第25話 つながる親子 前編

 翔太のママは、救急車で運ばれていった。


 翔太は泣き叫ぶばかりだったから、オレが通報した。


 救急車で運ばれていく姿が一瞬、重なった。

 1歳の誕生日――ママが倒れた時の光景と。



(最悪なことにならないでくれよ)



 さすがに家族でもないオレが同行するわけにもいかず、その日は家に帰った。


 でもそれから何度も、翔太から電話がかかってきた。

 翔太のママは命に別条がなく、後遺症もなかった、と言っていた。


 不幸中の幸いだ。

 

 でも小さい子供にとっては、親が入院するのはかなりの大事おおごとだ。


 翔太ママが目を覚ましたのは、翔太の様子が心配でオレが様子を見に来ていた時だった。

 ちなみに個室である。大部屋がどこも空いていなかったらしい。



「あれ?」



 彼女は最初、状況を把握できていなかったのか、

 翔太ママと翔太。二人の視線が合った。



「ママっ!」



 目いっぱいに涙をためた翔太が、ママに抱き着いた。


 オレは邪魔にならないように、そっとナースコールを押す。

 数十秒後にはナースが顔を出して、担当医を呼んでくれた。

 それからは病状や治療の説明が始まった。


 オレが聞くのも気まずかったのだけど、翔太が袖をつかんできた。

 一つ年上なのに、弟みたいなムーブをしていやがる。


 翔太ママは過労の上に、ストレスで胃が荒れているらしい。しかも栄養失調気味で、拒食症

 だけど、手術するほど酷いわけではないらしい。


 説明を終えると、担当医は病室から出ていった。



「ねえ、ママ。オレさまはいない方がいいかな?」



 翔太がポツリと言った。



「どうしたの? いきなり」

「だって、ママはパパと赤の他人でしょ。オレさまがいなくなれば、もう関係ないじゃん」

「そんなこと……」



 翔太ママは目を伏せて、口を閉ざしてしまった。

 もしかしたら、何度も考えていたことなのかもしれない。


 すごく空気が重苦しくて、自然と呼吸が浅くなってしまう。



(うわ、居づらい)



 なんで親子の会話に巻き込まれているのだろうか。

 そ~っと部屋から逃げ出そうとすると、また翔太に袖をつかまれてしまった。

 とりあえず息をひそめて、存在感を消して空気になっておこう。



「ねえ、ママがそれで幸せになるなら、どこかに行くよ」

「…………」

「オレさま、全然ママの言うこと聞いてなかった。ママのこと全然考えてなかった。女の子に生まれなかった。こんなダメなオレさま……いない方がいいよね」


 しばらくして翔太ママの瞳から、ボロボロと涙がこぼれはじめた。

 泣き方が親子そっくりだ。



「違う。違うの。本当にそう思ったわけじゃないの」

「でも、オレさま……」

「私が……私がダメな母親なのが悪いの」

「ママはダメじゃないよ。いつも、オレさまのために頑張ってるのを知ってるから……」

「ごめん。今までごめん。ママが間違ってた。酷いこといっぱい言ってた。翔太は大事な宝物だから……」


 

 それから、二人は号泣して抱き合った。


 オレはというと、完全に動くタイミングを見失ってしまって、考える人のポーズで固まるしかなかった。


 20分後。

 泣き疲れたのか、翔太は眠ってしまった。


 これでオレもやっと動ける。

 帰らないとな、と立ち上がろうとした瞬間だった。


 突然、着信音が響いた。

 翔太ママは慌てて、バックからスマホを取り出した。

 だけど画面を見た瞬間、顔が強張こわばっていく。


 深呼吸をしてから、通話に出る。



「はい。影山です。はい……。はい…………。すみません」



 電話口から聞こえる声には、聞き覚えがあった。

 本当は聞きたくなかったけど、翔太ママはスピーカーモードにしてしまっている。

 それほどに焦っていたのだろう。


 通話相手の言葉はほとんど罵倒で聞くに堪えないものだったし、言葉として処理したくもなかった。



「それでは、失礼します」 



 翔太ママは通話を切ったけど、かなり顔色が悪い。

 聞いているだけでも不快だったから、直接浴びせられた本人には



「被害者の、家族ですか?」



 翔太ママはオレの問いに応えず、力ない笑みを浮かべて「ごめんね」と言った。



「随分、酷いことを言われてましたね」

「え、なんでわかるの?」

「スピーカーになってましたよ」

「あ……」



 本当に気づいてなかったみたいだ。それだけ緊張していたのだろう。



「何か要求されているんですか?」

「……ちょっとね」

「お金ですか?」



 少しの間があった。

 それだけで、答えがわかってしまう。



「何回も謝って、許してもらうしかないから……」



 少しでも血が繋がっている相手の悪行を知ってしまって、頭に血がのぼっていく。



「どうせ謝っても変わんないですよ。あいつらはお金が手に入って、自分たちが注目されるのに味を占めているだけですから。オレが死んだことなんて、ちっとも悲しんではいません」



