三者三様、悲喜交々
王都中央、一際盛大に飾り付けられた大闘技場にて正に武闘大会の一回戦が開かれているころ。
普段よりも人通りの減った大通りを下に見ながら疾走する影が一つ。
「きちんと隠れられているようデスネ」
「……当然、行使に失敗などせぬ……。だが過信はするなよ……お前の動きでは、範囲から漏れる可能性がある……」
整然と並んだ住宅地の屋根を、飛び跳ねながら全力疾走しているラルヴァン。
小脇にオッペケぺー入りの鉄塊を抱えながらも小器用に、斜度の付いた屋根の上を音も無く疾走している。
人通りが少ないとは云えちらほらと、通りを行き交う人影は見える。
それであっても一人として上を見上げる事もないのは、ラルヴァンの卓越した身体能力と技巧の他にも理由がある。
そも、人間二人分の重量に加え鉄の塊を抱え込んでいて衣擦れの音一つ立てぬ等と、いかな達人とてあり得はしない。
折しも試合の決着が着いたのか、割れんばかりの歓声が背後の方から突き抜ける。
距離があるとて、耳に響く歓声の大きさは相当なものであり、大会の盛り上がり具合を如実に表しているようで、余りの大音声に飛ぶ鳥すらも震えて落ちそうになるほどだ。
行き交う人影が肩をびくつかせる程の声は、而して屋根の上を行く二人の耳朶を振るわせることは無く。思えば空を行く鳥の鳴き声も、彼らの周囲では不自然な程に途切れている。
よくよく見れば彼らの行く足元も、不自然に揺らめき向こうの景色が透けて見えている。
『
どちらも単純な効果でありながら、使いっぱなしで持続時間が長いのが特徴だ。
それぞれ、『対象の内外で音を遮断する』事と『一定の範囲で映る景色を透かして見せる』事しか出来ないため、もっぱら市場では不良品とも呼ばれて二束三文で売られているような代物だ。
何せ片方は、効果時間中音が出なくなる代わりに自分も音が聞こえなくなる呪文で、もう片方は自分が見えなくなる代わりに自分も周囲の物が見えなくなる呪文だ。
普通に考えて有効活用できる状況はそう多くは無く、あったとしても自分が動かなくていいような状況ばかりになる。
こんな変態軌道で疾走することを隠すのには、考えついても実行できる者が居らずに計画倒れになる事間違いないというのに。
比喩でもなく文字通りに、周囲の景色が流れる様に溶け消えていく。
呪文の効果範囲は中心点から3メートル周囲。
足場の状態や辿るべきルートもすべて、3メートル圏内に入れば消えてなくなるその状況で、迷うことなく踏み込み踏み切る事の出来る胆力と、事前にルートを記憶し周辺状況に合わせて取捨選択できる判断力とが両立して初めて可能になる荒業。
本来であれば時間のかかる王都郊外への移動は、こうして迅速に、容易く行われたのであった。
「いきなりクライマックスかぁこっちは!」
ところ変わって王都の地下、下水の排水機構に繋がる遺跡の中で、ダンタースを拾い上げたクリフ、ディケイ、アルケの三人は想定以上の妨害に戸惑っていた。
ガリガリ、バリバリと耳に痛い異音を響かせながら、奇怪な道具を伸び縮みさせた
「あれらは『リリギーク』。清掃用の魔工造物の一種。ちなみに王都の設備の一つ。壊したら怒られる奴」
「とは言えだ、今邪魔になっている事は事実な訳で、どうにか出来んか」
「壊せるけど、問題は其処じゃないよね」
「ま、こっちの事はバレてるって事で、盛大に突き進めば良いじゃねえか。そっちの方が分かりやすかろう」
何らかの手段で制御系統を改竄されたらしく、無害なはずのお掃除ロボット達がどしどしやってきては一行に、遠慮容赦なしに放水をぶちまけている。
一機一機の性能は大したことは無いのだが、今正に後方で行われているように連結や同期による性能の向上が魔工造物の十八番。連結させた放水銃の威力は、流石にクリフかダンタースが捌かなければ危ない領域に突っ込んでくる。
「そも、こんなに地下に居たのかこいつ等は!これでは王都の地下清掃など、必要ないではないか」
「そんな話、聞いた事無えぞ。どっかから連れてきたんじゃねえのか」
「連れてくるのは流石に不可能じゃないかな。どっちかと言えば機能停止していたのを、無理くり動かしているんじゃないかな」
