第29話 オレのママは4歳児 中編

 そんなに遠くない昔。

 ちょっと治安の悪いところに、とても善良な美魔女がいました。


 ガールズバー。


 美魔女はそこの店主さんです。


 ガールズバーとは、若い女の子が哀れな男共の話を聞いてあげる代わりに、お金をもらう場所です。

 男共は癒されてハッピー。

 女の子は高い給料がもらえてハッピー。

 美魔女さんの元には大金が入ってハッピー。

 


 みんな笑顔になれる、最高にハッピーなお仕事です。




――へえ、すごいお仕事なんだ。

――そうだよ。これより素晴らしい仕事はないんだから。

――徳美ちゃんに、ひどい嘘を教えないでもらえます?



 お店は毎日大繁盛。

 お札を数えるのが好きな美魔女さんも、笑いが止まりませんでした。


 そんなある日、すごく変わったお客さんがやってきたました。

 その子は、なんと女の子でした。


 ガールズバーには、滅多に女の子の客は現れませんので、一瞬店内がどよめきました。



――それがアタシ?

――どうだろうねぇ

――えー。いじわるー。



 ですが、彼女にはもっと目を引くポイントがありました。

 あどけなくてかわいらしくて、胸も大きかったのに、ひどく汚れていたのです。

 服も靴少し変な臭いがして、他のお客さんも避けていました。


 たいへーん。

 このままではお店の売り上げが下がってしまいます。


 美魔女さんは勇気を振り絞って、その女の子に声を掛けました。



「あんた、お金はあるのかい?」

「え、えっと。これぐらいで足りますか?」



 女の子が出したお金は、たった数枚の硬貨でした。

 これでは一番安いメニューも頼めません。



「全然足りないね。面倒だけど、警察にでも来てもらうかい」

「そ、それだけはっ!」

「そう言われてもねぇ。こっちも商売だから」

「アタシ、親から逃げてきたんです」

「ふーん。こっちには関係ないね」



 はっきりと言い切ると、女の子の目に涙が溜まっていきます。

 ですが、女の子の涙なんて星の数もみてきた美魔女さんです。

 それぐらいでは全く動じません。



「アタシ……アタシ……」



 女の子は黙ってしまいました。

 美魔女が呆れて電話をしに行こうとすると、横から声を掛けられました。



「まあまあ、そんなこと言わずに。ね、ママ」



 その人は、中堅の店員さんでした。



――この人が翔太のママだね

――翔太って、あの女の子の格好をしたお兄ちゃん? お姉ちゃんの恋人の。

――翔太とは、そんなんじゃないから。

――お姉ちゃん、顔あかーい。



 中堅さんは女の子の横に座って、声を掛けます。


 

「ねえ、あなた、名前は?」

「八箇徳美、です」

「じゃあ。徳美ちゃん。今何歳?」

「……20歳です」

「そっか。じゃあ、大丈夫だね」



――やっぱりアタシだった!

――喜び過ぎだよ。

――えらいぞー。徳美ちゃん。天才!



 中堅さんは美魔女さんに耳打ちをします。



「この子、逸材じゃない? 男受けよさそうだし」

「確かに悪くないけど、面倒な気配がするんだよねぇ。ここまで訳ありな感じだと」

「それ以上の利益は出せるでしょ」

「まあ、それはそうかもしれないがねぇ」

「私も面倒見るから。お願い!」

「しょうがないねぇ」



 美魔女さんはとっても心優しいので、女の子を助けてあげることにしました。

 もちろん、金勘定なんて一切考えていない慈善活動です。


 

「しょうがないから、世話を見てやるよ。とりあえず、今日の代金分働いてもらわないとね」

「ホントですか!?」



 女の子はパァッと顔を明るくしました。


 まずは女の子をシャワーに入れ、キレイにしてからスタッフ用の制服を着せようとしました。


 しかし、女の子はバニースーツに手を伸ばそうとしています。



「こら、今日はそっちの仕事はなしだよ。今日は裏方の仕事」

「で、でも……早くバニースーツを着たいんです……!」

「なんだい? そんなに着たいのかい?」

「えっと、憧れだったんで。死ぬまでに一度はバニーガールをみたいなぁ、って思ってこの店に来たんです」

「なんでそんなにバニースーツが好きなんだい。男に媚びるための衣装なのに」

「アタシ、ウサギが大好きなんです。その延長線上みたいなものなんです」



 美魔女さんは顔をしかめました。

 昔噛まれたことがあって、あまりウサギが好きではなかったのです。



「小学生の時、飼育委員を押し付けられたんです。でも、世話をしていくうちにどんどん好きになりました」



 女の子は頬を赤くして、さらに語ります。

 本当に好きなことが、ビシビシと伝わってきます。



「野菜をポリポリ食べる姿なんて、メチャクチャかわいくて。でも、世話をしないとすぐに死にそうになっちゃう。そんなところもまた愛おしくて。ああ、アタシはこの子たちを育てるために生まれてきたんだなぁ、って思ったんです。それ以来、ウサギにまつわるものは何でも好きになりまして……」



