第19話 はじめての親子喧嘩×2
「それで、なんで私の家にいるの?」
「いいだろ。行き遅れなんだし。どうせ一緒に住む相手なんていないだろ」
「徳美以外と結婚する気がないだけなんだけど」
ママと喧嘩をした次の日。オレは九条の部屋にお邪魔している。
おしっこを漏らした後、自分で処理をしようとした。
途中からはママも手伝ってくれた。
だけどずっと無言だったし、露骨に目を合わしてくれなかった。
ママも結構子供なところがある。
(そういえば、誰かと喧嘩してるのを見たことがないな)
ママは包容力があるというか、ことなかれ主義だ。
自分が折れればうまくいくなら、真っ先に折れる。
そうして、極端に他人との衝突を避けているように見える。
だから『喧嘩したことがなければ、その後に仲直りする方法が分からない』という可能性はある。
かと言っても、オレから謝罪するのもおかしい。
こういうのは親から謝るべきだろうし、オレはこの喧嘩に納得していない。
そんなんだから、家に帰る気にはなれないのだ。
「それで、何をやらかしたの?」
九条のその言葉は意外だった。
「聞いてくれるのか?」
「お笑い
「まあ、それでもいいか……」
苦い想いは、さっさと笑って流した方が楽だ。
オレはポツポツと語り始めた。
昨日の出来事。
ママの誕生日パーティーを開いて、プレゼントをあげて、いきなり変なことを言い始めたこと。
話し終わると九条は――
「あはははははははははは!!!」
本当に笑いやがった。
しかも、腹を抱えて涙を浮かべている。
清々しいまでの爆笑だ。
「……そんなに笑うことはないだろ」
「いやー。これは笑うしかないでしょ」
「笑える要素がどこにあるんだよ」
九条は必死に笑いをこらえながら、言う。
「また同じことをやらかしているからに決まってるでしょ」
「また? 同じ?」
物言いが気になって、
「喧嘩の原因、あなたが前世で振られたのと、まったく一緒」
「まじ!?」
驚愕すると、九条は「マジ」としたり顔で返してきた。
オレは前世で振られた理由も知らない。
『この人には私は必要ないんだなぁ、って思っちゃったから』とは聞いていたけど、詳しい所までは踏み込んでいなかった。
「どんな理由なんだ!?」
「それはあなた自身が理解すべきでしょ? 元恋人」
「……でも、わかる気がしない」
オレが弱音を吐くと、九条は少し考え込んでから、また口を開いた。
「まあ、確かに能天気な人間には、一生かかってもわからないかもね」
「能天気って、それが関係あるのかよ」
「あり。おおあり。そこがあなたと徳美の決定的な違いだから」
そして、彼女は話し始める。
「徳美はまったく自信を持てていない。だから、他人の愛を信用できていない」
その言葉を聞いても、オレの頭の中にはハテナマークが浮かんだ。
『自信』と『愛を信じること』は全く別のことに思える。
「どういうことだ?」
「誰かに『好きです』って言われたら、あなたならどう思う?」
質問に質問で返されたけど、オレは冷静に返す。
「嬉しいし、相手のことを好きになろうと思う」
「でも、徳美の場合は違う。『アタシを好きになる理由がわからない。その愛情が理解できなくて怖い』って思ってしまう」
「なんでそうなるんだ!?」
「まあ、私も詳しいことはわからない。本人じゃないし。ただ、自信がないからだと思う」
オレが「自信?」と小さく呟くと、九条は続ける。
「自分のいいところはわかる。でも、自分と同じところが優れている人はごまんといて、上位互換なんて無限にいる。でも、そんな上のことなんて関係なくて、ただ漠然と自分に自信が持てない」
「なんだよ、それ……」
「根本的に褒められたことが少ないから、成功したことを思い出せないから、自分はダメな人間だと感じてしまう。自分に自信をもちたくて、自信を持つ方法もわかるけど『自信を持つ自信』すら湧いてこない」
「……おかしいだろ」
「時間があれば自分のことを見つめて、イヤな過去を思い出してしまって、自己嫌悪に陥っていく。そして、時間を浪費してまた自己嫌悪を深めてしまう」
九条の言葉を必死に
でも、どうしてもある疑問が生まれてしまう。
「そんな人間、本当にいるのか?」
「だから、あなたには理解できない。自信を当たり前に持っている人間には、自信を常に持っていない人間の心情はわからない」
オレはクラクラしながらも、九条に反論する。
「……じゃあ、なんでお前は理解できてるんだよ」
「私も元々自信がない側だったけど、変わったからね。没頭できるものを見つけた。特別な才能を見つけた」
「…………」
言葉が出ずに、黙るしかなかった。
「まあ、平たく言ってしまえば、徳美は
九条は笑いながらビールをキッチンから持ってきて、蓋を開けた。
人の不幸話を
(なんとなくわかった気はするけど、これからどうすればいいんだ?)
