第24話 純玲と翔太

 血の繋がり。


 オレはそれを『尊いもの』とは思えない。

 血の繋がりのせいで発生するのは『責任』とか『義務』ばかりだ。


 血が繋がっているから、人を好きになったことがない。

 逆に血が繋がっているからこそ、嫌いになることの方が多かった。


 血の繋がりに感謝できるのは、本当に恵まれた人だけなのかもしれない。

 

 オレは前世では血の繋がりが嫌いだったけど、今世では比較的好きだ。

 翔太の場合は、どうなんだろうか。



 翔太は、学校に来なくなってしまった。

 きっかけは、ある全国ニュース。



 ある一人の通り魔が裁判所で大暴れをして、それが衆目を集めた。



 その人物が、翔太のパパだ。

 ネットで調べたところ、事件後にすぐ逮捕・起訴されていた後、控訴を繰り返してずっと拘置所にいれられていたらしい。


 そして最高裁にて、やらかした。



「これは全部豚の生焼けのせいなんだ! メチルの陰謀によって、おしり拭きシートが九蓮宝燈の併合を心待ちにしておりますっ!」

「うさぎが飛んで、オレも飛ぼうとしただけで、紫のゾウさんが転がってきて、赤がブルジョワに沈めてオレは助けようとしたんだ」

「ここはどこだ!? お前らは誰だ!? じゃがいも学園の秘密警察なんだな! オゾン層を破壊してやる!」



 支離滅裂な言動を繰り返した。


 しかもいきなり笑ったり泣いたり、情緒もかなり不安定で、まともな裁判にならなかったらしい。

 心神喪失を狙った演技じゃないか、とも噂されたり、メディアはお祭り騒ぎだった。


 すると必然的に、事件の関係者やその血縁者にもスポットライトがあたる。

 当時の内縁の妻と息子――つまり、翔太親子にメディアが殺到した。



 そのせいで周囲に知れ渡ってしまったのだ。

 翔太は『通り魔の息子』だ、と。



 オレはその光景を、遠目で見るしかなかった。

 正直、どんな立場にいるべきか、わからなかったから。

 前世は被害者だけど、今世では翔太の友人で――その間で板挟みにあっていた。



 翔太の家を見に行くと、かなり悲惨な状況になっていた。



 大量の落書きや貼り紙で、壁が埋め尽くされてしまっている。

 ボロアパートだから、周囲の住民にも迷惑がかかっていそうだ。

 近々大家に追い出されるかもしれない。


 ふと、貼り紙を盛った中年男性を見つけた。

 紙にはひどい罵詈雑言が書きなぐられていて、チラ見しただけでも気が滅入る。

 その中年男性は子供に見られたのが恥ずかしいのか、すぐに走り去ってしまった。



(……なんだろう。異様に腹が立つ)



 翔太親子に危害を加えているから、だけじゃない。



(本当はオレが一番、怒る権利があるはずなんだけど)



 オレは被害者本人なのに、なんで他人が率先して制裁をくわえているのだろうか。

 全くの他人なのに。

 確かにオレも本当は「さっさと罪を償え。ふざけんな」と思っている。


 でもここで怒って復讐に走っても、この意味不明な人達と一緒になってしまう。

 そう思ったら、色々とどうでもよくなってしまった。





◇◆◇◆◇◆





「そんなことがあったんだけど、おかしくないかぁ!?」

「私に愚痴らないでくれる?」



 オレは今、九条の車に乗っている。

 子役の仕事の帰りだ。



「ほかに愚痴る相手がいないんだよ。メンタル維持のために聞いてくれ」

「プロなら自分で」

「だから、こうやって管理してるんだけど。タレントのメンタルケアもマネージャーの仕事のうちだろ」

「はぁ。わかったから。さっさと話しなさい」

「なんか今日、優しくないか? 最近はずっとツンツンしてたのに」



 九条は眉間にしわを寄せた。



「なんか、あなたの境遇が哀れに思えてきたから」

「そんなにか? ママに産んでもらえて、こんなに可愛くて、全然恵まれているんだけど」

「あなたは相変わらず……。本当はかなり悲惨な状況でしょ」

「確かにそうだなぁ」



 転生して仲良くなった子が前世の仇の息子だった、なんて聞くとかなりドラマチックだ。



「んー。別に恨んでないからなぁ」

「まじぃ!?」



 九条は「信じられない」と言わんばかりの声を上げて、一瞬車が揺れた。

 