 美魔女さんは呆れました。



「なるほどねぇ。でもダメだよ。教育もしていない子をお客さんに出せるかい。言うこと聞けないなら出てってもらうよ」

「……わかりました」



 女の子は渋々といった様子で、スタッフ用の制服に着替え始めました。



「全く、変な子を拾っちまったねぇ」



 その後、お店に「八箇徳美という子がいるでしょ。返しなさい!」と電話が来ましたけど、迷惑だと思ってすぐに切ってしまいました。

 数回無視していると、今度は手紙が届きました。

 それも無視をしていると、嫌がらせがいっぱいくるようになりました。

 悪いうわさを立てられ、ひどい貼り紙を貼られ、勝手に出前まで頼まれました。

 ですが、美魔女さんはそんなことには慣れっこだったので、全てを跳ねのけてしまいました。


 こうして、八箇徳美という女の子はガールズバーで元気で働き、幸せ――とは言えなくても、楽しいバニーガール生活を送りましたとさ。


 めでたし。めでたし





◇◆◇◆◇◆





「へー。アタシ、そんな感じだったんだ。親がいたんだー」

「両親のことは覚えてないのかい?」

「んー。あんまり覚えてない」



 4歳の記憶はあるのに、両親の記憶が曖昧なのは引っかかる。

 でも、オレは医者じゃないし深く考えるだけ無駄だ。



「そうかい。それはいいことだ」



 ババアは徳美ちゃんの頭を優しくなでた。



「昔話を聞いて、何か思い出せたかい?」



 徳美ちゃんはシュンと目を伏せた。



「……ごめんなさい」

「いいんだよ。謝ることはない」



 今度は少し強く、頭を撫でた。



「もう一つ聞いていいかい?」

「なに?」

「もし生まれ変われるとしたら、どんな人間になりたい?」

「ちょっ!」



 オレは思わず声を上げた。

 余命が短い人にする質問じゃない。



「わかんない。でも、もう休みたい、ってちょっと思っちゃうかも」

「そうかい。わかった。気が変わりそうな時がきたら、また聞きにくるよ」



 そう言うとババアは立ち上がって、帰ろうとした。


 オレはお礼を言うために、廊下まで追いかける。



「ありがとうございました」

「いいよ。別に。あんたら親子には、そこそこ稼がせてもらったしね」



 ババアはしゃがんで、オレの目線に合わせてきた。



「あんたは今、幸せかい?」

「幸せでありたいと思っています」

「そうかい」



 ババアは目を細めてから、続ける。



「翔太ママの件では世話になったね」

「オレは何もしていませんよ。少し勇気づけただけです」

「いいや、あんたはよくやってくれたさ。あんたにしか出来なかったことだ。おかげで、あの子は元気に働いてる。ありがとう」



(ありがとう、って言えたんだ。このババア)



 いつも口が悪いイメージがあるから、衝撃的だった。



「じゃあね」

「ありがとうございました」



 オレは廊下をゆっくりと歩くババアの背中を見送った。


 その直後、なにかが引っかかった。



(あれ?)



 さっきの会話の中で、何かがおかしい。

 重大なことを見落としている。

 そんな予感がした。



(ああ、でも、考えてもわからない)



 モヤモヤが限界に達して「あ゛~~」と頭をぐしゃぐしゃにしていると「お姉ちゃーん」と徳美ちゃんが呼ぶ声が聞こえた。



「はーい。どうしたのー?」

「バニースーツ、きてみたい!」

「えー?」



 オレは思考を放棄して、徳美ちゃんの世話へ戻るのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――

読んで頂き、ありがとうございます


昨日公開の28話ですが、一部加筆修正しました。

大筋の流れは一緒なので読み返さなくても問題はありませんが、読み返してもらえると嬉しいです



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