第21話 前世みたいな生活 後編

 目が覚めたら、やることは決まっている。


 パジャマから着替えて、ご飯を食べる。

 クソ男がコンビニで買ってきた菓子パンだ。


 ママの手作りのオムライスが恋しい。


 ご飯を食べ終わると、歯を磨いて顔を洗う。



(うん、今日もかわいい)



 鏡の中の自分に惚れ惚れとした後、トイレで用を足そうとした。

 だけど、床にはおしっこの跡がついていた。

 クソ男の仕業だ。


 オレはため息を吐きながら、それを拭き取る。



(キレイなところに居すぎたのかなぁ)



 オレはそんなにキレイ好きじゃないし、片付けも得意じゃない。

 その点、ママはかなりのものだった。

 いつでも友達を呼べるぐらいには常に部屋をキレイにしていた。


 トレイについてはかなり念入りに手入れされていて、本当にご飯が食べられるぐらいだった

 アパートの部屋を決める際も、トイレの配管を気にしていたらしい。

 配管の仕方が悪いと臭いが酷くなるから、とか言ってたっけ。



(ここはずっと臭いなぁ。田舎の公衆トイレみたいだ)



 だから使えないわけじゃない。

 でも、トイレの臭いが鼻を刺激するたびに、ママとの生活が恋しくなってしまう。



(なんでオレは捨てられたんだろう)



 金的を決めたあの日、オレはママに言われた。



【スミレは今日から、パパと一緒に暮らすの】



 オレは「なんで?」といた。すると、ママは泣きそうな顔をしながら『幸せに、なれないから』と答えた。

 どうしてそんなことを思ったのかは全然わからなかったけど、ママの固い意志は感じて、尊重したいと思った。


 でも後々考えれば、駄々をこねれば良かったのかもしれない。


 でも、オレには出来なかった。

 当時は絶望のあまり、そんな気力は湧いてこなかった。


 思ってしまったから。



 残り少ない余命。

 ママは一人になりたいのかもしれない、と。



 じゃあ、オレの今までの努力はなんだったんだろう。

 ただの独りよがりだったのかな。



「ええい! めげてばかりじゃいけないっ!」



 なってしまったものは仕方がない。

 もうたくさん後悔した。涙で枕を濡らした。

 今できるのは、後悔する回数を1回でも減らすことだけだ。



「えいえいおー!」



 掛け声を発して、気合を入れなおした。



「今日は元気だね」



 男の優しげな声が聞こえて、せっかく上げたテンションがガクッと下がってしまう。

 クズ男が近づいてくる。

 酒臭いし汗臭いし、なんか薄汚い。


 なんで呼吸してるの?


 でも、顔に出さないようにしている。

 一応こいつの家に住まわせてもらっているから、最低限の我慢は礼儀だ。



「うん。頑張って生きないといけないから」

「純玲は偉いね」

「そんなことないよ」

「きっと、ママも喜んでいるね」



 自然と眼光が鋭くなって、思わず拳に力が入る。

 一番嫌いな男が、一番嫌いなことを言った。


 もう顔も見たくないから、さっさと外出しよう。



「今日は仕事だから」

「そう。頑張ってね」

「うん」



 早速玄関に向かうと、クズ男が見送りをしに来た。



「今日は来てくれる? ライブハウス」

「行かない」



 オレは逃げるように、家を出た。

 しばらく歩いて、コンビニの駐車場に止まっていた車の前まで向かうと、運転席の九条が顔を出した。



「早く乗って」

「ああ」



 一見すれば、スパイモノでありそうなハードボイルドなやりとりだけど、実は違う。

 例の隠し事のせいで、喧嘩中なだけだ。


 ギスギスしているのは、家だけではない。


 後部座席に座ると、九条はアクセルを踏み始めた。



「ママは元気にしてる?」

「そこそこ元気かな。生理周期も安定してる」

「……それはよかった」



 なんでそこまで知っているのか、はかないでおこう。



「ママ、オレについて何か言ってた?」

「特に何も」



 ついつい訊いてしまって、気分が沈んでしまう。



「……もう、子役やめようかな」

「なんでそうなるの?」

「……もう意味ないもん」

「私の社内の立場はどうなるの。結構稼ぎ頭なんだけど、あなた」

「知らないよ。そっちの都合なんて」



 ヘラっていると、九条が少し優しい口調で言う。



「まあ、あなたが子役とて活躍してて、徳美もきっと喜んでいるよ。だから頑張りなさい」



 その言葉を聞いた瞬間、全身の肌が逆立った。



「……そういう言葉、言わないで」



 思わず、冷たい言い方になってしまった。

 


「他人の気持ちを、勝手に代弁しないで」

「私はあなたより、徳美のことを理解しているけど?」

「それは認める。でも、言わないで。嫌な人間を思い出すから」



 前世のオレは9歳で実の両親を亡くして、親戚に預けられた。

 だけど、そこでの扱いは良いものじゃなかった。



『お前の両親も、天国で悲しんでいるだろう』

『こうすれば、お前の両親も喜ぶんじゃないか』

『両親に申し訳ないとは思わないのか』



 何かを小さなミスをするたびに、口癖のように言われて、その度に腹が立った。


 この人たちはオレの両親の気持ちがわかるんだ。

 イタコかよ。


 オレと両親の関係を知らないのに。

 両親とオレの約束も知らないのに。

 オレ両親からかけられてきた、優しい言葉の数々を知らないのに。


 それで、なんでそんなことを言えるんだよ。


 両親のことなんてどうでもよく、言うことを聞かせるために利用しているだけじゃないのか。

 死人が口を利けないことをいいことに、言いたい放題しやがって。


 だから。

 他人の気持ちを勝手に代弁して、相手の心をコントトールしようとする人間が、心の底から嫌いだ。


 

「なんか、あなたも苦労してるんだ」

「ごめん。ワガママ言って」

「別に気にしてない」



 一応和解したけど、どこか空気が重苦しい。

 普通に会話が出来るけど、以前みたいに軽口を叩き合えない雰囲気になってしまった。


 なんだかんだで、オレはあの軽口を楽しんでいたみたいだ。



(なんか、少しだけ前世の生活に戻ったみたいだなぁ)



 いや、そんなわけはない。

 前世と比べると充実している……はずだ。

 

 ママという精神安定剤を摂取していなくて、少しナイーブになっているのかもしれない。


 気分転換にエナドリでも飲もう。



「どこから出したの?」

「この車の中に、いつも一本隠している。冷えてないのが残念だけど」

「そういうのやめてくれない?」



 九条の苦情を無視して、プシュッ、とプルタブを上げた。

 すると炭酸のパチパチという爽やかな音が響き、化学的な香りが車内に充満する。


 もうたまらない。

 この時のために生きている。



(まあ、まだ飲めて一口なんだけど)



 舐めるようにして飲むと、全身に快感が駆け抜けていく。

 本当はグイッと飲み干したいけど、我慢我慢。

 

 せめて臭いだけは味わうようにしている。

 飲み口に鼻を近づけて、一気に匂いを吸い込む。



「ああぁ~~~~~きくぅぅぅぅぅぅぅぅ」



 少量で満足できるのも、コスパがいいかもしれない。



「何か危ない薬入ってない? コワ」



 素から出た、九条の本音だった。

 でも、少し物足りない。

 

 ママに怒られないのは寂しいなぁ。




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