第23話 どこのパパもろくでなし

 産まれてから8回目の、5月28日。

 オレは7歳になった。

 ママの余命は残り2年。


 去年の誕生日は、パパが祝おうとしてきたから、オレは頑として断った。

 多分、ママから教えてもらったのだろうけど、嫌いな人に祝ってもらう誕生日ほど最悪なものはない。


 そのせいか、今年は誕生日の『た』の字も出てこなかった。


 そもそも期待していなかったけど、ただでさえ低かった好感度がさらに下がった。

 好感度というものは上限が100だったとしても、下限は千も1万もあったりするものだ。



「今日こそはライブハウスに来てくれないか?」

「イヤ」



 オレが端的に断ると、クズ男はオレの手を掴んできた。

 力加減を知らないのか、かなり痛い。



「ほら、昨日は純玲の誕生日だっただろう? そのお祝いもかねて来てほしいんだ」

「……そんなのいらない」

「そう言わずに。ママも来るらしいから」



 そう言われたら、オレに行かない選択肢は無くなってしまった。

 こうして期待半分、疑心半分でライブハウスに同行することになった。


 でも案の定、現地にはママの姿はなかった。



「ママ来られなくなったみたいでー」



 そんなことをのたまっていたけど、嘘を吐いていたのは明らかだ。

 最初から来る予定はなかったのだろう。


 こういうやり方は嫌いだ。



「まあ、楽しんでくれよ。今日は純玲のためのライブだから」



 それからしばらくして、ライブハウスにお客さんが入ってきた。

 若い女性が多い印象だ。

 最前列にはうちわを持った熱心なファンが並んでいる。



(世の中、面食いとダメ男好きが多いことで)



 なんだか、真面目に生きていた前世の自分がバカみたいに思えてしまった。


 クズ男の出番が来るまで間。


 暇だから、周囲の人間を眺めることにした。

 一応演技に活かせたりもするし、暇があれば人間観察するようにしている。


 若い女が多く、

 ナンパしている人もいる。

 全く喋らずにスマホを弄っている人がいれば、友人とずっとダベっている人もいる。


 見ていると結構面白い。


 そうこうしているうちに、演奏が始まった。

 聞いたことがない曲だ。

 おそらくはオリジナルだろう。


 オレは本当に一時期だけ、バンド活動をしていた。

 だからある程度音楽の知識がある。

 ちなみにバンドメンバーは誰一人成功していない。世知辛いなぁ。

 


(あー。なんだろう、この歌)



 ライブに特化している感じだ。

 目の前のお客を盛り上げることばかりを考えている。



(でも、空っぽだ)



 技術はある。


 だけど『好き』って気持ちしか乗っていない。

 葛藤もなければ、悲しみや苦しみや必死さを感じない。


 よく言えばわかりやすい。悪く言えば深みがない。


 CDとか音源になった途端、全然魅力的に感じないタイプだ。


 歌が終わると、マイクパフォーマンスが始まった。



『実は今日は俺――三戸みと喜怒哀楽ゆたかの娘が来ています。』



 ステージでは一人称を『僕』から『俺』に変えているらしい。

 というか、初めて知ったけど、すごい名前をしている。

 喜怒哀楽で『ゆたか』と読ませているのか。親の顔を見てみた――くはないな。


 クズ喜怒哀楽ゆたかの言葉を受けて、



「あの子、テレビで見る子じゃない?」

「あ、ほんとだ」

「かわいい。さすが喜怒哀楽の娘さん」

「って、子供がいたの!? 結婚してたの!?」

「解釈不一致だわ」

「喜怒哀楽様の子供、尊い、まじ尊い……」



 周囲は大騒ぎで、オレに視線が集中している。

 仕事上慣れてはいるけど、クズ喜怒哀楽が関わっていると思うだけで不快だ。



(ちっ)



 オレは知名度を利用するために、連れてこられたのだ。

 テレビに出ている子役の父親。

 そんなステータスが欲しかったのだろう。



(胸糞わるい)



