第10話 いきなり幼稚園 後編
いきなりだけど、オレは園中のアイドルになった。
そこまでたどり着けたのには、2つの理由がある。
1つ目は容姿だ。
ママ譲りのかわいいお顔と、キレイな黒髪を持っている。
しかも親バカなママのおかげで、いつもお手入れは完璧だ。
でも、それ以上に人の心を惹きつけたものがある。
二つ目。歌声だ。
自由時間中に、小さなスベリ台をステージ代わりにして、歌を披露している。
それがかなりの大盛況なのだ。
歌を歌い終わると、
おひねりをもらえないのが、本当に残念だ。
前世から歌だけは自信があった。
一時期本気で歌手を目指していたぐらいには。
まあ、活動資金を得るための仕事で精いっぱいになって、その夢は自然消滅してしまったのだけど。
そんな暗い前世よりも、今の話だ。
あと一曲歌うだけの体力は残っている。
普段は子供たちが聞いたことがあるような、アニソンとか民謡が中心なのだけど、今回は気をてらってみよう。
少し渋いけど、演歌だ。
オレの前世での
全力で歌った。
コブシもきれいにできた。
だけど、周囲の反応はイマイチだった。
さすがに知っている曲じゃないと、リアクションしにくらしい。
オバサン園長だけが「すごい悲哀を感じる。まるで疲れ切ったサラリーマンみたい」みたいと褒めてくれた。
(いや、褒めているのか?)
もう絶ッッッ対に、この演歌は歌わない。
この十八番はもう、お払い箱だ。
そんな珍事があったけど、オレの幼稚園での地位は揺るがない。
「すきです! つきあって!」
「ごめんなさい」
一日に一度は告白される。
さすがに男の恋人は作る気になれなくて、基本お断りしている。
そんなマドンナ的なオレだけど、一部の人間にはメチャクチャ嫌われているらしい。
トイレで、ココアシガ〇ットを片手に、以下のようの会話をしている女子を目撃した。
「あいつ、ほんとナマイキよね。はっかすみれ、だっけ?」
「すこしカワイイからって。おとなもメロメロになっちゃって……。おとこもほんとバカよね」
「わたしのカレも、アイツばっかりみてる。ほんとにみるメがないわ」
「どこかにいいオトコ、いないかしら」
「さいていでも、ウワキをしなくて、ねんしゅうイチオクはほしいわね」
「ああ、ハクバのオウジさまがつれていってくれないかな」
「いるわけないでしょ。オトコなんて、バカばっかりだし」
「まったく、このセカイはなんで、こんなにいきにくいのかしら」
「ほんとうよ。なにもかも、オトコユウグウのセカイがわるいわ」
トイレの個室ドアの隙間から盗み見していたのだけど、恐怖のあまりに震えてしまった。
今の園児は想像以上にマセている。
前世から、こういうタイプの女は苦手だ。
怖いから放置しておこう。触らぬ神に祟りなし、だ。
実際、陰口を叩いているだけで実害はないし。
もっと対応すべき相手がいるし。
(あ、今日も来た)
歌のステージが終わった後、5人組の男子グループがオレの前に立ちふさがった。
なぜか全員、かっこいいポーズをとっている。ヒーローの物真似だろうか。
「おい、すみれ! きょうこそ、かくごしろ!!!」
最初に叫んだのは、センターを飾る翔太だ。
相も変わらず、生意気なツラをしている。
「か、かくごしろ!」
翔太の後に、5人が繰り返したけど、全く声が揃っていない。
おそらく、翔太に無理やり付き合わされているだけだろう。
彼は学年が1つ上だけど、ガキ大将として有名だ。
「おまえにセイギのテッツイをくだしてやる!」
決めポーズをとった。
完全に顔が勝ち誇っている。
オレは無意識ににらみつけた。
そして、ふと気づく。
(ん? よく見れば……)
ちゃんと見たことがなかったけど、翔太の顔立ちはとても整っている。
多分、お母さん似だろう。成長すれば、かっこよさとかわいさを兼ね揃えた、中世的なイケメンに成長することだろう。
前世から嫌いなタイプの顔だ。
(本格的にこらしめてやる)
オレはある作戦をおもいつき、実行に移す。
「ねえ、オ――わたしに、なにをするの?」
少し不安げな声で尋ねると、翔太はさらに勢いづいて、パンチのジェスチャーをした。
「せいばいだっ!」
「痛いのイヤだよー」
オレはおびえている演技をした。
翔太はオレの性格を知っているから動じていないけど、取り巻きの4人は身じろぐ。
これは、いけるかもしれない。
