第4話 1年目の決意 前編

 生後12か月。

 つまり、今日は1歳の誕生日だ。

 初めて知ったのだけど、オレの誕生日は5月28日であるらしい。

 前世で通り魔に刺されたのと、同じ日だ。


 色々と考えさせられるけど、お祝いの日にはふさわしくない。

 今日は『荒川咲春の1周忌』ではなく『八箇純玲の1歳の誕生日』だ。


 生まれて初めての誕生日。

 人生の中で最も特別・・・・な誕生日と言っても過言ではないだろう。


 一番大きいのは、離乳食をほとんど卒業していることだ。


 柔らかい煮物ぐらいなら食べられるようになっていて、ご飯が楽しくなってきた。

 まあ、授乳が無くなったのは残念だけど。


 ママは必死に部屋の飾りつけをしている。

 テキパキとした動きで、金の折り紙を輪っかにしてつなげていっている。


 そんな中でも一番目立つのは、やはりバニースーツだ。

 なぜか装飾に紛れて吊らされている。


 ママとしてはしれっと混ぜているのかもしれないけど、圧倒的な存在感を放ってしまっている。



(ママ、娘にどういう風に成長してほしいの?)



 もしも、ママが『娘にはバニーガールになって欲しい』と考えているなら、向き合い方を考えないといけない。

 別に、バニーガールを否定したいわけじゃない。

 オレもバニーガールは大好物なのだけど、親が娘に勧めるのは教育的におかしいだろ、という話だ。



「よし! こんなものでしょ!」



 ママは満足げに装飾を見渡した後、今度はキッチンで作業を始めた。

 しばらくしてから、ジュージューという音が聞こえてきた。



(これはハンバーグか!?)



 ぱちぱちぱち、と。肉の焼ける音が、香ばしい匂いとともに漂ってくる。

 こんなASMR、赤ちゃんの脳では耐えられない。耳舐めよりも強烈だ。

 自然とよだれがあふれてしまう。


 だけど、これで終わりではない。

 ママが並行して作っているものがある。


 ケーキだ。

 しかも、ただのケーキではない。


 スマッシュケーキという、手づかみで食べるケーキだ。

 1歳の体ではスプーンで食べるのは苦労するから、とてもありがたい。

 生クリームの代わりは水切りヨーグルトに砂糖を混ぜたクリーム、スポンジの代用には食パンを使用していて、アレルギーに気を使われている。

 だから、赤ちゃんでも安心して食べることができる。


 なにより、1年ぶりのまともなケーキだ。

 エナドリもセットじゃないのは少し残念だけど、楽しみで仕方がない。


 料理の準備が整うと、あれよあれよと誕生日パーティーが始まる。



「誕生日おめでとう!」



 オレはスマホのカメラを向けているママを横目に、ケーキに刺さったロウソクの火を消した。


 そして、ご馳走にありつく。


 最近、ようやくスプーンを使って一人で食べられるようになった。

 と言っても、しっかりとした持ち方じゃない。

 グーで握ってしまっていて、ソースがナプキンについてしまうけど、ご愛敬だ。


 あっという間にハンバーグを平らげて、オレはご満悦だ。


 次に手を出すのは、もちろんクラッシュケーキ。

 手づかみできて、しかもママのお手製だ。

 興奮しないわけがない。


 だけど、いざケーキを前にすると、尻込みしてしまう。

 飾り付けられたイチゴも丁寧に切られていて、一瞬食べていいのか、わからなくなってしまった。

 それに、手で食べるのも少し嫌悪感がある。


 オレはとっさに、ママの方を向いた。



「ほら、食べて食べて」



 ママは母性溢れる笑顔をしていて、さっきまで感じていた遠慮とか嫌悪感が吹き飛ばしてくれた。


 それから、オレは夢中で食べた。

 生クリームじゃないけど、メチャクチャにおいしい。

 今までの味の薄い食べ物とは比較にならないおいしさだ。


 ヨーグルトソースを吸った食パンも、さわやかな風味が最高だ。

 イチゴも甘酸っぱくて、みずみずしい。

 よく見ると果肉は真っ赤で、かなりの大振りだ。

 奮発して高級品を買ってきたのかもしれない。


 ケーキを半分ぐらい食べた頃。


 ふいに、さっきから静かなことに気付く。


 ママの声も、スマホのシャッター音も聞こえない。



(……え)



 横を向くと、その光景に心臓が止まった。

 


(ママが、倒れてる)



 額は冷や汗でじっとりと湿っているし、顔が真っ青だ。

 明らかな、異常事態。

 


(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!)



 オレは必死に幼い体を動かした。

 ママが持っていたスマホは床に転がっている。


 そこまで、オレは必死に移動した。

 無我夢中で、いつの間にか歩けていた。


 スマホを操作して、緊急通報から『119番』に繋ぐ。

 ヨーグルトソースが画面にべったりついてしまったけど、今はそれどころじゃない。

 

 オレが必死にスマホの画面を向けると、ママはつらそうながらもハニカんだ。



「すごい。どうが とれないのはざんねん……」


(そんなこと言ってる場合じゃないないだろっ!!!)



 内心で叫んでも、声は全くでない。

 緊張で喉も唇も渇ききってしまって、まともに動いてくれない。


 数回のコールの後、スマホから声が聞こえた。



『はい。119番です。火事ですか? 救急ですか?』

「救急車、お願いします。あの、急にめまいと、体が動かなくなって……。あと、吐き気も……」



 ママは掠れた声を絞り出しながら、応対していった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――

読んで頂き、ありがとうございます!


続きが気になった人は、フォローや☆や♡をよろしくお願いします!

作者の創作意欲がぐーーんと上がります


また、誤字脱字があったらコメント頂けると助かりますm(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る