とは言えだ、所詮は清掃用であり、連結放水も元は頑固な汚れ落とし用の代物。多少腕に覚えのある程度の破落戸ではけんもほろろにやり込められて、翌日下水を流れているのが見つかるのが関の山といった程度の力はあるが、一行に対しては脅威と言うにはほど遠い。
危ないとは言った所で、所詮は足を滑らせ下水に落ちたらみっともない、といった程度。
後日修復が可能な程度に優しく小突いて押しのけて、辛くも借金地獄の包囲網から逃れた一行は、立ち止まることなく突き進んでいく。
進む先にちらほらと見える明かりの揺らめく様は、まるで一行の行く末を不吉なものであるかのように照らしていた。
快音と共に空高くへと鉄剣が飛び去ってゆく。
一合と持たずに無手となってしまった剣士ではあるが、その程度で戦意を喪失するような温い手合いはこの場に居らず、即座に拳を握りしめ対戦相手へと躍りかかる。
試合の前は所詮術者と侮っていたのは事実ではあるが、だからといって剣を持ち出してきた段階でまで侮れるほど自惚れてはいなかった。
そも、予選の時点で土を付けられることこそ無かったとはいえ、自慢の剣技を見切る者も、剰え返し技を合わせてくる者も居たほど。
それらに対しても剣技で以って上回ったからこそ此処に居る訳だが、何度も危ない場面があったのも事実で、況してや相手は自分よりも剣技以外では上回る相手。
技には自信があるからこそ、それ以外の部分では色眼鏡なく相手を評価できたのも事実。
尤も、だからと云って正確に見切ることが出来たかは、また別の話になるのだが。
苦し紛れではない、確かな術理に裏打ちされた右のストレート。
正中では無く顔の末端、顎の先を正確に狙ったその一撃は剣士の繰り出した一撃とは思えぬほど鋭く力強い一撃であり、剣を打ち払ったその直後にこれほどの一撃を繰り出されては並みの使い手では対処に苦慮したことだろう。
一撃を入れた後だけに、無様にのけぞり避けるのか、それとも開いた左でいなし受けて見せるのか、英雄と謳われる者だけにどのように対処して見せるのか。
彼としても惚れ惚れするほどの一撃を繰り出せたからか、対戦中に悠長に考えに耽る余裕があるようで、今か今かとその瞬間を心待ちにしていた、その刹那。
浮いた左手に思惟を巡らせたのは本の数瞬ともいえぬ程の刹那の間、視界の右側に意識が向くその瞬間に、戦士としての本能がけたたましく警鐘を掻き鳴らした。
それに気付けたのは優れた戦士としての素質があったからだろう。
それに対処できなかったのは、単純に能力が足りなかったからだ。
対戦相手の鉄剣を打ち払ったその直前に、自身の剣を手放して無手となっていた右の手を、深く低く抉り込む様に、相手のカウンターに合わせて打ち上げただけ。
視野を広くとれていれば、握りしめられた右の拳に注意を向けられただろう。
剣技だけでなく膂力も鍛え上げていれば、放り投げられた剣に無様に剣を打ち払われることも無かっただろう。
生き死にに全霊を傾けていたならば、死合の最中に隙を見せることなど無かっただろう。
畢竟、何もかもが足りなかっただけ。
技量も、能力も、覚悟も何もかもが。
故にこそ、傲岸不遜に勝者は佇む。
それは残心ですらなく、只々相手が倒れ伏すのを見下すのみ。
試合終了の合図が上るその時まで、
王都の郊外、街道からも外れた只の荒れ地に轟音を立てながら突っ込んでいった影が一つ。
巨大なそれは近くで見ればより奇怪で、互い違いに生えた翼やてんでバラバラに配置された制御翼に突き出た管や部品の数々と、機能美という言葉を履き違えたかの様な造形をしている。
更には其処から這い出てきた人影もまた不審なもので、半裸の男と浮き上がる鉄塊とくれば真面な者なら何はともあれ官憲へと助けを求めに向かうだろう。
自分たちが不審者として通報されかねない等とは露とも思わぬラルヴァンとオッペケぺーの二人は、予定していた
尤も、彼らが到着していない状況で魔神将だけが転送されていたら、ただの大惨事でしかないのだが。
「此方は到着しましたが、向こうの進捗はどうなっているんでしょうネ」
