第16話 変態とバカと有能は紙一重

 オレは年中ねんちゅうさんに上がって、もう5歳になってしまった。


 ママの宣告された余命まで、残り4年。

 ついに、折り返し地点まで来た。


 このままでは『経済的に自立して、ママに楽をさせる』という目的を果たすころにはタイムリミットが来てしまう。

 そう思って、焦っていた。


 だけど想像以上に、九条のマネジメント能力が突出していて、杞憂きゆうに終わった。


 子役として活動を始めてから半年以上が過ぎたけど、もう結果が出始めている。

 なんだかんだで1か月に1、2回は仕事があるし、少しずつ顔も名前も売れてきている。


 まだまだママの生活を助けられるほどの収入はないけど、順調にいけば売れっ子になるのもそう遠くない。 


 ちなみに、仕事の現場はとても居心地がいい。

 周囲の大人たちは子供に気を使ってくれるし、いつでも世話を焼いてくれる。

 大人が怒られているのを眺めながら飲むジュースは格別だ。

 やっぱり、子供の体はサイコー。



 さて、今日は仕事はなかったけど、幼稚園の後にレッスンがあった。

 オレは主に歌唱力と演技力を伸ばす方向でレッスンをしてもらっている。

 将来は歌手も狙えるかもしれない。



(なんか、前世とは大違いだなぁ)


 

 前世の今頃なんて『うんち』『ちんぽ』で笑ったり、特撮ヒーローの真似をしていた記憶しかない。

 あの生活と比べると、かなり充実している。


 レッスンからの帰り路。

 オレは九条の運転する車に乗せられて、ママがいるガールズバーへと向かっている。



「いやー。子役の仕事も順調だなぁ」

「言ったでしょ。私は天才だって」

「変態のくせになー! まったく!」

「あなたもよくやった。まさか、ここまで順調にいくとは思わなかった」

「こう見えても歌には自信があるからな。演技はなんだかんだで下手ではないだろうし、楽しいよ」



 雑談していると。

 ピロロロロロロロロロ、と。

 キッズケータイから着信音が響いた。



「あ、ごめん。ママからだ」

「え、徳美から!?」



 九条は電話口の声が聞こえるように、助手席に乗っているオレに近づいてきた。


 運転中なのに危なっかしすぎる。

 さっさと通話を終わらせよう。



「もしもし、ママ?」

『スミレ、大丈夫?』

「うん。レッスン大変だけど楽しかった」

『……それはよかった。辛くなったらいつでも言うのよ』

「うん。大丈夫。安心して」

『……そう。レマちゃんによろしく伝えてね』

「わかった。じゃあね」



 オレは少し重く感じながらも、通話を切った。


 九条は「もっと声が聞きたかったのに」と少し残念そうに呟いて、直後に急ブレーキを踏んだ。

 本当に危なっかしい。


 それからはポツポツとだけ会話して、無事にガールズバーまで着いた。


 オレは裏口からバックルームに入り、九条は正面から店に入っていった。

 お客としてママに会いに行ったのだろう。給料のほとんどを貢いでくれるから、かなりの上客だ。



「今日もお世話になります」

「よく来たねー。純玲ちゃん」



 挨拶しながら入ると、スタッフの一人がお菓子をくれた。


 もちろん、同じ部屋には翔太もいる。

 最近は翔太とあまり話すことはない。ガールズバーにいるときは不可侵の条約を結んでいるのだ。


 でも、簡単な挨拶だけはしておこう。



「きた」

「ん」



 そっけない態度はいつも通りだから、怒りすらも湧いてこない。

 それからしばらく、オレはお菓子を食べながら、テレビを眺めていた。


 仕事があるのか、いつの間にか大人の姿はなくなっていた。


 すると突然、騒がしい声が聞こえ始めた。

 


「ほら! さっさとしろっ!」

「私、客なのにっ!」



 突然、ガールズバーのママに推されるように、九条が部屋に入ってきたのだ。



「ん? なんで九条がバックルームに入ってきてるんだよ」

「お会計しようとしたら、手持ちが足りなくてね。たった1万円だけ。それなのに『体で払え』ってうるさくて、ババアにケツを触らせてあげたらガチで怒られて、ここにぶち込まれた」



