第28話 オレのママは4歳児 前編

「ねえ、お姉ちゃん」

「なに? 徳美ちゃん」

「アタシ、お姉ちゃんのことすきー」

「そっかー」



 無邪気な笑顔で言われて、ついつい頬が緩んでしまう。


 だけど、彼女の体はどう見ても成人女性のものだ。

 元々巨乳ロリっぽい体型だったけど、それでも違和感はある。

 


 ママ――徳美ちゃんが目を覚まして、1ヶ月が経った。



 まだ彼女の記憶が戻る気配はない。

 お医者さんも「よくわからない状況。いつ戻るも答えられない」と言っていた。

 そして「病気と関係がある可能性も否定はできない。でも、限りなく可能性は低い」とも言っていた。


 それほどに難しい病気でありつつ、今回の記憶喪失も珍しい事例なのだろう。



 ただ記憶を無くすのではなく、幼児退行までしてしまったのだから。



 正確に言えば、完全な記憶喪失じゃなくて、4歳ぐらいまでの記憶が残っているらしい。

 だから、彼女は自分を4歳の女の子だと思い込んでいる。


 オレはこの状態のママを『徳美ちゃん』と呼ぶことにしている。


 

「ねえ、アタシはいつになったら退院できるのかな?」

「どうだろうねー」



 退院させるかどうかの判断は、非常に難しい。

 一方で、すぐに命にかかわることがないから、退院を要求される可能性がある。



(まあ、色々考えても仕方がない。記憶を取り戻させるために、全力を尽くそう)



 この1か月間、何もしなかったわけじゃない。

 色んな人に来てもらって、記憶を刺激してもらった。



 まずはクズ男。


 なんか『今生の別れ』みたいな通話をしただけに、連絡するのはかなり恥ずかしかった。

 なんだかんだで一番確率が高いはずだし、ママのために我慢して。


 すると、あっさりと来てくれた。



「オジサン、だーれ?」

「おじ……っ!?」



 ダメ男はかなりショックを受けたみたいで、かなり眉が歪んでいる。

 オレはあまりもの面白さに「ぶほっ!」と吹き出してしまった。



「えっと。徳美ちゃんと僕は、恋人だったの」

「え、オジサン、ロリコンなの?」

「えっと、そういうことじゃなくて――」

「じゃあ、どういう意味?」

「え、えっと、それは――」



 クズ男はタジタジで、会話するのも一苦労みたいだ。

 徳美ちゃんはオレと目が合うと「べー」と舌を出した。

 オレのクズ男への嫌いっぷりを見て、わざとからかっているみたいだ。



「すみれ~~~」



 クズ男が助けを求めてきたけど、オレは知らんぷりを決め込む。



「キスしたら思い出すかも?」

「は?」



 思わず、低い声が漏れ出てしまった。



「ダメ。徳美ちゃんにはまだ早い」

「いや、遅いとかそういう話ではないだろ。体はちゃんと大人だろ」

「ダメ。お姉さんが許しません」

「親子の立場が逆転してないか?」



 うるさいな。

 オレは徳美ちゃんを守らないといけないんだよ。


 その後は昔話をしてもらったりしたけど、徳美ちゃんは飽きておもちゃで遊び始めてしまった。



「あーもー。ダメだ。ムリムリムリ」



 ダメ男は音を上げて、帰ってしまった。

 本ッッッ当に役立たずだ。

 もし思い出させたら、マイナス10万の好感度がマイナス9万ぐらいにはなったのに。


 その次にやってきたのが、ガールズバーのママだった。



「おー。徳美ちゃん。久しぶりー」

「え、この人、怖い!」



 徳美ちゃんはオレの後ろに隠れてしまった。

 体格差がかなりあるから、全く隠れていないけど。



「おや、笑顔を間違ったかね」



 ババアは色んな種類の笑顔を浮かべたけど、全部邪悪に見えた。

 だけど、それが逆に徳美ちゃんの興味を引いたみたいだ。



「おばあちゃん、おもしろい?」

「ねえ、お姉さん・・・・のこと覚えてないのかい?」

「……ごめんなさい」



 しれっとババアは自分のことを『お姉さん』と呼ばせようとしていた。

 神経が図太い。



「いいんだよ。ちょっと確認したかっただけだから」



 ババアの雰囲気が、少し変わった。

 さっきまでは保母さんのように優し気だったのに、



「ねえ、徳美ちゃんは記憶を取り戻したいかい?」



 その問いを聞いて、徳美ちゃんは一瞬固まった。

 そして、ゆっくりと首を回してオレの顔を見つめてきた。

 純粋で、あどけない瞳。


 徳美ちゃんは、オレの顔色をうかがっているみたいだ。



(そうだよな)



 記憶を失くしたのだから、思い出したいと思うのは当たり前。

 そう、無意識に考えていた。


 だから、一度も本人に確認していなかった。

 

 オレはお姉ちゃん失格だ。

 いや、娘や元カレでもあるけどね?


 ママの記憶は、決して幸せな記憶ばかりじゃなかったはずだ。

 束縛的な両親の元で育って、家を飛び出して、バニーガールとして働いて、妊娠したら男に逃げられた。


 断片だけでも、かなり壮絶だ。


 そんな記憶を思い出させるのは、酷ではないだろうか。


 もしかしたら、忘れたい・・・・から忘れたのかもしれない。

 オレとの思い出も含めて。



(考えたくないけど、)



 考えている間も、徳美ちゃんはオレの顔を見つめ続けている。

 まるで、全部を見透かされているみたいだ。

 


「徳美ちゃんの、好きなようにしていいよ」



(ああ、卑怯だなぁ)



 自分で決断をできないから、

 本人の意思を尊重している、と言えば聞こえはいいかもしれない。

 でも、これは幼い子に決断を押しつけているだけだ。


 でも、言葉にしてしまったのだから仕方がない。

 もうオレにできるの一つだけだ。


 彼女の決断を信じて、後悔させない。


 

「うん。思い出したい」



 徳美ちゃんは、にへらと屈託なく笑った。

 本心からの笑顔じゃないことは、すぐにわかった。


 でも、笑顔の裏で何を考えているのか、までは見透かせない。 



「じゃあ、ちょっと昔話をしようか」

「昔々あるところに?」

「さすがにそんなに古くはないよ。ほんの10年ぐらい前の話さ」

「10年って、すごい昔だよ?」

「徳美ちゃんにとっては、そうかもしれないねぇ」



 そしてババアは少し口元を緩ませて、絵本を読み聞かせるように語り始めた。


 ママがどうやってババアと出会い、バニーガールになったのか。





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