 つい言ってしまった。

 突然のことで、翔太ママは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていた。

 言ってしまったものは仕方がない。

 翔太が寝ているのも都合がいいし、全部打ち明けてしまおう。




「どうしたの? 純玲ちゃん」

「被害者が翔太とママさんを恨む理由はありません。全部悪いのは通り魔本人じゃないですか。その家族は関係ありません。ましてや、結婚もしていない人に責任を取らせるなんて」

「そうは言っても……」



 彼女の言いたいことはわかる。

 世間は簡単に許してくれない。そういうのは本当に嫌いなのだけど、事実として、そういう空気が作り出されている。

 オレはあえて口調を変えて、再び口を開く。


 まずは、オレが『荒川咲春』だと信じさせる。



「影山さん。3回、お店で相手してもらいましたよね。オレはちゃんと覚えていますよ」

「な、なにを……?」

「どれも、徳美が体調不良で休みになった時でした。1回目は結構不愛想な積極をされて『生理ですか?』と訊いたら、水を掛けられました」

「……ぁ」



 翔太ママが小さい声を上げたけど、お構いなしに続ける。



「2回目はかなり酔っぱらっていて、途中で交代させられていました。3回目は」

「え、あ、なんで……?」

「信じられないかもしれません。でも、影山さんの考えていることが正解です。」



 オレは一度、深呼吸を挟んだ。



「オレは通り魔に刺されて死んだ、徳美の元カレ――『荒川咲春』。彼が生まれ変わった姿なんです」

「……そう、なの」



 呆然としながら、彼女は呟いた。

 少しは信じてもらえたのかもしれない。



「もう一度言います。オレはあなたたち親子をちっとも恨んでいないですし、謝ってほしいとも思っていません。周囲の人たちが、勝手に言っているだけです。むしろ、オレ自身は二人の味方です」

「……ありがとう」

「だから、ちょっと耳を貸してください」



 オレがあること・・・・を耳打ちすると、彼女は大きく目を見開いた。



「なにそれ」

「元々同じ屋根の下で暮らしていたんですから、弱みの10個や20個は持っていますよ。特にあくどいことをしていた公務員とかは」



 オレが預けられた親戚は、夫婦揃って公務員をしていた。

 結構上の役職についていて「先生」と呼ばれることもあっただけに、スキャンダルの暴露はかなり効果的だろう。



「でも……いいの?」

「思いっきりやっちゃってください」

「だけど、あっちにも家庭が……」

「翔太を守れるのは、影山さんだけですよ」



 息を呑む音が聞こえた。



「ママ……」



 翔太は寝言を漏らすと、彼女は息子のサラサラの髪をゆっくりと撫でた。


 顔を上げると、ママの表情が激変していた。

 さっきまでは不安げな顔だったのに、今は覚悟が決まった顔をしている。


 『母親の顔』だ。



「ありがとう。純玲ちゃん? 荒川くん?」

「今のオレは純玲です。徳美ママの娘です」

「よく元カノをママって呼べるね」

「赤ちゃんプレイは好きなので」

「やめてっ! 知り合いのそういう話は生々しいからっ!」



 オレが噴き出すと、翔太ママも笑った。

 こんな風に笑えるのだから、もう安心だ。



「じゃあ、オレはもう帰りますね。あとは親子水入らずで」

「待って」



 立ち上がろうとするオレを、翔太ママが呼び止めた。



「ねえ、これからも翔太と仲良くしてくれる?」



 その質問に、オレは面くらった。

 もう『仲良くするな』って言われる覚悟をしていたから。


 息子の友人――いや、それ以上かもしれない相手が、こんな特殊な人間なのだ。受け入れろ、という方が難しい。


 なのに、受け入れてくれた。

 それが何よりも嬉しい。



「当たり前じゃないですか。翔太はもう、オレにとっても大事な存在ですよ」



 それだけを言い残すと、オレは病室を後にした。






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