もない……」



 元常連客としては、すごく複雑な気分だ。



「まあ、倫理観的に間違っていても、、ここを必要にする娘たちはいる」



 ババアは面倒くさそうにため息をつきながら、続ける。



「あんたが断ったら、ママの待遇がどうなるかわかったものじゃないよ?」



 つまりは、ママの待遇を人質にとった脅迫だ。



「大人気ないどころか、卑劣だっ!」

「おや、私が|男に見えるなんて、子供のくせに老眼にでもなったのかい?」

「もう女としての魅力も機能もないのに、女性を名乗るなよ」

「全く……。その減らず口は誰に似たんだい。両親とも素直な性格なのにねぇ」

「思ったことを素直に口に出しているだけですけど」



 オレとババアがバチバチと喧嘩していると「ははっ!」と声が聞こえた。



「まじウケる。かわいいかよ」



 新人のギャルが発した笑い声だった。



「何笑ってるのさ。お前も失礼だね」

「だって、ババアと子供がする会話じゃないんだもん。あー、おかしい。ウケる」



 ギャルはゲラゲラと笑って、スマホをいじり始めた。

 SNSに投稿するネタにでもするのだろう。


 その様子を見ると、なんだか恥ずかしくなって、熱が冷めていく。


 ちなみに、オレたちの喧嘩のせいで、翔太は部屋の隅で震えてしまっている。

 それでも金玉ついてるのか?



「大体ね。この店の利益が上がれば、あんたのママにも還元できるんだよ。ママの役に立とうとは思わないのかい」



 そう言われると、揺らいでしまう。

 正直、別にロビーに立たされるのは嫌なわけじゃない。ただ、ババアの言うことを聞きたくないだけだ。

 せめてもの腹いせをしないと、溜飲りゅういんがおさまらない。



「じゃあ、翔太はどうなんですか。オレと一緒でタダ飯食らいじゃないですか」

「オレさま!?」



 突然の飛び火を受けて、翔太が素っ頓狂な声をあげた。



「男の子が出てどうするんだい。しかも、こんな生意気なヤツ……。あんたはまだ外面がいいから使えるけど」



 案の定、ババアの反応は渋い。

 でも、オレには強力な手札がある。



「翔太、女装がめちゃくちゃ似合いますよ」

「……本当かい?」



 オレはこっそり、キッズケータイの画面を見せた。

 もちろん、そこには女装させた翔太の姿が映っている。

 ママもキッズケータイをこんな風に使われとは、想像すらしていなかっただろう。


 画面をみたババアは、ニンマリと口角を釣り上げていく。



「これは使えるねぇ」



 この時見た邪悪な笑みは、死ぬまで忘れられないだろう。



「え……どういうこと……?」



 状況を把握しきれていない翔太は、かわいらしく目をパチクリとさせていた。





◇◆◇◆◇◆





「まったく。ママは……」



 オレのママは頬を膨らませて、嘆息をついた。

 オレがホールに出るのを、あまり好ましく思っていないのだろう。


 実際、ここは子供の教育には悪すぎる。


 お酒の臭いが充満していて、煽情的な格好で女性が男性の接待をしている。


 正直、ここに子供がいること自体がおかしい。

 普通は立ち入り禁止のはずだ。



「いいじゃないか。こんな経験もさせておくべきだよ。それに、純玲から頼み込んできたことだからね」



(おい、しれっと嘘をつくな)



 オレは口に出すのを、グッと我慢した。

 ママの前で汚い言葉や荒い口調を出すと、たしなめられてしまう。

 特にババアに対する無礼に対して厳しい。



「ダメだと思ったら、すぐに辞めさせますからね?」

「わかってるよ」



 ママの念押しに、ババアは深く頷いた。



(ババアは、徳美ママに対してだけ・・は優しいんだよなぁ)



 もしかしたら、ババアにとっては孫のような存在なのかもしれない。

 そう考えればしっくりくる。


 だったら、オレはひ孫も同然なはずなのに、全くかわいがられていない・



(不満だ。後で抗議してやる)



 ……いや、こんなことばっかり考えているから当たりが強いのか。


 オレは気分転換に、翔太ママに視線を移すことにした。



「わたし、女の子が欲しかったの。かわいい服を着せて、一緒に買い物をしたり、ひな壇も飾りたかったの」



 息子の女装姿を前に、感激して抱き着いていた。

 腕の中の翔太はすごく複雑な顔をしているけど、困惑の感情が強いだろうか。


 お姫様風のフリフリドレスとは、ちょっと不釣り合いな顔だ。



(翔太も苦労してるんだなぁ)



 今度から少しは優しくしてやろう。


 さて、オレたちの役目は場を和ませたり、子供の目があることで客の暴走を止めることだ。

 それとオレの存在をアピールすることも重要だ。


 テレビに出ている子役と会えるかもしれない、という噂で客を集めようというのがババアの魂胆だ。


 ババアは大々的にアピールしようとしたけど、流石に止めた。


 番組側に大きな迷惑がかかってしまう。

 エキストラとはいえ『子供番組の出演者の一人がガールズバーにいる』なんていう話は、世間体が悪いだろ。


 『あの子役かもしれない・・・・・・』で留めておくのが大事なのだ。


 子供より倫理観がない大人、コワイ。



「ん? あの女の子、見たことあるな? テレビとかで」



 そう言っていたのは、いかにも家族がいそうなオジサンだった。

 子供の付き添いで子供番組を見ていたのかもしれない。


 接客をしていたママは、自然な笑みを浮かべる。



「私の娘なんです」

「へー。徳美ちゃんに似てかわいいね」

「そうなんですよー」

「親子丼が出来る時が楽しみだなぁ」



 ガッ



 突然、大きな音が響いた。

 とっさに振り向くと、机に対して垂直に、アイスピックが刺さっていた。


 さっきまで酔いで真っ赤だったオジサンの顔は、真っ青に変わってしまっている。

 


(こえぇぇ)



 恋人時代でも見たこともない側面だった。

 あの頃は比較的か弱いイメージが強かった。

 たった4年でここまで変わったのだから、母は強し、ということなのだろう。


 セクハラオヤジは去っていき、今度は優し気な若い女性が入店してきた。


 この店は雰囲気が良くて、バニースーツもかわいいため、女性のお客も来たりする。

 まあ、九条までの太客は見たことがないけど。


 女性客はママとしばらく話した後、オレに声を掛けてきた。



「ねえ、ママって呼んでくれない?」



 まあ、これぐらいはサービスしてもいいだろう。

 それに、美人だったらママなんて何人いてもいいからな。



「ママ!」

「ほんとかわいいねぇ」

「ママ、だいすきー!」

「ん~~~。本当にかわいいな~~~」



 お客様に頭を撫でられた瞬間、背筋がゾクリとした。



「………………スミレぇ」



 とっさに振り向くと、ママがオレをジッと見ていた。

 まるで夫の浮気現場を目撃したかのような、虚ろな目だ。


 だけどオレの視線に気づいたのか、すぐにニコニコ顔になって手を振ってきた。


 慌てて手を振り返すと、ママは何事もなかったかのように接客へと戻った。



(え、見間違い?)



 気のせいだと思いたかったけど、鳥肌が全くおさまらなかった。



 のちのち考えれば、この時ぐらいから、ママの様子がおかしくなってきたのかもしれない。






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