 九条は「やれやれ」と肩をすくめているけど、完全に自業自得だ。



「それでオレたちのおりをすることになったのか」

「全く。皿洗いの方がよっぽど楽なのに」

「お前、皿洗いなんて器用なことができるのか?」

「……確かに、無理だけどね」



 九条は出来る女に見えて、出来ることと出来ないことがかなりはっきりしている。

 人を見る目や、マネジメント能力は高いけど、家事とか細かい作業はかなり苦手としている。


 オレたちの会話が聞こえたのか、翔太が近づいてきた。



「ん? おばさん誰?」

「あ゛? お姉さんでしょ?」

「いや、おばさんだろ」



 翔太に煽られて、九条の額には青筋がたった。



(あー。そこで反応したらエスカレートする)



 翔太は『怒らせた反応してもらえる』と思っている節がある。

 一度怒ってしまえば、クソガキの思うツボだ。


 だけど九条は怒りもせず、嬉しそうに笑った。



「お、あなたなかなか顔をしてる」

「な、なんだよっ!」



 九条にまじまじと見つめられて、翔太は顔を真っ赤にしている。

 キョドっていて、明らかに意識している。

 九条は見た目だけは美人だから、仕方ないかもしれないけど。



(そいつはやめておけー)



 性癖がすごい方向にねじ曲がってしまいそうだ。


 ……やばい。想像しただけで、すごく楽しそう。ちょっとねじ曲げてみたいかも。



「へー。君、名前は?」

「翔太だけど」

「いい名前ね。お母さんはここで働いてるの?」

「そうだけど」

「ほうほう。なるほどね。お母さん似なのね」

「あんなババアに似てるわけないだろ!」



 九条は翔太を無視して、オレにアイコンタクトをしてきた。

 それだけで何を企んでいるのか、察した。



「ねえ、純玲。着替えない?」

「あるよ。とびっきりにかわいいの。ママが着せようとしてくれるけど、ずっと拒否してるやつ」

「いいじゃない。ぴったり」



 そう言うと、九条はオレから衣装を受け取り、翔太ににじり寄っていく。



「や、やめて……っ!」



 翔太の悲鳴は、少女のようにか細かった。

 ちょうど他に人がいなくてよかったなぁ。





◇◆◇◆◇◆





 それから十数分後。


 翔太は姿見の前で呆けていた。

 お姫様のようなドレスを着て。



(似合ってるなぁ)



 元々中性的な顔立ちだから、化粧もほとんど必要なかった。



「これが……オレさま!?」

「おおー。予想以上に似合ってる。かわいい」

「かわいいって、バカにしてるのか! こんな格好、ださいだろっ!」



 翔太は一生懸命声を張り上げているけど、格好のせいで全然怖くない。

 それどころか男勝りな姫騎士っぽくて、なんかいい。


 ニンマリとした笑みを浮かべたまま、九条は口を開く。



「ふっ。やっぱりまだまだおこちゃまね」

「何を言いたいんだよっ!」

「女装って言うのね、素晴らしいことなの。特別な男の娘にしか許されない、崇高な行為なの。あなたにはその才能がある。これがとっても素晴らしいこと!」



 熱弁する九条を見て、しばらく呆けた後。



「トクベツ……スウコウ……」



 翔太は衝撃を受けたように反芻はんすうした。

 いつもクソガキムーブのせいで褒められることがない彼とっては、魅力的に聞こえたのかもしれない。



「師匠! もっと女装を教えてください!」

「任せろっ!」



 九条と翔太は熱い握手を交わした。

 まだ幼稚園年長組の少年が、性癖をねじ曲げられた瞬間だ。


 

(あーあ、やっちゃった)



 オレは素知らぬ顔をしながら、しょうゆせんべいをゆっくりふやかして食べていた。

 あごが弱くて、ボリボリ食べられないのは不便だ。






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