第13話 あーもー、メチャクチャだよ 後編

 徳美の交友関係はそこまで広いわけじゃない。


 別に人間が嫌い、というわけではなく、人付き合いは狭く広くが徳美のスタンスだった。


 そんな中で、とりわけ仲がいい女性がいた。


 彼女は、ガールズバーでの徳美の初めてのお客さんだと聞いている。

 悩みを聞いているうちに打ち解けて、親友となったらしい。


 だけど仲が良くなるほどに、どんどん狂っていき、徳美も手を焼くようになった。

 ストーキングや盗撮は当たり前で、異常な偏愛を見せる女。



「……九条くじょう 麗舞れま



 それが、その人物の名前だ。

 そして、オレを誘拐した犯人でもある。


 黒髪メガネで、一見すればバリバリのキャリアウーマンのように映るだろう。

 だけど、中身は前述の通りだ。

 


「そう、正解。覚えていてもらえて、虫唾むしずが走る」

「いや、オレもさっきまで忘れてたよ。怖すぎて」

「そう。私はあなたの顔を忘れたことがないけどね」

「そうかよ」



 突然、九条は「はあぁぁ」と意味深にため息を吐いた。



「ねえ、あなたはバカなの?」



 オレの頭の上にハテナマークが浮かぶ。



「なんで普通に接しているの。あなたは今、徳美の娘でしょ。それとも冴えないサラリーマン?」

「……あっ!」



 指摘されて、やっと気づいた。



(なんでこいつはオレの中身を知っているんだ!?)



 オレの中身の秘密を知っているのは、オレを除いて一人もいない。

 だけど、転生してからオレを九条に会っていないし、話したこともない。

 知る機会すらないはずだ。



「なんでだ!?」

「言ったでしょ。一度聞いた歌の特徴は忘れない。私はあなたの歌を覚えていて、送られてきた歌を聞いて、すぐに違和感を覚えた。もちろん、それだけでは確信を持てなかったから、とことんストーキングをして、観察して、少しずつ調べていった」



 もったいぶるように、一拍置く。



「そして、今日のエナドリへの飛びつきを見て、確信した」



 九条はメガネをクイッと上げて、不敵な笑みを浮かべる。



「あなたの中身は、徳美の元カレ『荒川咲春』だってね」



 オレは「そういうことかぁ」と心の中で納得した。



「ああ、そうだよ。ママにも話していなかったのに」

「それじゃあ、一種のネトラレね」

「どこがだよ」



 九条の頭の中はピンクで染まっている。

 すべての物事を、何かのプレイだと思っているふしすらある。



「それで、オレを殺したいのか?」

「本当は殺したい。八つ裂きにして、魚のエサにでもしてあげたい。でも、あなたは今、徳美の大事な娘。危害を加えたら嫌われちゃう」



 オレはとっさに、アタッシュケースから出された時にぶつけた鼻に触れた。



「もう十分に危害を加えられたんだけど」

「あれでも丁重ていちょうに扱ったつもりだけど?」

「どこがだよ。かわいいお鼻が真っ赤だよ」

「もっとかわいくなったんだから、よかったでしょ」



 こいつと話しているといつもこうだ。

 まともに話す気がないのが、態度や言動からありありと伝わってくる。


 一度徳美の彼氏になったことで、オレは目の敵にされているのだ。



「そんなことより、そろそろ教えてくれない?」



 突然、九条はオレを壁際に追い付け始めた。

 笑顔だけど、今までで一番の圧を感じる。


 オレの背中が壁にべったりとついた瞬間。



 ドン、と。九条はオレのすぐそばの壁を叩いた。


 これが壁ドンか。

 めちゃくちゃドキドキする。今すぐ殺されそうで。


 そして九条は唇を震わせながら、カッと目を見開いた。



「どうやって徳美から生まれ変わったのか、教えなさい!」

「は?」



 これがオレを誘拐した理由なのだろう。


 予想外の言葉に、一瞬意識が飛びそうになった。

 だけど、九条の荒い鼻息がうるさくて、すぐに戻ってこれた。


 彼女の目はバキバキに血走っている。

 興奮でヨダレが垂れていて、内股でモジモジしている。



(あ、これはヤバイ)