「……先手を打たれたのは、痛いな……。此方を感知しているのか、それすらも判らん……」
「まあ、何れにしろ、此方のやる事は変わりまセン。魔神将何するものぞ、我らの戦績に一つ、加えてやりまショウ」
「……戦意旺盛なのは良い事だ……。コチラはバックアップに回る、存分に暴れろ……今回はお前の舞台だ……」
静かに距離を取って佇むラルヴァン。
普段は一行の中では目立たぬ立ち位置故に、こういった大舞台での立ち回りは久方ぶりの事。
然りとて昔取った杵柄とでも云うべきか、今更武者震いの一つもとれるような歳でもなし、泰然自若とその時を待つ。
本より積めるだけのモノは全て積み上げて来た身。
最早、これより先に為すべき事は唯一つ。
転送の為のビーコンを建てるオッペケペーを横目に見ながら、静かに剣を引き抜いてゆく。
決戦の時は、もう間もなく。
無人の野を行くが如く、群がる敵手を凪払いながら地下水道を突き進む一行。
儀式中枢部へと向かうにつれて抵抗はより強くなってはいるが、それをものともせずに進んでいる。
先だっての配慮は最早どこ吹く風と言わんばかりの猛攻に、死屍累々が轍を為している。
その中には魔工造物のみならず、揃いのローブを着込んだ人影もちらほらと。
何れも事態に気付いて向かってきた手合い。手練れであることは勿論、覚悟のほどもキマっている。
息を荒げる事こそない物の、己が身を顧みない死に物狂いの攻勢に、一行も相応に消耗は嵩んでいる様子。
「そろそろ。儀式の場所に着く。警戒を密に」
そんな最中に届くアルケの決定的な一言に、疾駆しながらも各々頷きと共に隊列を整え最終確認へと入る。
「先頭は私が貰うぞ」
「フォローはこっちでするから、大船に乗ったつもりでいなよ」
「んじゃ、俺がアルケの方を担当すっから」
「正面の大扉。突き破っても。構わない」
指し示されるは石造りの大扉。それも鉄材で要所を補強したような跡のある、砦にでも使われていそうな場違いな代物。
打ち破るには破城槌でも持って来なければならない様な、そんな下水にあるには余りにも規格外の代物に、喜び勇んで飛び出た
「ハッハー!任せろぉ!」
大熊の如きその体躯をパツパツの革鎧に包み込み、盛り上げた筋肉によって振り上げられるは
騎士とは名ばかりの山賊か、はたまた蛮族かと見紛うばかりのダンタースの姿であった。
「ラッシャー!ッセ!『パイルバンカー』『クエイクストライク』!」
大上段に振り上げられた大金鎚に、渾身の力が籠められる。
「いつでも構わんぞ!」
クリフの声を受けたかと思うや否や、
「っ!撃て!」
無論、此処はアウェーであれば、盛大な歓迎は覚悟の事。
火弾に雷撃、風刃や酸。ありとあらゆる属性の攻撃が雨霰と降り注ぐ中でも、容易くは崩れぬ石造りの大扉。
無論いくら硬くとも、元々は只の石。呪文による集中攻撃にはさすがに最後までは耐えきれず、しまいには土煙を上げて崩れて行ってしまう。
しかし、土煙と、雨霰と降り注いだ攻撃に覆い隠され、闖入者の姿は出迎えの
「隠れなさい!『
見えぬという事をそのままに解釈した敵手の助言は、無論間違いではないのだが。
元より一行の目的は其処では無い。
「居たよ。座標は分かるね」
「問題なし。連結完了済み。いつでもOK」
土煙が晴れた先、石造りの扉があった其処には筋骨隆々の男が二人。
「しまっ」
異変に気付くも時すでに遅し、元より広間へと踏み込むよりも先に、事の次第は終わっていたのだ。
「座標指定、ビーコン1、『
「連結指定。『瞬間転送』。『ゼルモアの
鮮やかなまでの手際で、魔神将に抵抗の暇を与えずに連れ去ったのは、扉のあった壁の後ろに居た二人。
『
「では、邪魔者も居なくなったところで。一つ、拳で語り合おうじゃないか」
「応よ、すまんが今回は俺も居るからな。英雄式の歓待は出来なくてな、騎士団式の歓待で我慢してくれや」
揃い立つは
暴力的なまでの手段によって、強制的に戦いの火ぶたが切って落とされた今。
最早誰にとっても猶予などは無く、無言のままに刃の応酬が為されるのであった。
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