第5話 1年目の決意 後編
救急隊が来たのは、通報から20分以上後のことだった。
玄関の鍵がかかっていたから、隣の部屋のベランダから侵入してもらった。
窓の鍵が閉まっていなかったのは、不幸中の幸いだっただろう。
救急隊が搬送する中、オレは必死にママにしがみついていた。
ここで離したら、一生会えなくなる気がしたから。
一度死んで生まれ変わったくせに、オレは人の死が怖い。
特に、親の死は怖い。
前世のトラウマが蘇ってしまうから。
結局は、オレは救急隊に保護されて、病院で面倒をみてもらった。
だけど、オレの面倒を見ていたナースは、かなりの不良看護師だった。
『子供が嫌い』という感情を全く隠していなかったし、同僚に横柄な態度をとっていて、見ているだけでも不快だった。
腹いせにパンツを覗いてやったけど、特に楽しくもなかった。
ちなみに、スケスケの黒レースだった。
オレが寝たふりをしていると、少しお年を召した医者と一緒に多目的トイレに入っていったから、そういうことなのだろう。
そんな医療現場による色恋沙汰の闇を覗いたら、少し不安を紛らわせることができた。
結局、その夜はママに会うことができなかった。
最初は、不安で一睡もできない、と思っていた。
だけど、疲れのせいか気絶するように眠れた。
こういう時、赤ちゃんの体力の無さは便利だ。……いや、オレの精神が図太いせいかもしれない。
「ごめんね。スミレ。おうちに帰ろう」
ママが顔を見せたのは、翌日の昼過ぎのことだった。
オレは図々しくも昼寝をしていたのけど、オレの顔をみると、少し頬を緩めてくれた。
大分顔色はよくなってきているけど、明らかに本調子ではない。
本当は根掘り葉掘り聞きたかった。
何が原因だったのか。体調が悪いのか。
でも、ママの腫れぼったい目元をみていると、何も言えなくなってしまった。
今日は電車じゃなくて、タクシーで家に帰った。
体調のことを考えたのか、今の顔を誰にも見られたくないのか、できるだけ人に会いたくないのか、はたまたベビーカーがないからか。
理由はわからなかったけど、オレにとっては苦痛だった。
タクシーに乗っている間、ママはずっと無言だったから。
いつも通りだったら、運転手に色々話しかけるはずだ。
電車だったら、周囲の音で多少は気がまぎれただろう。
ママが隣にいるのに静か、というのはとても不気味に感じて、恐ろしかった。
家――マンションの一室に着くと、オートロックのせいでドアが閉まっていた。
ママは珍しく苛立った態度で管理人のもとへと向かう。
管理人のオジサンは、ママの顔を見ると何も言わなくてもカギを開けてくれた。
救急車で運ばれたことを知っていたのだろう。
とっさに『幼女向けアニメの塗り絵』を隠していたくせに、マメなオジサンだ。
「ただいまー」
「いまー」
家に入ると、ドッと疲れが押し寄せてくる。
いつもの何倍も、帰ってくるのに時間がかかった気がした。
だけど、リビングの光景を見た瞬間、さらに気が滅入ってしまった。
キレイに飾られた、バースデーパーティの装飾。
それと、なぜかバニースーツ。
床にはスマッシュケーキだったものが散らばっている。
ママが食べ残したハンバーグは乾ききっているけど、かすかにおいしそうな匂いを放っている。
いつの間にか片付いている、なんてファンタジーな話はありえないけど、目の前の現実がとても痛々しい。
「なんでなのかなぁ」
ママは震えた声で呟きながら、オレはベビーベッドに寝かせた。
その後、壁に飾ったバニースーツの前に立つ。
しばらく見つめていたかと思うと。
ガバッ、と力任せに引っ張って、バニースーツを抱きしめた。
ちょっとシュールな光景だけど、そんなことを言える雰囲気じゃない。
「まま……?」
オレが恐る恐る呼ぶと、ママは重たそうな足取りで振り向いた。
近づいてきて、顔を覗いてくる。
ママの顔を見つめ返すと、今すぐに泣き出しそうな顔をしてした。
ふと、生暖かくて塩辛い水滴が、口の中に入る。
同時に、ママの震えた唇が、弱々しく開かれる。
「ごめんね。ママ、あと8年しか生きられないらしいの」
突然の告白に、頭が真っ白になった。
それからポロポロと泣きながら、ママは語り始めた。
妊娠時の検査でも見つからないような、珍しい病気であること。
詳しいことはわからないけど、神経とか脳に関わる病気。
病名も言っていたけど、念仏みたいに長くて、到底覚えられなかった。
どれこれも、赤ちゃんに話すようなことじゃない。
きっと、自分の心を整理するために口に出していたのだろう。
もう、オレが転生者であることは、完全に黙っていた方がいいかもしれない。
たった8年だけ我慢すればいいし。
そう。
たった8年。
(……マジか)
誕生から考えると、9年。
小学校3年生まで。
たったそれだけの時間しか、一緒にいられない。
(なんでこんなことになるんだよ……)
あと8年。
オレはどうすればいいのだろうか。
何かできるだろうか。
いくら考えても、答えは浮かんでこない。
転生したからと言っても、体は非力な子供だ。
それに転生前だって、特別な人間だったわけじゃない。
9歳の時に両親を交通事故で亡くして、まともに学校にもいかず、ブラック企業に勤めて、灰色の人生を歩んでいただけの凡人だった。
(また、9歳で親を失うのか)
オレの人生はまた暗くなるのかなぁ、と気分が沈んでしまう。
でも、今回は同じような人生を歩みたくない。
歩んでたまるかっ!
子供だろうが弱者だろうが、あがきまくって、輝かしい人生を歩んでやる。
人生をやり直すんだ。
そうすれば、ママも安心してくれるに違いない。
明るい未来を想像するほど、精神力がみなぎってくる。
(やってやるぞ!!!!)
オレは、丸々とした拳を突き上げて、心の中で叫んだ。
「なにっ!?」
突然動いたことにびっくりしたのか、ママは素っ頓狂な声を上げた。
驚いたせいか、ちょっと表情が明るくなっている。
やっぱり泣いている顔より、明るい顔の方が似合っている。
ああ。
こう言ってあげたい。
「まま、ずっと、しゅきー」
こうして。
オレとママのちょっとおかしな親子生活が、本格的に幕を開けるのだった。
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読んで頂き、ありがとうございます!
また、少し更新おくれてすみません。
毎週水曜日はお休みなので、次回の更新は6/6になります
この親子がどういう結末を迎えるのか気になった人は、フォローや☆評価や♡応援をよろしくお願いします!
作者の創作意欲がぐーーんと上がります
また、誤字脱字があったらコメント頂けると助かりますm(__)m
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