余命8年バニーガールのもとに幼女転生したので、人生をやり直そうと思います

ほづみエイサク

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 オレの初恋の相手は、ガールズバーのバニーガールだった。


 そう打ち明けると、いつもわらわれた。


 友人。

 育ての親。

 一夜しか共にしなかった彼女未満。


 みんな「この人はダメ人間だ」と言わんばかりの嘲笑ちょうしょうを浮べていた。



 わかっている。



 ガールズバーはお金を対価に、サービスをしてもらう場所だ。

 店員が発する言葉は全部、お客さんを喜ばせて、お金をもらうためのものだ。


 理解していても、オレの心はあっさりと射抜かれてしまった。

 だけど『この女、オレに気があるんじゃないか?』と勘違いしたわけじゃない。

 オレが、彼女に本気で惚れこんでしまったんだ。


 彼女は一見小動物のように見えて、したたかな女性だった。

 小柄で、愛嬌があって、胸も結構大きかった。

 一見不相応なバニーガールスーツも堂々と着こなしていたしていたけど、あどけない笑顔が輝いて見えた。


 それなのに「それは追加でお酒頼んでもらわないと」とか言ったり、ザルで強い酒をグビグビと飲み干したり――そんなギャップがたまらなかった。


 恋心を自覚してからは、猛アタックを繰り返した。

 お金はあまりなかったから、あらゆる方法を使って口説き落とそうとした。

 花束を贈ったり、サプライズをしたり、歌を歌ったり……。

 思いつく限りのアプローチをした。


 そうしているうちに、彼女の『嘘を吐くときの癖』が分かるようになった。

 彼女が嘘をつくとき必ず『左手で服を掴む』というものだ。 


 これを見つけたのは、異常な執念の賜物たまものと言っていいだろう。

 自分のことながら、本当にキモチワルイ。

 

 それからは、ひたすらトライ&エラーだった。

 彼女は何をしても喜んでくれたけど、嘘の反応が含まれていた。

 その中でも嘘の反応を見抜いて、本当に喜んでいることを見つけていった。

 そうして2年近く通い詰めて、ようやく告白をオーケーしてもらえた。


 それからの生活はバラ色だった。

 デートしたり、手を繋いだり、キスをしたり、一緒にホテルに泊まったり……。

 思いつく限りのイチャイチャ行為をしていた。


 それでも、最終的にフラれてしまった。

 クリスマスの夜に。

 


(ああ、会いたいなぁ)



 彼女の顔が次々とフラッシュバックしていく。

 姿が通り過ぎるたび、切なくなっていく。


 同時にふと、疑問に思う。



(なんで、こんなことを思い出しているんだろう)



 ゆっくりと瞼を開ける。


 すると、青空が広がっていた。

 雲一つない、とても清々しい空だ。


 つまりオレは今、外で寝ころんでいる。

 背中から感じる硬さからして、草原や木材の上ではない。

 もっと固くて冷たくて、ゴツゴツしている。

 おそらくはアスファルトの上だ。



(ん? なんで?)



 自分の周りに生暖かくてドロッとした液体が広がっている。

 肌にへばりついてきて、すごく気持ちが悪い。

 さっさと立ち上がって、家に帰って、シャワーを浴びたい。



(……あれ?)



 上体を起こそうとしたけど、全く動かない。

 それどころか、指の一本もピクリとしない。


 しかも、耳までおかしくなっている。

 まるでプールの中に入っているみたいに、音がくぐもって聞こえるのだ。



「キュウキュウシャ! キュウキュウシャ!」



 かろうじて、声が聞き取れた。

 とても慌てていて、周囲が騒然としている。

 何か事件とか事故があったのだろう。


 次に気付いたのは、お腹の違和感だった。


 誰かに強く押さえつけられている。

 それと同時に、ドクドク、とお腹から液体が流れ出ている。



「ごほっ」



 無意識にせき込むと、口と鼻から変な液体が出た。

 

 舌にもべったりと、ソースのようなものがまとわりついている。

 この味も匂いも知っている。



 血だ。



 オレは血の海に浸かって、血を吐いている。

 ようやく状況を把握できたことで、記憶が蘇ってくる。



(そうだ。刺されたんだった)



 コンビニに行く途中で、突然刺された。

 犯人の顔もわからない。

 マスクとサングラスをしていたし、最早犯人のことなんてどうでもいい。


 ようやく、バニーガールの彼女のことを思い出した理由がわかった。

 走馬灯だ。


 死ぬ間際になって、彼女のことを思い出したんだ。

 そう考えると、彼女にフラれたことさえも良い思い出のように感じられた。



(あ、もうダメだな……)