どうすれば解決する?
ママはメンヘラを脱却できる?
まずはママに自信をつけてもらうか?
いや、その前に関係性を改善しないといけない。
それから自信をつけてもらうために、成功を体験を重ねてもらって――
一体、どれだけ時間がかかるのだろうか。
「もう時間がないのに……」
ほとんど無意識に呟くと、九条がピクリと反応した。
「時間がない? なんで?」
オレはとっさに口を手でふさいだ。
だけど、その行動は『オレは何かを隠しています』と言っているのと一緒だ。
「なにを、隠してるの?」
九条の顔が迫る。
オレはあっさりと、部屋の角に追い込まれてしまった。
「あなたが何かを隠しているのはわかっていた」
とても冷たい声だ。
もしかしたら、彼女も勘づいているのかもしれない。
「それは『徳美から生まれ変わること』と関係していると推測していた。だけど、私の勘が言っている。あなたのさっきの言葉は関係ない。もっと、重要なこと。徳美のこと」
いつか、こうなるとは思っていた。
九条の『人を観察する目』は本物だ。
他人の才能どころか、嘘や本心するも見透かす時がある。
「教えなさい」
言うのが怖い。
この話はボク以外には知らない。
今は現実感がないけど、言葉にして誰かに共有してしまったら、本当に現実になる気がする。
バカげた話だけど、オレの希望は『夢オチ』しかないんだ。
(でも――)
そんな恐怖以上に、昨日から疲れてしまって、さっさと楽になりたかった。
「ママは病気なんだよ。オレの1歳の誕生日で泣いてた。その時に余命8年だから、残り3年ぐらいしか、もう生きられない」
ああ、言ってしまった。
もうどうにでもなってくれ。
「……そう」
九条は静かにビールをテーブルの上において、ぼんやりと天井を見上げた。
それからどれだけ時間が経っただろうか。
空気の重さのせいで、時間間隔が麻痺してしまっていたから、わからない。
「あはははははははははは!!!」
突然、彼女は笑った。
だけど全然楽しそうじゃない。
無理に笑っているだけなのが、伝わってくる。
そして突然、オレに涙だらけの瞳を向けた。
「出て行って!」
一瞬、動けなかった。
「出て行ってッッッッ!!!」
「――――っ!」
ビンタをされて、ようやく体が動き出す。
オレ逃げるようにその場を後にして、夕暮れの中をトボトボと走り抜けていった。
◇◆◇◆◇◆
結局、オレには他に行く場所がなかった。
オレは今、ママがいる家に戻ってきている。
(あれ、カギが開いている)
ママにしては不用心だ。
一瞬、何かあったのでは、と思って急いでドアを開ける。
靴を適当に放りなげて、リビングに入る。
すると、そこには二人いた。
一人はママ。
もう一人は――
「だれ……?」
嫌な予感がしたけど、触れないわけにはいかなかった。
「やあ、はじめまして」
その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。
「はじめまして、というとおかしい気分だな」
彼について知っていることは多くない。
前世のオレが別れた後に徳美と出会って、子供を作って、親子共々捨てた。
そして、音楽の才能があるらしい。
彼は振り向いて、オレに顔を見せる。
いかにもチャラそうな男だ。
比較的やせていて、キレイな金髪をしている。
ピアスもネックレスもジャラジャラにつけていて、見栄っ張りなのがよくわかる。
「僕は、純玲ちゃんのパパだよ」
目の前が、真っ白になった。
思考が完全に停止して、呼吸も忘れてしまう。
だけど、無意識に足が前へと進んでく。
パパは手を広げて、オレを待ち構える。そのまま
でも、オレの視線の先にあるのは
固く拳を握ると、全身の血液が熱く
「こンンンンの、玉なし野郎がッッッ!!! どのツラ下げてきやがった!!!」
オレの拳が金玉にクリーンヒットした瞬間、絶叫が響き渡った。
殴りやすい位置に生えているポコチンが悪い。
ちょっとスッキリしたかも。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
読んで頂き、ありがとうございます!
※この話のメンヘラはあくまで作者の主観ですし、徳美という登場人物限定の話です
この家族の今後が気になった人は
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