第8話 ママはバニーガールに復帰しました

 オレはもう少しで3歳だ。

 今は4月だから、あと1か月ぐらいで3回目の誕生日を迎える。

 もう、自分である程度のことはできる。


 だけど、オレは今、バニーガールたちに囲まれている。

 しかもメチャクチャ甘やかされて。



「スミレちゃーん。このお菓子食べる?」

「食べるー」

「ほらー。こっちむいてー」

「なにー?」

「素直でかわいいねー」



 まるでバニーガールハーレムだ。

 一部の子供嫌いな人たちにはスルーされているけど、かまってくれる人はとことんかまってくれる。


 サイコーだ。

 右を見ても、左を見ても、バニーガールだらけ。

 露出は多いし、みんな見た目が整っているし、テンションがグングン上がってしまう。



 さて、なぜこんなことになっているのか、最初から説明していこう。



 きっかけは、ママの一言だった。



「ママ、お仕事に戻ろうと思うんだ」

「お仕事?」

「そう。話したことがあるでしょ? ママはスミレを産む前、バニーガールをしてたのよ」

「オレはどこに預けるの?」



 ママは「『オレ』じゃなくて『わたし』でしょ」とたしなめてきた。

 そういわれも、前世の習慣が中々抜けないのだ。


 彼女はバニースーツを試着しているから、威厳もなにもない。



「ママのお仕事は夜だから、お昼は一緒にいて、お仕事している間はお店で見てもらおうと思ってるけど、どうかな?」



 つまり、お昼は家事やオレの面倒をみて、夜に働くということだ。

 健康な人でも、かなり大変な生活になってしまう。



「ママ、無理しないでね」



 オレが不安げな声で言うと、ママは少し困った顔を浮かべた。



「でも、もうお金がないから」

「……お金」



(そりゃそうだよなぁ)



 余命が決まっているからと言って、残りの時間を生きていける保証もない。

 もちろん、お金が無くなって飢え死にする可能性もある。


 パパは蒸発したままで、ママには頼れる相手がいない。

 生活保護というシステムはあるけど、ママとしてはお世話になりたくないだろう。


 だから、働くしかない。

 オレはまだ子供だから仕事もできなくて、ママに楽をさせてあげることもできない。

 かなり悔しいけど、顔に出さないように取り繕った。



「ママの好きなようにして。手伝えることは、なんでもする」

「うん。ありがとう。大好きだよ、スミレ」

「オレもすきー」



 そしてママは、

 久しぶりにバニースーツを着てご機嫌なのか、


 だけど、二の腕とわき腹が少しプニプニしているのは、気にしているみたいだ。



(あれ、もしかしてバニーガールに戻りたいだけでは?)



 そんな考えが頭をよぎったけど、気にしないことにした。



 そして今日が、はじめての出勤日だ。

 オレはバックルームに預けられて、ママは復帰パーティの主役として活躍している。


 その間、休憩中のキャストに可愛がられていたのだ。



「いやー。純玲ちゃんはかわいいなー。徳美さんにそっくりで」



 最初は「子供が受け入れられるかな」と心配していたけど、完全に杞憂だった。

 実際、他の子供も預けられることもあって、みんな慣れている。


 ここは、オレにとっては天国。

 ある1点を覗いては。



「ばーか。あーほ。ぶす」



 翔太が、幼稚な悪口をぶつけてきた。

 そう。翔太がいるのだ。

 翔太のママは徳美ママの先輩だから、よく考えれば当然だ。


 相も変わらず生意気な顔をしていて、見ているだけで腹がたつ。

 だけど、オレも公園であった時と比べて、大人になっているのだ。

 


「ふっ」



 鼻で笑いながらスルーすると、翔太はさらに声を荒らげた。



「まだようちえんにもいない おこさまのくせにっ!」



 翔太は1学年上だから、すでに幼稚園に通っているのだろう。



「そんなお子様に悪口いうなんて、よわすぎない?」

「おまえ、バカにしてるだろっ!」

「すぐに怒るなんて、ざこじゃん。ざーこざーこ」

「くそっ、わからせてやるっ!」



 煽りすぎたのか翔太は殴りかかろうとしてきた。


 これでも、オレには前世での喧嘩の経験がある。

 こんなお子様に負けるはずがない。


 オレは翔太のパンチをかわして、バシッ、と軽くビンタしてやった。

 翔太は一瞬涙目になったけど、グッとこらえている。



(おお。意外と根性あるな)



 少し感心した。

 ちゃんと男の子だ。



「おまえ! ようちえんにきたら おぼえてろよっ!」



 彼は捨て台詞を吐いて部屋を出ていこうとしたのだけど、周りの大人に掴まって、引き戻されていた。


 不機嫌なブルドックみたいな顔をしていて、思わず「ぶふっ」と噴き出してしまった。



(来年から、オレも幼稚園なんだよなぁ)


 

 来年の4月から、幼稚園に通わないといけなくなる。

 園児との集団行動とか、うまくできる気ができる気がしなくて、かなり不安だった。


 だけど、翔太を見ていると、少し楽しみになってきた。

 



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