「そりゃあ、痛かったよ。苦しかったよ。できればあんな想いはしたくなかったし、同じ痛みをこの手で味わせてやりたいと思ってる。でも、目の前に簡単に復讐する方法があるならやるかなぁ、ぐらい」

「緩くない?」

「まあ、所詮は前世のことだし」

「お気楽すぎる。呆れすぎて顎が外れかけたんだけど」

「年取って顎が弱ってきたのか?」



 車は信号機で止まったけど、少し急ブレーキ気味だった。

 いやがらせだろうか。



「まあ、翔太に肩入れするのもほどほどにしてよね。子役として変な噂がたったら、大変だから」

「苦しんでいる友人を慰めるだけで、周囲に迷惑がかかるのかぁ」

「芸能界なんてそんなもん。イメージ第一。ちょっとしたことでも大事おおごとみたいに演出されるし、視聴者もそれに引っ張られる。諦めて」

「…………」



 オレは九条の言葉を聞き流しながら、窓越しの街並みを眺めた。


 




◇◆◇◆◇◆





 結局。

 もう考えるのが面倒だったから、翔太の家に突撃した。

 最初は翔太から「お前はバカなのか!?」と言われたけど「バカで結構」と言って押し切った。


 ここで逃げたら、絶対に後悔する。

 そう確信して行動した。

 せっかくの2周目の人生なのだから、後悔はなしだ。

 

 翔太のママは布団の中で眠っていた。

 翔太曰く「最近、夜もまともに寝ていなかった」らしい。たしかに髪も肌もひどい有様だ。



「なあ、どうすれば償えると思う? オレが死ねばいいのか? そうすればママは楽になるのか?」



 2週間ぶりに出会った翔太は、すっかり痩せこけてしまっていた。

 相当精神的にまいっているようで、かなり悲観的なことを言っている。



「そんなことをする必要はないと思うけど」

「なんでそんなことを言えるんだよ」



 オレはあいまいな笑みを浮かべた。



「被害者の人も、こんなことは望んでいないよ……きっと」

「……わかんないだろ。メチャクチャ恨んでいるかも」



 翔太の目から、ポロポロと涙がこぼれていく。


 本当は、オレの前世のことを伝えた方がいいかもしれない。


 でも、本当に信じてもらえるだろうか。

 もし信じてもらえたとしても、どんな言葉を掛ければいいのかがわからない。


 だからこそ、せめて八箇純玲としての言葉を送ろう。



「翔太」

「なんだ?」

「逃げる? 一緒に」



 翔太は目を見開いて、オレの顔を見つめた。

 オレはどんな顔をしていただろうか。

 自分ではわからないけど、かっこいい表情だったらいいな。



「いいや。ママを守らないといけないから」

「そっか」

「でも、ありがとう。少し楽になった」



 翔太は儚げに笑ったけど、まだまだ心配だ。

 オレはメモ用紙を借りて、11ケタの番号を書きなぐった。



「これ、オレの電話番号。いつでも連絡してきて。あと、翔太の電話番号も教えて。登録してないと電話とれないから」

「あ……うん。いいのか?」

「ん? なにが?」

「いや……なんでもない」



 帰り際、翔太は少し元気を取り戻していて、何度も「ありがとう」とお礼をくれた。

 いつもこれぐらい素直だったら、本当にかわいいのに。



 そして次の日の昼頃。

 早速、翔太から電話がかかってきた。



『助けてくれ! ママが……ママがっ!』



 声だけで、相当切羽つまった状況なのがわかる。


 現代でもこんなに大変なら、異世界転生がよかったなぁ。

 そんな冗談が浮かんだけど、言っている余裕はなさそうだ。





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