第9話 いきなり幼稚園 前編
早速だけど、入園式当日がやってきた。
オレの体は、かなり順調に育っている。
何か生活が不便になるようなアレルギーもないし、大きな病気を患ったこともない。
丈夫に産んでくれたママには、感謝してもしきれない。
運動能力も言語能力も十分に育っていて、少したどたどしいけど、問題なく意思疎通できるようになっている。
ママの具合が悪い時に、一人でおつかいができたぐらいだ。
スポーツドリンクとかパンやお菓子をカゴに詰めて、無事に帰還で来た。
その後、嬉しさのあまりパーティーを始めようとするママを止めるのに一苦労した。
ちなみにだけど、エナドリは高い位置にあったせいで買えなかった。
本当に残念で悔しくて、隠れて泣いていると、ママに抱きしめられた。多分、泣いていた理由を勘違いしている。
そんなことがあったけど、全体的に見れば、ママの体調に大きな変化はない。
何かできなくなったことはないし、元気にガールズバーで働いている。
オレが幼稚園に入ったから、昼はもう少しゆっくりさせてあげられるだろう。
余命8年を告白されてから、もうすぐ3年だ。
残り5年。
こうして平和に暮らしていると、タイムリミットがあるのが嘘のように感じられる。
このまま当たり前のように、続いていく方がずっと自然だ。
だけど、現実味がないからこそ、現実なのだと再確認できる。
まだまだ色々と考えるべきこと、やるべきことは多い。
しかしオレは今、目の前で起きている『ハジメテ』で頭がいっぱいだ。
「すきです!」
入園式が終わった後、男の子に手を引かれて、突然告白された。
これが『イキ告』というヤツだろうか。
相手の顔には覚えがあった。公園で何度か見かけている。
チラチラこっちを見ていたかと思うと、目が合うと突然逃げ出すような、変な男の子だったはずだ。
「ぼくのおよめさんになって!」
少年はオレに向けて、熱のこもった視線を送っている。
オレは黙ったまま、空を仰ぐ。
白い雲がゆっくりと流れていて「世界は広いなぁ」としみじみと感じる。
徐々に、胸の中に広がる感情を自覚していく。
(あー。告白される側って、こういう気分だったのか)
翔太やガールズバーの店員達と接していて、うっすらと予感めいたものを感じていた。
それが今、
(今のオレ、モテるんだ)
前世のオレは『モテ』とは縁遠い人生を送っていた。
顔立ちは全然かっこよくなかったし、背がスラッとしたわけでもない。
畑を
だけど決して、モテる努力をしなかったわけではない。
ダイエットをして、髪型や眉毛を念入りに整えたり、スキンケアに力を入れていた時期もあった。
それでも、告白されるどころか、女性に好かれることはほとんどなかった。
徳美を除いて。
(よくよく考えれば、当然だよなぁ)
だって、カッコいいヤツは、何もしなくてもカッコいい。
オレ達が努力してたどり着いた地点に、なにもせずに立っている。
さらに、アイツらはカッコよくなる努力を重ねている。
あたかも当然のように。
義務のように。
きっと「かっこいい」と言われ続けた人は、自然とかっこよさを磨くようになるのだろう。
そりゃあ、
でも今は違う。
オレは美少女として生まれた。
少し愛想よくするだけで「かわいい」「だいすき」と言われるほどの容姿を持っている。
しかも、前世のおかげで、男子の心理は手に取るようにわかる。
これは。
素晴らしい人生が見えてきた。
「え、よだれ?」
告白してきた少年に言われて、意識が引き戻された。
オレは無意識に手で口元を拭いた。
「あの、へんじを……」
弱々しい声が聞こえて、オレは目の前の少年を見た。
男だ。
ショタだけど、男だ。
オレも中身は男だ。
そう思うと、急激に熱が冷めていった。
(……あれ、なに考えていたんだろう。オレ)
もしかしたら、自分の可愛さのせいで、オレ自身もおかしくなっていたのかもしれない。
冷静になった瞬間、少し怖くなった。
(でも、この快感は……)
告白された時の快感がまだ、体にビリビリと残っている。
余韻だけでも、病みつきになってしまう。
だけど、オレは28年間男だったのだ。
プライドとか、抵抗感がある。
いろんな感情が「そっちにいってはいけない」と語りかけてくる。
オレの中では、前世と今世の自分がせめぎ合っているのだ。
「うーん。どうしよう……」
オレは悩みながら、ゆっくり歩き出した。
これから熟考しないといけないし、さっさとおうちに帰ろう。
そうだな。
とりあえずかわいい洋服を着て、鏡を見ながら考えよう。
「…………あれ? へんじは?」
背後から、少年の寂しげな声が聞こえた気がした。
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読んで頂き、ありがとうございます!
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