第2話 オレのママは少しおかしい
オレは生後8か月になった。
体は着実に成長しているし、変な病気も見つかっていない。
乳歯が生えてきて、少しだけ離乳食を食べられるようになり、食事が楽しみになってきた。
その反面、授乳が減ったのは少し残念だ。
運動面については、お座りとか寝返りも問題なくできるようになった。
言葉については、少しずつ進歩している。
今は話せるのは「ありゅぎにん」「かふぇいん」「ぶずうとー」「びたみん」「もんすたー」「ぞーん」「こうらいにんじん」ぐらいだ。
見事にエナドリ関連の言葉ばかりだ。
多分、生前にエナドリを飲みすぎてしまったせいだろう。
魂にも影響を及ぼすとか、恐るべしエナジードリンク。
なお、本当に『オレの前世』をママに伝えるのかは、現在保留中だ。
言いたくはないけど、絶対に言った方がいい、ぐらいには考えている。
現状、そんなおかしい赤ちゃんのオレでも、ママは受け入れて褒めてくれる。
でも「ちょっとこのママおかしいな?」と思う時がある。
さて、ママの奇行をいくつか紹介していこう。
一つ目。
娘を溺愛しすぎている。
いわゆる親バカだ。
ことあるごとに写真を撮る。
初めて離乳食を食べた後のうんちの写真を撮っているのは、さすがに恐怖を感じた。
二つ目。
トイレのことが好きすぎる。
これはオレと付き合っていた時もそうだった。
彼女は、いつもは半額の総菜を買うぐらいには倹約家だ。
そのくせに、トイレの備品を買うときはお金に糸目をつけない。
トイレに合いそう、という理由だけで、怪しげで高価なパワーストーンを買おうとしたこともあった。
それに、トイレ掃除に一時間以上かける時もある。
それ以外にも、前世の恋人時代に、喧嘩した時のエピソードがある。
喧嘩が激化してしまい、彼女はトイレに引きこもってしまった。
しかも、ご飯までトイレで摂る始末だ。
トイレを占拠されては用を足すこともできず、その喧嘩はオレが平謝りすることになった。
あとはトイレにいる時間を邪魔されたり、変なとこに尿を掛けてしまうとメチャクチャ怒る。
普段は穏やかで事なかれ主義なのに、トイレのことになると沸点が低い。
彼女曰く「トイレは心のオアシス」らしい。
理解できなくはないけど、彼女の執着は異常だ。
かなり束縛的な両親に育てられたらしいから、そこに原因があるのかもしれない。
そして3つ目。
暇があれば、バニースーツに着替えている。
しかも、娘に「かわいいでしょー」と見せびらかしてくるのだ。
彼女は好きでバニーガールをしていたらしいのだけど、わざわざ自宅で着るのは意味不明だ。
(正直、眼福だけど……)
そんな風変わりなママを見ていると、たまに思う。
このママは大丈夫なのだろうか、と。
ママは基本的に家事万能で、すごく優しくて、能力面では完璧だ。
だけど、少し感性が独特すぎる。
前世の時は『そんなところもかわいい』と思っていた。
だけど、不思議なもので、親子関係になった途端「大丈夫なの?」と心配になってしまう。
それどころか、少し恥ずかしく感じてしまう。
(まあ、ママは選べないからなぁ)
そんな赤ちゃんらしからぬことを考えながら、オレは老人と対面している。
「先生、異常はありませんか?」
「大丈夫です。健康に育ってしますよ」
老人の言葉を聞いて、ママはホッと息を吐いた。
今日は生後8か月の健診のため、病院に来ている。
この時ぐらいしか外に出ないから、かなり貴重な時間だ。
だけど、この時間は苦痛だ。
原因はママだ。
「先生、スミレが『ありゅぎにん』って言ったんですよ。すごくないですか? 絶対、将来はお医者さんか学者さんになれると思うんですよ。それに立つのもすごく上手で――多分、陸上選手にもなれると思うんですよ。ねっ、先生もそう思いませんか!?」
「そうですかー。それはよかったですねー」
担当医は優し気な老人なのだけど、ママの褒めちぎりを適当に受け流している。
その中でも健診に必要な情報を拾っているし、『ありゅぎにん』事件のことをスルーしている。
すごい。
これが年の功というものだろうか。
オレは娘として恥ずかしいから、できるだけ耳をふさぐことにしている。
「それでは、次の予約は――」
やっと検診が終わって、窓口で会計をして、病院を後にした。
その帰り道。
ガタンゴトン、と。
電車に揺られている途中、駅に止まって、乗車客が乗り込んできている時だった。
「あっ!」
突然、ママの大きな声が響いた。
ママに抱かれているせいで、何が起きているのか、全く見えない。
「ちょっと待ってっ! なんでっ!」
ママは誰かをおいかけようとしているみたいだ。
だけど、すぐに足を止めた。
もしかしたら、オレがいるせいかもしれない。
しばらくしてから、電車のドアが閉まる音が聞こえた。
(何があったんだろう)
気になったけど、いきなり強い睡魔に襲われた。
健診で体力を使いすぎたせいだろうか。
オレは不安な気持ちを抱えたまま、どんどん眠りに落ちてしまう。
本当に、赤ちゃんの体は不便だ。
「なんでなの、ユタカ……」
ママの掠れた声が、異様に耳に残った。
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