第33話 余命1年しか?だけ?

 徳美ちゃんの余命が1年に近づいてきた。

 翔太から『誕生日プレゼント、欲しいか?』というメールが来て、やっと気づいた。


 オレは疲れているのかもしれない。

 でも、徳美ちゃんの世話をしないといけない。


 オレにしかできない。



「あ、お姉ちゃん。来てくれた」

「うん。毎日来るって言ったから」

「でも、大変じゃない?」

「全然大変じゃないよ」

「本当?」

「本当だよー」



 オレが精いっぱいの笑みで言うと、徳美ちゃんは力ない笑みを浮かべた。


 最近、徳美ちゃんは前みたいに純粋な笑顔を見せなくなってしまった。



 事の発端は2週間ぐらい前。



 すでに病気がかなり悪化していた。

 本人が余命を自覚したせいで、病気の進行が一気に加速してしまったのだ。


 徳美ちゃんはすでに手をうまく動かせなくて、苦しそうに呼吸するようになった。


 そして、呼吸困難に陥った。 


 酸素マスクを着けている姿は、見ていられなかった。

 生死をさまよっていたけど、最終的に徳美ちゃんは生きてくれた。


 だけど、その出来事以来だ。

 徳美ちゃんの笑顔に陰が差したのは。


 死の淵に立ったせいで、感情が乏しくなったのかもしれない。

 


「……はぁ」



 思わず、深いため息が漏れてしまう。


 最近、体が異様に重い。

 倒れるように寝て、気づくように起きることが増えてきた。


 それでも、ママの――徳美ちゃんの笑顔を見るだけで頑張れる気がした。


 でも、その笑顔もあまり見れなくなっている。

 それが何よりもつらくて、気分が暗くなっている。


 もう我慢の限界だ。

 さっさと楽になりたい。

 でも、あと1年。

 もう少しで終わってくれる。



 ……終わってくれる?



 なんで、オレは『終わってくれる』って思っているんだ?



(ダメだ。疲れすぎてる)



 なんとか踏ん張って、生きていこう。

 改めて、そう誓った。


 そんなある日、お医者さんから呼び出された。

 子供一人では聞けなかったから、翔太ママに同席してもらった。


 話は、延命治療についてだった。

 人口呼吸器をつけるかとか、いろいろ。

 そういう重大なことは、お医者さんが決めてくれない。

 治療法や、メリットやデメリットを伝えてくれるけど、選択肢は本人や家族にある。


 人工呼吸器をつけるかどうかだけでも、重大な問題だ。


 人工呼吸器をつければ、余命より長く生きられるかもしれない。

 でも、その分だけ苦しむことになる。

 話すことも食べることも、歩くこともできなくて、ただ呼吸と排泄をするだけになってしまう。


 それを、決めないといけない。



「本人と話し合ってください」

「すみません。記憶の方は……」

「申し訳ないですが、なんとも言えません。ここまで戻らないとなると、このままの可能性も高いです」

「原因がわからない以上、私からはっきりと言えることはありません」

「……そうですか」



 オレは項垂うなだれた。

 せめて記憶が戻ってくれたら、楽だったのに。



「純玲ちゃん、大丈夫?」



 翔太ママの心配そうな顔が視界に入る。



「大丈夫ですよ」



 オレは当然のような足取りで、徳美ちゃんの病室へと向かう。

 そして、ドアの前で立ち止まった。


 

(えっと、これから徳美ちゃんと話し合わないといけないのか)



 延命治療について。

 死に方について。

 これからの苦しみについて。


 そう考えた瞬間、地面の感覚がなくなった。

 自分が立っているのかもわからない。



「どうしたんだ。純玲」



 翔太が、オレの体を支えていた。



「疲れた」

「おい、大丈夫か?」

「もう無理。エナドリ飲んで死にたい」



 実際、カフェインに対して弱い今の体なら、エナドリの過剰摂取で死ねそうだ。



「おい。そんなことを言うなよ」

「でも、もうどうすればいいの……もう疲れたよ……」

「疲れた、ってお前……」

「もう助けてよ。限界だよ」



 涙がこぼれていく。

 今まで我慢していた感情が、流れていく。


 ずっと辛かった。

 頑張るのがつらかった。


 でも、頑張らないといけなかった。 



「あのなぁ。だったら早く頼ってくれよ」

「そうよ」



 影山親子は、似たような自信満々な表情をしていて、オレは思わず小首を傾げてしまった。



 その後の変化はすさまじかった。



 あっという間に、オレとママの周りに人があふれた。


 延命治療についても、翔太ママが徳美ちゃんに話してくれた。

 その結果、延命治療は一切しないことになった。


 周りに明るい人が増えたおかげか、徳美ちゃんも自然と笑うようになった。


 手伝ってくれたのは、影山親子。

 ガールズバーの店員に、ガールズバーのママ。


 これらはみんな、ママが作ってくれた繋がりだ。

 そう思うと、なんだかママが力を貸してくれている気がして、とても心強い。



 でも、一人足りない。



(九条、何をしているんだ?)


 

 九条は最近、全く仕事をしなくなったし、病院にも顔を出さなくなっていた。

 ちなみに、徳美ちゃんの両親を抑え込んでいたのは、九条だったのだろう。

 九条が病気になった隙を見て、徳美ちゃんに会いに来た、と考えるのが自然だ。



(感謝しかなないけど、最近の様子がおかしいんだよなぁ)



 一応、メールを送れば返してくれる。

 だけど、一日ぐらい経ってから素っ気ない返事ばかりが返ってくる。 


 一応生きてはいるみたいだけど、心配だ。



(まあ、考えても仕方がないか。徳美ちゃんの写真でも送れば飛びついてくるだろ)



 オレはバチン、と自分の頬を叩いた。


 今から徳美ちゃんの世話だ。


 周囲の協力もあって、オレは持ち直した。

 体も心もばっちりだ。


 残り余命1年。


 これからは、一日一日を大切にしていこう。

 再スタートだ。



「徳美ちゃーん」



 オレは笑顔を浮かべながら、ドアを開けて――


 目の前の光景に、思わず言葉を失った。



「…………え」



 徳美ちゃんがいるはずの病室。

 そこには、誰もいなかったのだ。






――――――――――――――――――――――――――――

読んで頂き、ありがとうございます


続きが気になった人は

フォロー

☆評価

♡応援 をよろしくお願いします!


皆さんの評価や応援で、もっと多くの人にこの作品を伝えてもらえると嬉しいです(≧▽≦)


また、誤字脱字があったらコメント頂けると助かりますm(__)m


残り 3話

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る