呪文はわりと搦手よりも、力押しの方が種類が豊富
前哨戦は余りにも鮮やかに、『
片や剣一本を突き刺すのがやっとの一行に対し、ただの一瞥で一行の命を一度は奪って見せたのだ。
その差は余りにも歴然であり、それでも一行の闘志は衰えることをしない。
相手が世紀の怪物であることは百も承知。無論
勿論、戦略的な撤退はありだ。だがしかし、それは生き残っての事であり、自身の死を前提としたものではない。自身の命を軽視する者に、大業を為せる覚悟ができる筈も無し。
付け加えるならば、堕ちたるとはいえ元は神。自我が薄くとも知性は残っている。そんな相手に自身の死体を無造作に放り出し剰え、のこのこと顔を出すなどしたらどのように対策を取られるか。はたまた遠隔での呪詛や祟りによる攻撃を受けぬ保証もどこにもない以上、元より撤退とはいえ一時的な物。
そも、この領域を出るには封印されている核を殺さねばならぬのだ。端から生きるか死ぬかの二択しかない以上、次の機会など永劫に訪れることはない。
それでも彼らの闘志の衰えぬ理由とは何なのか。
英雄たる自負もある。
頼まれたからには致し方なしとの思いもある。
だが、それらは本文では無い。
彼らは確かに英雄だ。逸話を紐解けばこの手の怪物退治や冒険譚には事欠かないし、各地に彼らの残してきた足跡がある。何なら一部では銅像なんぞも建てられている始末。
どれだけ普段悪辣に振る舞おうとも、ポンコツなところを見せていようとも。彼らの背を見てきた者達からは、英雄譚や神話の英傑としか思えぬ偉業を打ち立ててきたのだから仕方がない。
だがしかし、彼らを難行へと駆り立てるのは決して義侠心からでは無い。
無論、無いとは言わぬ。彼らとて半数ほどは人の子だ、苦境に立たされた人を見て助けてやりたいと思う心は、程度や方向性の差こそあれども持ち得ている。
だが、彼らを駆り立てるものは別にある。
譲れぬ理念を抱え込んだ漢がいる。歪み折れ曲がりながら愛に生きる少年がいる。
生など死の前の余興と嘯く仙人がいる。有用性の証明こそが命題の者もいる。
苦境に生まれ落ちたがゆえに超克を是とした者もいれば、
各々が抱える理念命題は異なれど、それでも一致している目標はある。
譲れぬ場所、いずれ辿る道、義務のための手段。
万人が求めされどもたどり着き得ぬ境地、至高の称号、唯一の証明。
即ち、『最強』の二文字である。
故にこそ、彼らはこの逆境の中でも一切その闘志を萎えさせること無く、それどころか弥増して難敵へと向かっていくのだ。
『生きてこそものの誉れあり』とも言うだけあって、彼らもご多忙に漏れず『いのち大事に』をモットーとしている。
それでも彼らの本質は
況してや久方ぶりの武勲首。彼らをして一度の冒険で
幾つかの理由は論う事も出来ようが、畢竟彼等がいきり立つその訳は単純明快にも程があるものでしかなく、そこには功名心も栄達も義侠心も存在しない。
ただただ己よりも上に立ち、でかい顔をしている相手が気に食わないと、突き詰めればそれだけの理由でしかないのだから。
この程度の逆境、奮起の理由にはなれども怯懦の理由にはなり得はしない。
そして、鎌首を擡げあくまで威嚇の姿勢から入った大蛇に対し、端から
生憎と『
新たに矢を打ち込めば再びランダムに幾らかの能力が剥げるだろうが、その組み合わせが今回ほどに有用である保証も無い以上、殺せる状態に持って行けただけ御の字と、ディケイは弓を持ち換え素早く射掛ける。
尤も、神話にも出てくるような魔弓なんぞみだりに振るう物でなし、ここぞと云う場面で用いるからこそ意味があるのだ。
ついでに云うならこの
何れにしろ、選べる立場にいるにも関わらず
とりわけ神秘との相性が重要視される
尤も双子であるにも関わらず、神秘皆無の数打ちの鉄製武具を好んで用いる兄も居るのだが、それも当人の趣味嗜好。
自身の腕に自信が在るからこそ、道具の質には拘る必要性が薄いのもある。
同じように使い古した鉄剣を後生大事に抱え込んで離さないラルヴァンは、また違った方向性で拗らせているのだが。
その拗らせ具合がただの形見の鉄剣に曰くを与えているのだから、何が良い方に転ぶかは分らぬものだ。
何れにしろ、只人の身で振るえる武具で彼の大蛇に深手を与える術など無い以上、出来る事はちまちまとした手傷を与えて継続的な出血を強いる他ない。
そして不死性が剥奪されている以上、流れ出た血は確実に戦果であると言える。
詰まる所は我慢比べだ。大蛇がその権能と巨体で以って一行の時間が切れるまで生き残るか、それとも一行が制限時間内にその生命を削り切るか。果てしなく不毛にも思える、血を吐き合う
とは言えだ、基本的に時間は『
そもそも大蛇の体格で暴れまわられた日には、そん所そこらの戦士では攻撃のこの字も見えずに轢き潰されるのがオチだ。
今は未だ小手調べの段階かクリフも
時間が経てばさらなる暴虐さを発揮することは間違いなく、十把一絡げに薙ぎ払われる未来を防ぐためにも、やらなければならない大事な工程が一つある。