本当は男のプライドが「やめろ」と言っているけど、これが一番効果的なはずだ。
オレは素早い動きで、取り巻きAに近づいた。
すると、彼の顔は面白いほどに真っ赤になった。
ちょっと面白い。
「ねえ、痛いのは嫌いなの。そんなのより、もっとイイコトしない?」
「いいこと?」
取り巻きAはすごくうろたえながらも、こちらに期待の目を向けてきている。
なんだか面白い。
オレは彼の手を握りながら続ける。
「そう。こんな風に手を繋いだり」
「て!? つな!?」
真っ赤な耳の近くで、さらに
「わたしを守ってくれたら、ほっぺにちゅーしてあげる」
「ほんと!?」
「わたしが嘘をつくように見える?」
いわゆるハニートラップだ。
大っ嫌いな女の行動だけど、翔太にダメージを与えられるだろう。
「ねえ、他のキミもどう?」
他の取り巻きB~Dに声を掛けると、あっさりとオレの側に着いた。
これでもう、翔太は一人だ。
(こんなに簡単に心変わりするなんて、チョロくてかわいいなー! 面白いなー!!!)
オレは勝ち誇った顔を、翔太にだけ見えるように向けた。
「もうゆるさないぞっ!」
形成を不利とみたのか。 翔太は殴りかかろうとしてくる。
突然の出来事で、オレを守るはずの取り巻きたちは反応できていない。
だけどいつも通り、オレだけの力で簡単にかわすことができる――はずだった。
「え?」
偶然だ。
本当に偶然、オレの足がもつれてしまった。
ドシン、と。
転んで、目を開ける。
すると、目の前に長いまつげがあった。
さらには唇に、柔らかくて温かい感触を感じる。
すこしずつ、理解できてきた。
オレは翔太を巻き込んで転んだ。
そしてその結果、翔太はオレに覆いかぶさって、唇同士が触れ合っている。
「な――――っ!!!」
翔太は飛び乗って、しばらくオレの顔を見つめた。
かと思ったら顔を真っ赤にしたまま、口を手で覆って、どこかへと行った。
取り巻き達はその後を追いかけて行って、オレは一人になった。
オレはというと、しばらく、そこで呆然としてしまった。
これが八箇純玲としての、ファーストキスだったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おかえりー」
「ただいまー」
幼稚園のバスから降りると、ママが笑顔で待っていた。
手を繋いで、マンションの部屋まで戻る。
「今日はどうだった?」
「うーん。たのしかった!」
「それはよかったねー。でも、もっと色々あったんじゃない?」
「うーん。ママにはひみつー」
「えー。なんでー?」
正直、幼稚園でのことはママにあまり話したくない。
結構色々やらかしている自覚があるから。
でも、しょうがないじゃん。
そこにお手軽な快楽があるんだから。
それにしても、オレは徐々に美少女仕草に抵抗が無くなっているかもしれない。
少し複雑な顔をしていると、ママは「ふふっ」と
「先生に聞いたんだけど、幼稚園で歌を歌っているの?」
「うん。オレの歌、人気なんだ」
ママは「『オレ』じゃなくて『わたし』でしょ」と定型文でたしなめてきた後、本題に戻る。
「歌、ママにも聞かせてくれない?」
「うん。オッケー」
そして、オレは歌った。
最近、ママと一緒に女児向けアニメのオープニングだ。
「やっぱり天才だわ! きっとパパに似たのね!」
歌い終わるとママが突然、大声で叫んだ。
さらにあはオレを持ち上げて、クルクルと回り始めた。
ただただ純粋に喜んでいるようで、こっちまで嬉しくなってしまう。
「スミレはもっとビッグになるべきよっ!!!」
この時のオレは想像もしていなかった。
ママが軽い気持ちで、芸能事務所のオーディションに書類を出すなんて。
しかもそのせいで、あんな化け物が現れることになんて――。
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読んで頂き、ありがとうございます!
今回は性癖が全開になりました。
少しずつ女の子に染まっている主人公が気になった人は
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作者の創作意欲が ぐーーん↑↑↑ と上がります
また、誤字脱字があったらコメント頂けると助かりますm(__)m
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