第12話 あーもー、メチャクチャだよ 前半

 誘拐されたオレが連れてこられて先は、高層マンションの一室だった。


 車におろされた後、アタッシュケースに詰められて運ばれた。


 

(おー。ドラマみたいだ)



 そんな呑気な感想を心の中で呟いていると、アタッシュケースが開けられた。

 次の瞬間には、かなり強引に出されて、鼻をぶつけてしまった。



「いつつ……」



 周囲を見渡すと、真っ暗だった。

 おそらくは電気を消して、窓を閉鎖しているのだろう。

 あらかじめ逃げ場を封じている。衝動的ではなく計画的な犯行なのは明らかだ。



(うわぁ。オレ、生きて帰れるかなぁ)



 なぜかあまり

 いや、理由はすぐに察しがつく。

 一度死んだからだ。

 自分の命の危機に対してだけなら、かなり精神が図太くなっているのかもしれない。

 

 オレは慎重に、暗闇を見渡す。

 この部屋のどこかに犯人がいるはずだ。

 ヤられる前にヤってやる。どうせ相手は男だろ。どう金玉をつぶせば痛いのかは、身をもって知っている。それでもダメなら前立腺だ。オレは前立腺には詳しいんだ。



「泣かないんだね。普通の子供だったら泣くと思うけど?」



 声が聞こえた。

 予想外に、女性だ。

 平坦だけど、よく通る声をしていて、少し不気味だ。



「ねえ、なんでここに連れてこられたか、わかる?」



 オレは相手のペースに飲まれまいと、答える。



「オレがかわいいから?」

「そんなわけないでしょ。バカなの?」

「事実だろ」

「見た目はかわいくても、中身は最低なゲス野郎ね」

「はあ!?」



 明らかな嘲笑ちょうしょうを受けて、ついつい語調が荒くなってしまう。



「さっきから、子供に対してひどいよ!」

「へー。あなたが子供、ねえ」



 誘拐犯は含みのある言い方をした。

 何がおかしいのだろうか。



「どこからどうみても子供でしょ!」

「そうだね。見た目は」



 かすかに衣擦れ音が聞こえた。誘拐犯が体勢を変えたのだろう。



「私はずっと監視していた。あなたの歌を聞いた時から」

「歌?」

「そう。事務所のオーディションに送られてきた。おそらく、あなたのママが送ってきたのか、あなたが自分自身で送ってきたのかはわからないけど。まあ、あなたの態度をみるに、前者でしょうね」



 たしかにママは「スミレはもっとビッグになるべきよっ!!!」と言っていた。

 そのままの勢いで、書類と審査用のデータ送った可能性はある。


 それともう一つ、情報を得られた。

 誘拐犯は芸能とか子役事務所の人間だ。


 だけど、これだけでは、まだ目的がわからない。



「あなたの歌はとても素晴らしかった。子供とは思えないほどに。でも、ある一つの疑惑が生まれた」



 何を言いたいのか、さっぱりわからない。

 オレはこういうのが嫌いだ。結論から話してほしい。

 


「話が回りくどいって、よく言われない?」

「あなたは減らず口って言われない?」

「まさか。こんなにかわいい声を聞けたんだから、感謝してほしいぐらい」



 誘拐犯は「はん」と鼻を鳴らした。



「私は人の見る目はあるの。それと、耳もいい。特徴的な歌い方をする人のことは、基本的に忘れない」



 次の瞬間、

 暗闇の向こうから、手が伸びてくる。



「ねえ、なんでなの……? どうやったの……?」



 まるで怨霊のような声だった。

 捕まったら、死ぬ。 


 オレは逃げ出そうと、必死に壁をった。

 どこかに出口があるはずだ。

 ふと、手に固いものが当たって、がむしゃらに押した。


 その瞬間、目の前が真っ白にる。


 すぐに理解できた。

 さっきのは電灯のスイッチだったのだ。

 暗闇になれた目には、電灯の光はまぶしすぎた。


 少しずつ目が順応してきて、照らされた部屋が見えるようになっていく。


 

「ひ――――っ!」



 そこには、恐ろしい光景が広がっていた。


 壁一面や、天井に至るまで、人の顔がびっしりと並べられている。

 しかも、全員同一人物だ。

 年齢や場所もバラバラだけど、みんな同じ顔。


 全部、ママ――八箇徳美の写真だ。


 5枚ぐらいならわかる。

 でも、この部屋の写真は確実に100枚以上ある。

 原寸大の人形も複数体見える。


 狂気だ。

 異常だ。

 怖い。死んだ時よりも怖い。

 死ぬときは『あ、死ぬんだ』って納得があった。

 でも、この部屋はどこまでも意味不明で、不気味だ。


 こんなことをするやつ、オレは一人しか知らない。



「思い出した? 私が誰なの」



 オレはコクコクと必死にうなずいた。


 そうだ。

 こいつは――




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