 嫌いな人間に利用されるのは、本当に気分が悪くなる。

 まだガールズバーのママに利用されていた方がマシだった。

 彼女はまだ、だますようなことはしない誠実さがあった。


 オレが子役を頑張ってきたのは、ママに楽をさせるためだった。

 そう考えれば、もう止めてもいいのかもしれない。

 ママもそれを望んでいたし、もういいかな。


 でも、九条との関係が無くなってしまったら、ママの情報を得られなくなってしまうか。

 ここはグッと我慢だ。


 その後しばらくして、ライブは終わり、パパがオレの元に来た。



「どうだ? 楽しかったか?」

「全然」

「そうか。手厳しいな」



 パパはカラッと笑った。

 全然悔しそうじゃないし、それどころか晴れやかな顔をしてる。

 楽しく音楽をできていればそれでいい、という考えが見え透いている。


 それが別に悪いと断言する気はない。

 ただ、親がコレ・・だとすごく嫌だ。将来が不安になってくる。


 そうして、オレのクズ喜怒哀楽に対する好感度はさらに下がっていったのだった。





◇◆◇◆





「ってことがあって……」

「そうか。純玲も苦労しているんだな」



 ライブハウスでの事件があった翌日、オレは翔太と話していた。

 翔太のストーカーたちはうまく振り切っているし、込み入った話をしていても問題はない。



「どこもパパで苦労しているんだなぁ。ウチと一緒だよ」

「あ、生きてるんだ、パパ」

「一応生きてはいるらしい」



 翔太にしては歯切れが悪い言い方だ。



いてもいい話?」

「……まあ、純玲ならいいかな」



 面と向かって特別扱いされると、少しこそばゆい。



「ただ、これはオレさまのパパの話で、オレさまは関係ないからな。顔すらも覚えてないし」



(うわぁ。かなり重そう)



 前置きからして、シリアスな話になるのがわかってしまう。

 でも自分から話を振った手前、今更拒否することはできない。



「これは秘密にしてくれよ」



 翔太はオレの耳に口を近づけてきた。


 だけど、優しい吐息がかかって「ひゃっ!?」と思わず声をあげてしまった。


 

「な、なに反応してんだよ!?」

「耳が弱いから」

「びっくりしたぞ。あと、覚えたからな」



 何を覚えたのか、と疑問に思っていると、再び耳打ちをしてくる。

 今度は鼻息も抑えられていて、ちょっと恥ずかしいだけだ。

 


「パパは、通り魔らしい」



 聞いた瞬間、ゾクッとした。

 予想以上にヤバイ話だ。



「パパとは結婚していなかったから、噂にはなりにくいけど、近くのオフィス街でやったらしい」



 その言葉を聞いた瞬間、さらに衝撃を受けた。

 翔太の顔を見ると、あまり深刻そうな表情はしていない。

 なんとなく大変なことをしたのは理解しているけど、どれだけ深刻かはわかっていないのかもしれない。

 オレが漏らせばこの学校にいられなくなるぞ、と言いたい。

 まあ、せっかくの話し相手にそんなことはしないけど。


 いや、そんなことを考えている暇はないだろ。もっと情報が欲しい。

 さっきからある可能性・・・・・が脳裏にチラついているんだ。



「それっていつの頃の話?」

「オレの1歳の誕生日のあとぐらい、って聞いた気がする」

「誕生日っていつだっけ?」

「4月15日。覚えていてくれ」



 4月15日。

 オレの誕生日はその後すぐの5月28日だ。



「あー。そうだな。脳に容量が余ってたら」

「ひどいっ!」



 軽口を叩くと、翔太はショックを受けたように叫んだ。

 オレは出来るだけ動揺を顔に出さないように努めて、空を仰いだ。


 あの日・・・みたいに、とても清々しい青空だった。



(もしかして――)



 ある可能性が頭から離れない。

 いや、可能性は確信へと変わり始めている。


 嘘だと信じたい。


 いやでも、こんな偶然が起きるとは考えられない。

 同じ期間に、同じ場所で2回も通り魔事件が起きるなんて、治安のいい日本ではまずありえない。


 ほとんど確定とみていいだろう。


 そう。


 目の前にいるかわいらしい女装少年。

 影山翔太。

 彼は、前世のオレを刺した通り魔――その息子だったのだ。





――――――――――――――――――――――――――――

そうだったの!?!? 聞いてないよ!?!? by作者



読んで頂き、ありがとうございます


翔太と主人公の今後に気になる人は

フォロー

☆評価

♡応援 をよろしくお願いします!


皆さんの評価や応援で、もっと多くの人にこの作品を伝えてもらえると嬉しいです(≧▽≦)


また、誤字脱字があったらコメント頂けると助かりますm(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る