第20話 前世みたいな生活 前編

 アタシは、アタシ自身のことがよくわからない。

 自分の感情も心もうまく理解できていないし、制御もできない。


 だから、いつも努力してきた。

 他人に少しでもよい顔をして、衝突しないようにたり、攻撃しないように注意し続けてきた。


 程よい距離感をとって、決して近づき過ぎないようにしていた。

 それで十分だったし、それ以上を求める気にはなれなかった。


 そんなある日、ふと気付いた。



 アタシの中身は、すっからかんの空っぽ。



 アタシにはやりたいことがなければ、目標もない。

 『嫌いな自分』と『嫌いなこと』から逃げ続けていただけだ。


 そのままではいけないと思いながらも、変えることができない日々が続いた。


 ある日、そんなアタシに告白してくれる人が現れた。

 何度も話しているうちに、本当に好きになって、本格的にお付き合いするこになった。


 でも、その人はすごい人だった。


 基本的に、なんでもそつなくこなすことができて、アタシの手伝いなんて全くいらなかった。


 だから、いつも肩身が狭かった。

 アタシの居場所はなかった。

 

 なんでアタシのことが好きなのか、と何度かいたことがある。

 いつも「全部が好き」と返ってきた。



 アタシにとっては、とても不気味な答えだった。



 何か裏があるんじゃないか。

 嘘を吐いているだけなんじゃないか。

 本当は全部夢で、次の瞬間に冷めてしまうんじゃないか。

 

 でも、そんな人には思えなくて、現実としか思えなくて、理解が出来なかった。



 だからきっと、生きている世界が違うんだ。



 そう思った瞬間、アタシの恋心は冷めきってしまった。


 結局、その人とは別れた。


 その後すぐに、新しい人に出会った。

 その人は音楽に対してずっと真摯で、アタシと違って夢に対してまっすぐな人だった。


 でも、音楽以外はほとんど何もできなくて、アタシがいないとまともに食事も摂れていなかった。


 そういうダメダメなところが、とても居心地がよかったんだと思う。

 アタシという歪な形が、ピタリとハマった。


 自然に同棲するようになってしばらくが経ち、最大の転機が訪れる。



 娘を身ごもった。



 彼はパパになる前に、姿をくらませてしまった。

 きっと音楽に専念したかったのだろう。

 そういうところに惚れたのだから、仕方がない。


 娘を出産した後は、本当に忙しかった。

 余命宣告されたことも悲しかったけど、それ以上にアタシみたいな人間が子供を産めたことが、すごく嬉しかった。


 アタシは自信が頑張って、理想のママを演じようとした。

 いろんな本を読んで勉強して、娘のことだけを考え続けた。


 仕事に復帰したのも、娘に少しでもいい暮らしをさせてあげたいかた。


 そうこうしているうちにアタシの生活は充足感に溢れて、こう思うようになった。



 ああ、アタシはこの子を育てるために生まれてきたんだ。



 …………でも。



 娘はもう、傍にいない。

 もっと幸せになれる場所に行ってもらった。


 今のアタシに残っているのは、残り少ない命だけ。


 朝起きて、一人だけの部屋を見るたびに思ってしまう。


 なんで、こんなことになったんだろう。

 なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。

 今思い返すと、大人気なさすぎて自分が嫌になる。


 本当は今すぐ抱きしめに行きたい。

 何度も謝って、あの子の好きなオムライスを毎日作ってあげたい。


 でも彼女は子役として売れていて、家事だってできて、なによりしっかりものだ。

 あの子に、こんなダメな母親を許す理由なんて一つもない。

 

 それに、アタシの自信は干からびてしまった。

 あの子の母親でいる自信も、一緒にいられる自信も、しおしおに枯れてしまった。

 頑張って一歩踏み出そうとしても、一人目のカレと同じ展開になる気がなって、怖くなってしまう。


 暇な時、いつも考える。

 アタシがどれだけダメな人間なのか。

 小さい頃、アタシはずっと母親に叱られ続けていた。その時の光景が、永遠にフラッシュバックして、アタシの心を深く沈めてしまう。


 そして絶対に、ある結論にいきつく。



――アタシには、親になる才能がなかったんだ。





◆◇◆◇◆◇



 


 けたたましい音が聞こえた。


 眠っていたオレは、必死に音の出所を手でさぐる。

 やっとの思いで目覚まし時計を押せたころには、ある程度目が覚めてしまっていた。



「んぁー」



 横を向くと、金髪の男が寝ている。


 ここはオレのパパこと、クズ男の家だ。

 ボロアパートの一室で、部屋が狭すぎるせいで一緒に寝るしかない。


 本当に最悪な気分だ。


 寝起きから見たい顔じゃない。しかも酒臭さと強い香水の匂いと汗臭さが混ざって、すごく不快な臭いを発してる。


 さっさと窓を開けて、換気する。

 でも、すぐに臭いは散ってくれない。


 最悪の目覚めだ。


 こういう時は、気晴らしが必要だ。

 あら、ちょうどいい所に、ちょうどよく踏めそうな足がありますね。


 こんな美少女に踏んでもらえるなら、この足もさぞやお喜びになることだろう。


 よし、やってやる。



「ぎゃあああああああああああ!!!」


 

 オレの朝は、クズ男の悲鳴から始まるのだ。

 音楽をやっているだけあって、目覚ましとしてなら及第点かな。





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