第27話 ママ

 ママの横の心電図から、ずっと電子音が響いている。

 時々アラートが鳴るけど、看護師さんは何も言わずに切っていく。

 そんなに重要な警告じゃないのだろう。

 だけど、オレの心の中のザワザワを徐々に掻き立てていく。


 事故から、3日が過ぎた。

 一応クズ男に連絡をしたけど、一瞬顔を出しただけだった。

 ママの今の姿を見ていられなかったのだろう。

 あの玉なしが。


 九条はちょくちょく様子を見に来て、事故の後処理も代わってくれている。

 こういう時には心強い。


 その他にも、ガールズバーのママや同僚の人達、翔太ママもお見舞いに来てくれた。

 本当にママは周囲の人に愛されている。

 

 その時、翔太ママに言われた。



「純玲ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ママに比べたら」 

「あまり無茶はしないでね」

「わかってます」



 正直、こんな状況だと、どこまでが無茶なのかがわからない。

 でも気遣ってくれる人がいる事実は、少し心を軽くしてくれた。


 事故から5日が過ぎて、ママの容態が安定してきた。

 心電図も外れて、あとは目を覚ますのを待つだけだ。


 だけど、何もせずに待っているのは我慢できなくて、オレは学校に登校した。


 すると、早速校門で翔太と出会った。



「大丈夫なのか?」

「ん? 翔太こそ、なんで学校に来てるの?」



 翔太は父親のことが広まったせいで、周囲からひどいイジメを受けていた。

 それなのに、翔太が普通に登校しているのが不思議だった。



「イジメなんかに負けてられないからよ。戦ったら、もうされなくなった」

「そうなんだ。すごい。ちゃんと男の子だ」



 ずっと女装してるから、見た目は女の子だけど。



「でもどうやったの?」

「金玉を思いっきり踏んでやったら『ありがとうございます!』って。それでそいつらがオレさまを守ってくれるようになった」

「それは本当に友達?」

「まあ、一応、そういうことにしないと……」



 SMクラブの女王様みたいになっている。

 小学生がどんどん性癖を開花させているのだから、日本の未来は明るいかもしれない。


 その後は子役の仕事に向かった。

 本当は九条に「休んでもいい」と言われたのだけど、押し通した。


 何もしない時間は不安になってしまうし、何かしていた方が気がまぎれるから。


 でも――



「あなた、今日はダメダメだったでしょ」

「ぅぐぅ」



 九条につっこまれて、ぐうの音も出なかった。

 いや、実際には「うぐぅ」って出しちゃったけど。


 今日は歌の収録があったのだけど、話にならなかった。

 どうしても腰が入らなくて、何回もリテイクを食らってしまったのだ。


 

「自分の想像よりも、精神にきてるんだなぁ」

「もう一度こんなことがあったら、本当に休ませるから」

「……ママが早く目を覚ましてくれるといいんだけど」

「本当にね」



 ママといえば、と気になって、話題を変える。



「そういえば、最近言わなくなったよな。」

「そりゃあ、余命わずかな人に負担をかけて産んでもらうほど、外道じゃないからね。それに、どうせ方法なんて知らないんでしょ?」



 やっぱりお見通しか。

 怒っている雰囲気はないし、開き直ろう。



「まあ、そうだけど。じゃあ、なんでまだマネージャーやってくれてるんだ?」



 九条との契約は『徳美から産まれ変わる方法を教える代わりに、子役にしてもらう』というものだった。現状はオレが一方的に反故にしてしまっている。



「まあ、あなたと仕事をするのは楽しいし」



 九条が少し恥ずかしそうに言うと、オレの心には激震が走った。



「え? なにか裏がある? こわいんだけど」

「ぶっとばすぞっ!」

 

 

 そんな少し和むイベントもありつつ、仕事の後に病院に向かった。

 九条はまだ仕事があるらしく、すぐにオフィスに戻ってしまった。まあ、念入りに写真を撮っていったんだけど。

 彼女も仕事で気を紛らわせているのかもしれない。



「ねえ、ママ、いつ起きるの?」



 オレはママに声を掛けた。

 聞こえているかはわからないけど、こういうのは効果的らしい



「オレ、伝えたいことがいっぱいあるんだ」



 ママの胸はゆっくりと上下している。



「起きたら話そうと思うんだけど、ママは絶対にびっくりすると思う」



 うっすらと開いた唇から、すーすーと息が漏れている。



「ねえ、ママのオムライスが食べたい。いっぱい話したい。もう、余命も2年を切ってるんだよ。だからさ、早く――」



 オレはママの手を一生懸命握りしめた。


 すると驚くべきことに、瞼がピクリと動いた。


 そのままゆっくりと目が開いて、首を回し始めた。

 そして、オレと目が合う。



「……ん?」



 ママが目を覚ました。

 オレは涙を必死にこらえながら、抱き着こうとする。


 だけど、次の瞬間には動きを止めた。



「ここは、どこ?」



 その言葉は、冗談には思えなかった。

 ママの表情には純粋な困惑が浮かんでいて、胸が不安でいっぱいになる。



「お姉ちゃんは、だれ?」

「おねえ……ちゃん?」

「え、なにこれ。アタシの手大きくない!? うわ、胸もっ! って、足も!?」



 全く理解できない。頭が考えることを拒否している。

 いや、頑張って考えるんだ。


 ママはオレのことを覚えていないし、ここがどこだかもわかっていない。

 しかも、オレを「お姉ちゃん」と言っていた。まるで、自分の方が年下みたいに。



 つまり―― 



 ママは記憶喪失の上、幼女退行してしまったんだ。





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