第30話 オレのママは4歳児 後編

 次に来たのは翔太ママだった。

 もちろん、女装ショタこと翔太も一緒だ。

 

 翔太ママと話すことで、徳美ちゃんの記憶が戻るかもしれないからだ。



「徳美ちゃん、こんにちは」

「あ、翔太ママだ!」

「久しぶり」

「おひさっ!」



 徳美ちゃんと翔太ママは楽しそうに話し始めた。

 ババアから過去話を聞いてから、二人はかなり打ち解けるようになっている。


 その様子を遠目で眺めながら、オレは丸椅子に腰を落とした。

 すると、翔太が隣に来て声を掛けてくる。



「純玲、大丈夫か?」

「うーん、あんまり大丈夫じゃないかも」



 最近は小学校と子役の仕事をこなした後で、徳美ちゃんのお見舞いに通っている。

 そんなんだから休む暇がなくて、結構疲れがたまっている自覚がある。

 こういう時はエナドリを飲んでスッキリしたいのだけど、まだまだ体が受け付けてくれない。



「あんまり無理するなよ」

「無理するな、って言われてもなぁ」



 現実問題、お金があまりない。


 ママの貯金はそこまで多くないし、これからの治療費や入院費を考えると、少し心もとないのが現状だ。


 なら、他の大人を頼るべきなのだろうけど、かなり望み薄だ。


 クズ男は論外だし、ママは親戚との縁を切ってしまっている。

 九条はワンチャン頼れるかもしれないけど、今は高熱で倒れてしまっている。

 

 つまり、金銭面で頼れる相手は誰もいない。


 そうなると、オレが稼ぐしかない。

 まだ7歳なのに。



(うわ、オレの人生、暗いなぁ)



 でも、なぜか「なんとかなるだろ」と楽観的に考えてしまう。

 今はかわいい女の子だからだろうか。


 いや、違う。



(前世よりは楽しいからかなぁ)



 前世の生活は、なんとなくで生きていただけだった。


 生きるためにつらい仕事に耐えていた。

 でも、生きて何かをしたかったわけじゃない。

 死ぬのは少し怖いから、死ぬと負けた気がするから、死ぬのはなんとなく悪いことな気がするから、生き続けていた。


 でも今は違う。 


 今は自分で選んで、ママと一緒に生きるために生きている。



「なあ。純玲」



 翔太が、少しトーンが落ちた声で話しかけてきた。



「なに?」

「いなくなるなよ」



 翔太はオレの手をギュッと握ってきた。

 意図的なのかわかないけど、恋人握りになってしまっている。



「いなくならないよ」

「そうは見えないぞ」

「何? 心配してくれてるの?」

「……そうだよ。悪いかよ」



 オレは目を見開いて、口角を釣り上げた。



「いやー。会ったときはあんなに生意気だったのになー」

「う、うるせえよっ! お前もあんなに小さかったのによっ!」

「そうだねー。数年後が楽しみ」

「どういう意味だよ」

「べつにー?」



 あと数年すれば、オレは翔太の身長を抜くかもしれない。

 女子の方が成長が早いから。

 その時を楽しみにしておこう。



「全く。心配のしがいがない」

「ありがとう。嬉しいよ」

「……あ、ああ」



 素直にお礼を告げると、翔太は気恥ずかしそうに頬をかいた。


 オレのことを心配してくる人達がいる。

 それが何よりも嬉しくて、心強い。

 前世には、心配してくれる人がほとんどいなかったから、本当に心にくる。



(さて、そろそろかな)


 

 翔太ママと徳美ちゃんに視線を戻す。



「徳美ちゃん、思い出せた?」

「……ごめんなさい」



 翔太ママでもダメだったみたいだ。

 こうなってくると、本格的にお手上げだ。

 本当は九条にも来てほしかったけど、ずっと寝込んでいるから仕方がない。



「あ、そうだ。はいこれ」

「なんですか? これ」



 オレは翔太ママから手渡された紙袋を確認した。


 すると、そこにはちょっとした札束が入っていた。



「えっ?」

「ガールズバーのママから。本当は私からにしろ、って言われてるけど」

「こ、こんなにもらえませんよ」

「だったら借りたことにすれば? そのうち返してあげて」



 それだけ言うと、翔太ママたちはさっさと帰ってしまった。


 後で数えたのだけど、札束はキリのいい金額じゃなかった。

 翔太ママが少し上乗せしたのかもしれない。


 そのお金はずっしりと重かったけど、かなり心強かった。

 



◇◆◇◆◇◆◇◆




 翔太ママたちの後は、ガールズバーの店員さんたちに来てもらった。

 翔太ママほど仲がいいわけじゃないから、ダメ元だ。


 実際、いくら話しかけてもらっても、徳美ちゃんは愛想笑いばかりを浮かべていた。



「バニースーツ着せれば何か思い出すんじゃない?」

「え?」



 一番ギャルっぽい店員が言った。


 確かに、ママはバニースーツが大好きだった。

 バニースーツを着ることで、記憶が刺激される可能性は十分にある。


 バニースーツは店員の一人が偶然持ってきていた。



(でも、もしバニースーツで記憶を取り戻したら嫌だなぁ)



 まあ、そんな不安は杞憂で終わったのだけど。

 ホッとしていいのか、残念がればいいのか、複雑な気分だ。


 だけれど、徳美ちゃんのバニースーツ姿を見た瞬間、そんな雑念は吹き飛んだ。



「ねえねえ! お姉ちゃん! かわいいでしょ?」

「ああ、見てるよ……かわいすぎる」



 オレはとっさに鼻元を押さえた。

 よかった。鼻血は出ていない。


 前世の時によっぽどママのバニースーツ姿は見てきたのだけど、今回の破壊力はすさまじい。

 何が違うのか。


 答えは無邪気さだ。



(無邪気なバニーガール、最高かよ)



 徳美ちゃんが身に着けているのは、オーソドックスなバニースーツだ。

 ウサギ耳に、レオタードと網タイツ。

 ウサギのしっぽも忘れていない。


 豊満な谷間も露出していて、体のラインもしっかり出ている。

 かなり煽情的な格好をしているのに、表情は完全に無邪気な笑顔だ。


 しかも、ここは病室だ。

 病室に、無邪気なバニーガールである。


 なんというか、すさまじい。



「ねえ、お姉ちゃん、ちょっと目が怖いよ?」

「え、あ? そ、そうっ!?」



 オレはとっさにスマホをしまった。

 すでに画像フォルダは徳美ちゃんのバニースーツ姿でいっぱいになっている。

 ……お熱になりすぎたみたいだ。


 最近、前世の人格が薄くなった自覚はあるけど、男としての性欲を刺激されると一気に蘇ってしまう。

 もう股間に突起がついていないのに、不便なものである。


 結局、バニースーツでも徳美ちゃんの記憶は取り戻せなかった。



(もう時間がないのに)

 

 

 そろそろ余命宣告から、6年と2か月が経とうとしている。


 

「ちょっとおトイレ」



 徳美ちゃんは立ち上がって、廊下に出ようとした。

 その瞬間――



「い――っ!」



 突然、つまずいて転んでしまった。

 段差がない場所で。


 急いで起き上がらせると、徳美ちゃんは必死に涙をこらえていた。


 先生の話では、徳美ちゃんの病気の症状。その一つらしい。

 確実に、病気が進行している。

 

 余命、残り1年と10か月。


 病気のことは、まだ徳美ちゃんに伝えられていない。

 思い出してくれるのが一番なんだけど。






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