 ここで知らない、と言ったら殺される。



「あ、ああ。教える。教えるから、落ち着いてくれ」

「さっさと教えなさい」

「それには条件がある」

「殺されたいの? それとももっとひどいことをしてあげようか?」

「こ、殺したら一生聞けなくし、ひどいことをしたら、徳美に嫌われるぞ」

「…………くそっ」



 舌打ちをしながら、九条は身を引いて、オレは胸をなでおろす。



「それで条件ってなに? 私の体?」

「そんなわけあるか」



 オレが「けっ」と唾を吐くと、九条は「ふん」と鼻を鳴らした。



「条件を伝える前に、一つ確認していいか?」

「なに? 私は処女だけど」



 一瞬「まじ!?」と思ったけど、グッと我慢する。



「お前の今の職業だよ。事務所って言ってたよな?」

「正確には芸能事務所ね。私はマネージャーをしているけど、それがなに?」

「もちろん、子役の部門があるんだよな? ママが書類を出していたぐらいなんだし」



 九条は「そうね」と簡単に肯定した。

 だったら『オレが出す条件』は十分に実現可能なはずだ。



「じゃあ、オレを子役タレントにしてくれ」

「はあ!?」



 予想外だったのだろう。

 彼女は驚きの声を上げて、オレは少しすっきりした。



「ずっと考えてたんだ。子供でお金を稼ぐ方法。子役ならできる」

「なんで子供がお金を欲しがるの。エナドリでも買う気?」

「……言いたくない」



 オレはそっぽを向いた。

 半分当たっているけど、半分外れている。


 だけど、もう片方の理由をすぐに言い当てられてしまう。



「まあ『ママに楽をさせたい』とか、どうせそんな理由でしょ?」

「まあな」



(本当はママの余命が残り少ない、というのも付け加えたいんだけど)



 九条はそのことを知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。

 もし知らなくて、オレから話してしまった場合、九条がどういう行動をとるのか予想がつかない。


 ここは黙っておくのが吉だ。


 彼女はしばらくクレイジーサイコにしては大人しくした後、ゆっくりと口を開く。



「徳美に楽をさせたい、とか。そんなんだから振られたんでしょ」

「……どういう意味?」



 そういえば、オレは前世の自分が振られた理由を知らない。

 例年通りに、クリスマす兼前世の誕生日である12月25日にデートをして、最高のセッティングを用意した。

 そうしたら、意味不明なことを言われて、ビンタされた。


 振られたこと自体がショックで、深く考えていなかったけど、なんで振られたのだろうか。


 九条にいても、どうせ答えてくれないだろうから、このことはあまり気にしないようにしておこう。どうせ、もう過ぎたことだし。



「まあいいよ。おーけー。それぐらいは叶えてあげる。これでも私はそこそこ権力をもっているし、あなたも見てくれだけはいいからね。周囲から反対されないでしょう」

「助かるよ」



 これでオレの条件は呑んでもらえた。

 だけど、ここからが本番だ。



「じゃあ、私の方も答えてもらわないとね。徳美から産まれる方法」



 これだ。

 オレは知らないから、うまく逃げないといけない。


 脳をフル回転させて、答えを選んでいく。



「すぐには教えられない」

「はあ!? なんで?」



 訊かれて、とっさに理由をでっちあげる。



「お前が子役にしてくれる保証がないからだ。オレが転生の方法を教えたら、お前はすぐに実行するだろ? そうなると、オレの条件は果たしてもらえなくなる。だから、オレが子役タレントとしてお金を稼げるようになったら、話してやる」

「……ちっ。子供になってからの方が頭が回るじゃない」



 どうやら納得してくれたみたいだ。

 ようやく、一段落だ。

 これでやっとずっと言いたかったことが言える。



「あと、一つだけ言っていいか?」

「なに?」

「スカートがめくれてて、ずっとパンツが見えてるぞ」

「ちょっ!?」



 本当に気づいていなかったのだろう。

 九条は急いでスーツスカートの裾を整えた。


 オレを誘拐した時にめくれてしまった、と考えるのが妥当だ。

 アパートの通路で人とすれ違って挨拶しているのが聞こえていたから、その人にも見られていたはずだ。

 ちなみに、ライムグリーンである。

 


「オレ相手に恥ずかしがるなよ」

「全く。女心がわからない男ね」

「クレイジーサイコオバサンにわかるのかよ。女心」

「あ゛?」



 九条は面白いほどに怒っている。

 多分『オバサン』に過剰反応している。


 ちょっとした腹いせだ。

 どうせなら、もっとおちょくってやろう。



「このっ! クソガキがっ!」

「やーい、オバサン。肌の張りよわよわ♡。自律神経ざーこざーこ♡。少しビール腹になってきたんじゃない?」



 メスガキ風に、少し鋭い悪口を言ってみた。

 だけど、すぐに「やりすぎたかも」と感じて、恐る恐る様子を伺うと――。



「くっ……!」



 九条は悔しそうに歯を食いしばった。

 だけど頬は緩み切っていて、ヨダレを垂らしてる。



(……もしかして、喜んでいる? コイツ、想像以上にヤバイな)



 こうして。

 オレは一抹の不安をおぼえながら、子役への一歩を踏み出すことになった。

 ついでに、秘密を共有した相談相手もゲットだ。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――

読んで頂き、ありがとうございます!


新キャラの今度の奇行が気になる人は

フォロー

☆評価

♡応援 をよろしくお願いします!


皆さんの評価や応援で、もっと多くの人にこの作品を伝えてもらえると嬉しいです(≧▽≦)


また、誤字脱字があったらコメント頂けると助かりますm(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る