 意識が徐々に遠のいていく。

 瞼を閉じていないのに、目の前が真っ暗に染まっていく。


 とても寒い。

 体がみるみる冷たくなっていくのが分かる。

 冷めていく使い捨てカイロは、いつもこんな気持ちなのだろうか。


 ふと、暗闇の中に明かりが見えた。


 クリスマスツリーと、キレイなイルミネーションの数々。

 ビンタの音。

 噴水に転び落ちる、情けない自分。


 何もかもが懐かしい。3年近く前の話なのに、もっと昔のことのように感じられる。

 というか、3年間も元カノ引きずっているなんて、ヤベーな、オレ。

 

 あの時は、本当に寒かった。

 寒空の中、冷たい水をたっぷり吸ったアウターを着たまま帰るハメになった。


 本当に寒くて、惨めな想いをした。

 だけど、今はもっと寒い。

 

 徐々に、失っていく。

 命も。

 思い出も。


 何もかもが、血に混じって流れていく。


 だけど、不思議と気分は穏やかだった。

 怖くないわけじゃない。

 恐怖以上に清々しいんだ。


 きっと、死が怖い、なんて言える人は恵まれている。

 それだけ『生』が希望に満ち溢れていたのだから。

 

 ふと、目の前に天秤が現れた。


 片方には、ブラック企業に疲弊し続ける生活が乗っている。

 もう片方には、死後の世界で実の両親と笑顔で暮らす生活が乗っている。


 天秤は徐々に傾いていく。

 死後の世界へと。


 ただただ辛いだけの『生』の世界よりも、好きな両親がいる死後の世界の方が、よっぽど魅力的だ。



(オレはもう、諦めちゃったよ)



 執着するだけのものが何もない。

 逆に、死んだ後の世界の方が魅力的に感じる。


 生きている時は、それ・・がとてもつらかった。

 自分には何もない。

 味気ない生活。

 ただ飯を食べてクソを垂らしていた。


 自分で自分を褒めることなんてできなくて、ほとんどがふさぎ込んでいるだけの人生だった。

 

 でも死ぬ直前になって、それ・・がとっても心地いい。

 解放感が途轍もなくて、清々しい。


 ……嘘だ。

 一つだけ、心残りがある。



(ああ、最期に一度だけ、彼女に会いたかったな……)



 ガタン、と。音が響いた気がした。

 何の音だろうか。

 気になるけど、もう何も見えない。何も考えられない。


 意識が、完全に沈んでいく。

 


(さようなら)



 沈んでいるのか、浮いているのか。

 溶けていくのか、砕けていくのか。


 不思議な感覚に包まれながら。

 オレの体は、空っぽになっていった。

 



 


 

「おー。よちよちよちよち」


 

 声が聞こえた。

 若い女性の、とても弾んだ声だ。


 目を開けた瞬間、女性の顔が視界いっぱいに映り込んできた。

 だけど、



(なんで、ウサミミ……?)



 小首を傾げようとしたけど、妙に首がガクガクしている。

 なぜだか、首がすわっていない。


 咄嗟に手を持ち上げようとすると、プニプニした手が視界に入る。

 まるで赤ちゃんみたいな指だ。

 オレが指を動かそうとすると、その指も同じように動いている。


 気が動転して、思わず声が出てしまう。



「んぁー」



 とても甲高い声が出た。

 確実に、自分の口から。

 しかも舌がうまく動かなくて、うまく言葉をつむげない。


 どうして。

 何が起きた?

 オレはどうなっているんだ?


 疑問がグルグルと回っていき、不安で胸がいっぱいになっていく。

 限界に達して、ほとんど無意識に涙があふれ出てしまう。



「おぎゃああああああああああ!!!」

「どうしたの!?」



 泣きわめくと、女性が吹っ飛んできた。


 そして、オレの体を抱き上げて、ヒョイッと持ち上げてしまった。

 それでようやく、自分の小ささを自覚した。


 やっと答えが見えてきた。

 今、オレは何になっているのか。

 だけど、その結論はあまりにも衝撃的で、信じがたいものだった。



(そういうのって、アリばぶ……?)



 そう。

 死んだはずの28歳ブラック企業勤めのオレは、たまのような赤ちゃんに生まれ変わっていたのだ。





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初連載、はじめました!

少し変わった余命モノとなっております


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作者の創作意欲がぐーーんと上がります


また、今日の20:07に第一話を公開予定です

明日以降は毎日21:07に公開予定(水曜日は休みます)

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