音の伝達を封じるが故に、詠唱を必要とする呪文全般が機能不全を引き起こすのが『
故に、契約を除いて詠唱の必要性が薄い
そしてそれは、独自路線に進んだ
普遍性を高め、
彼らの歩みを遡るかの如く普遍性を、汎用性を溝に捨て、属人性を高めに高めた高位の魔術師たちの操る
或いは、太古の魔術師たちの目論見も其処に在ったのやも知れないが、最早聞くことのできる相手など何処にもいない以上、それも机上の空論に過ぎないのだが。
真実がどちらであったところで収斂進化の理論がこの世にある以上、何時かは呪文書に対抗するための呪文が生まれ、更にそれに対する手法が生まれる。遅いか早いかの違いでしか無いのだから今更それを議論する必要性もないだろう。
そしてこの場の魔術師は二人いるが、実のところその何方もが独自路線を突っ走っている。
そんな押しも押されぬ高位魔術師であるオッペケペーとアルケが後方で温々と無聊を慰めているだけの筈もなく、起き抜けの大蛇に手酷い仕打ちを仕掛ける隙を、虎視眈々と狙っていたのだ。
何しろ相手は山すらも飲み込みそうなほどの大蛇、そのままの大きさで格闘が成立する訳もなし。先程から再三吹き飛ばされては高速で復帰してを繰り返し、ピンボールのような有り様となっているクリフはいるが、曲りなりにでもこの比率での戦闘が成立しているのは奇跡としか言いようがない。
或いは、大きさが故にちまちまとした攻撃しか繰り返せていない三人衆よりも、視界の中をあっちゃこっちゃへと動き回っているクリフの方がよほど目に付くと言われれば、強く否定もできないのは確かな事だが。
どちらにした所で現状では有効な行動を行えている人員がいない以上、このままでは暖簾に腕押し糠に釘、どだい不利なのは一行の方であるのだからこのまま時間を無駄にすることも出来はしない以上、まずは勝負の土台に登るためには一手切るしか道はない。
──これから『
余りにも簡潔すぎるアルケの宣言に、而して今更になって取り乱す様な者など一行の中に居るはずも無く。よしんば居たとしても、この領域の中にいる以上は誰の耳にも届きはしないのだが。
そうして無言の抗議は無かったものとして言下に切り捨てたアルケではあるが、表面上は大きな乱れや遅滞もなく、実にスムーズに各位段取りを整え終えていた。
とは言っても、そう大きな動きではない。単に互いの位置取りを細かく調整し直しただけのことであり、大蛇の居る位置を中心に囲うように移動しただけのこと。
そのだけがこれから行使される呪文にとって、大事な要素ではあるのだが。
一般にはあまり流通していない呪文書を元に、更なる改悪を施したのがこの『
その効果はいたって単純、見れば誰もが理解できるだろう。
今しがた、一行と共に
相手の身体が大きすぎて戦いにくいのならば、相手を小さくしてしまえばいい。
実の所、類似した効果効能を持つ呪文、神秘は数多くあり、またそれらに対応した解呪や耐性が存在するほどには
であればこの呪文、何が問題となるかと云えば、それは大きく分けて二つある。
まず一つ目、自身らも対象に取らねばならぬ事。
後述する事由が原因ではあるのだが、敵だけにかけて戦力を奪うなどと云った使い方は出来ない辺り融通が利かないとも言えるし、乱戦等では使い道がないのも事実。総じて自身よりも格上を相手に少数での戦闘を前提にしている節があるため、世間からはほぼほぼ一行の専用呪文と云う位置づけにすらなっている。
そして二つ目、姿形が変わる事。
他の呪文は大体が縮尺比だけを弄るのに対し、この呪文は耐性を貫通して姿やその性質、ステータスにまで干渉してくる。無論相手によっては大幅な弱体化を狙えるし、逆に強化してしまう場合もある。なお、自分たちにとってはただの弱体化にしかなってはいない。
しかし、これらの欠点を補って有り余る利点も擁しているからこそ、この場でこの呪文が使われたのだ。
それこそがこの呪文唯一の利点、『
誤字ではない、『玩具の家《デスマッチ》』と呼ぶのである。
その効果はいたって単純、どちらかが死ぬまで出られず、外部からの破壊で双方が死ぬ。実に簡潔かつ単純な効果だ。頭が沸いていると言われれば誰も否定できまい。
それでも、逃がすことは出来ない相手を確実に足止め抹殺できるこの呪文は、見た目とは裏腹に暗殺などでも使いでがあったりもする程度には、有用ではあるのだ。
尤も、意図的に外部から破壊するのは相応に難易度が高いのもあって、其方の効果はめったに発動しないのだが。
今回の使用に関しては、横槍を警戒して二人ほどが範囲の外に出ていたが、普段であれば突っ込めるだけ突っ込んで、電撃的に攻勢を掛けてそれで仕舞いにする程度には、普段使いしていたりもするのは一行の間だけの秘密である。
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