第26話 つながる親子 後編

 病院の外に出て、ふと気づいた。



(前世の両親のお墓、すぐ近くにある)



 オレの骨もそこに眠っているはずだ。


 早速向かうと、15分ぐらいでついた。

 小さなお寺。

 そこの隣にある墓地の端に、我が家の墓がある。



(うわあ、ひどい)



 墓には、大量のコケが生えていた。 

 墓誌にはオレの戒名も彫られていない。

 明らかに手入れされていないし、無縁仏にしか見えない。


 世間はオレが死んだ事件で騒いでいるのに、オレと両親が眠る墓は全く見向きもされていない。

 オレの死をダシに、お金をゆすっていたくせに。

 その事実に「はあぁ」とため息が漏れてしまう。


 まあ、嘆いていても仕方がない。


 本当はお墓を掃除したいけど、今は道具もない

 思い付きで寄ったから、線香も花もない。


 他にできることがないから、オレは手を合わせた。



(この姿を見たら驚くかなぁ)



 そんなことを考えながら、目を開ける。

 すると一瞬、両親の顔が見えた気がした。

 子供の頃の記憶しかなくて、顔も朧げにしか覚えていないけど、少しウルッときた。


 ふと、さっきの病室での一幕を思い出す。



(翔太たち、大丈夫かな)


 

 まだまだ問題は解決していなくて、彼らの人生は前途多難だ。

 でも、それは翔太と翔太ママの物語だ。

 オレにできるのは、手伝うところまでだ。


 だけど、オレはあの親子にかなり影響を受けてしまった。

 


(ママに会いたい)



 影山親子の親子愛にあてられてしまって、ママが恋しくなってしまった。

 もう限界だ。

 ママ成分が足りない。

 いっぱい甘やかしてもらいたい。褒めてもらいたい。


 ママが拒否するかもしれないけど、そこは娘としての力を存分に発揮してやる。

 我がまま言いまくってやる。

 母は強し、というけど、娘は母親に強いのだ。



 だけどその前に、やることがある。



 オレはキッズケータイを取り出して、ある人に電話を掛ける。

 だけど、中々でない。

 5回かけなおして、ようやく電話に出た。



「ママのところに行くから」

『そうか』



 早速切ろうとしたけど、クズ男は話を続けようとする。



『ごめんな。父親っぽいことなにもできなくて』

「謝れば、全部許されるわけじゃない」

『……そうだな。僕には父親の才能がなかった』

「才能とかの問題じゃない。そもそもいい父親になる気がなかったんだろ。子供っぽい生き方しかしてないんだし」

『はは。耳が痛いな。でも、僕にはこの生き方しかできないんだ』



 クズ男の声は、ずっと軽い。

 聞いているだけで苛立ってしまう。



「そう。別にそれでいいよ」

『ママのことをよろしくね。突然人を突き放すくせに、寂しがり屋だから』

「わかってる」

『純玲、楽しく生きろよ。つらいことからは逃げてもいいんだ』

「もっと大事なものがあるときは、逃げないよ。辛くても抗わないといけない時はある」

『そうか。お前にはそういうものがあるんだな』



 もうこれ以上話すことはないだろう。



「じゃあ」

『ああ、達者でな』



 電話を切る。

 オレは深く息を吐いてから、前を向いた。


 今からママのいる家に向かおう。


 最初になんて言おうか。

 「ただいま」だと普通すぎるし、もっとひねった「大好き」とか言った方がいいだろうか。そうすれば、簡単に逃げられなくなるだろうし。



 そんなことを考えながら、横断歩道で止まった。



「あ、ママ!?」



 本当に偶然。

 横断歩道の反対側にママの姿があった。


 もしかしたら、翔太ママのお見合いに行く途中なのかもしれない。


 やっと出会えた。

 いっぱい話したいことがある。


 ママに打ち明けるんだ。

 オレは『荒川咲春だよ』って。元カレが生まれ変わったんだよ、って。


 それでまた喧嘩するかもしれない。

 色々起きるかもしれない。


 でも、それでいいのかもしれない。

 親子だってぶつかっていい。

 親子は一緒に成長したっていい。


 そうやって絆を深めて、本当の親子になっていくんだ。


 オレは青信号になると同時に、走り出した。



「――――――――!!!!」



 ママが何かを叫んでいる。

 かなり切羽詰まった様子だけど、何だろうか。


 横を向くと、乗用車が目の前まで迫っていた。

 信号は青だったはずだ。

 じゃあ、暴走車? 相手が悪いじゃん。


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。


 避けないと、死ぬ。

 それなのに全身が強張こわばって、全く動いてくれない。



(あ、やばい)



 直後に、強い衝撃を感じた。

 同時にママの匂いを、わずかに感じ取った気がした。



「な、なにが……?」



 次に気付いた時には、全身が痛かった。

 しかも何かが覆いかぶさっていて、かなり重い。

 少しずつ体を動かして、抜け出す。


 そして覆いかぶさっていたものを、見た。


 その瞬間、いろんな記憶がフラッシュバックした。

 前世で徳美と出会ったときのこと。

 初めてデートをしたこと。

 キスをしたこと。

 一夜をともにしたこと。

 クリスマスにフラれたこと。

 生まれ変わって、ママに授乳してもらったこと。

 幼稚園の入園式とか、それ以外の思い出。 


 そして、オレが死んだときのこと。



「……ぁ゛?」



 余命が残り2年だからって、その2年の間に死なないわけじゃない。

 不治の病に侵されているからって、必ず病気で死ぬわけじゃない。

 人の死因なんてたくさんある。


 たとえば、前世の両親みたいに――。



「ママ? ママ??? まマぁ!?!?!?」



 ぐったりと倒れるママに抱き着くと――


 静かに、無情に、じんわりと――


 鮮やかな血液が、頭から流れ出ていた。








 次回、最終章へ。

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