そして幕は上がる


 晴れやかな青空広がる王都では今まさに、人々の熱気が張り裂けんばかりに高まっていた。

 すべての予選が終了し、選び抜かれた戦士たちが鎬を削る本戦大会が、正に今、開かれようとしているのである。


 嘗て、王国の半分を飲み込み荒廃させた、世紀の災厄から数えて20年目の節目の年。


 未だ荒廃した土地すべての奪還には至らぬまでも、嘗ての王都を奪還し辺境地域としての足掛かりを造り上げ、更なる発展を遂げさせた。


 そして、嘗ての災厄からこの国を救い今尚各地を巡っては、数多の人々にその手を差し伸べてきた生ける伝説が、この大会に参加する、と。


 例年に比べても参加者の多い年ではあったがこの一事を以て参加者だけでなく、大会を待ち望んでいた王都の住人らの高揚も最高潮に達していたのであった。

 

 尤も、ここ王都では『勇躍楽進ファンファーレ』の名で知られる我らが一行は、誰一人として開会式典には参加していないのだが。

 無論、職務放棄の類では無くただ単に、人波を制御できなくなることを危惧した大会上層部、ひいては王族からの御達しがあり一行は、人目にはつかぬ位置から式典の様子を眺めていたのであった。


「旧時代の映写機フィルムにこんな一幕があったよね。なんだっけか『ゴミが群れているぞ』だったかな?」

「それを言うなら『王の御前であるぞ、跪け』では在りませんでしたカ」

 

 王城を囲むように聳える尖塔の一つから、眼下を望むディケイが戯ける。が、余り通じているとも思えぬ様子に、鼻を鳴らして気色ばんで見せる。

 その姿は、獣の皮をそのまま鞣して誂えたかのような野趣あふれる装いに身を包み、頭上には月桂樹の枝を編んだ冠が鎮座している。

 今は傍らの四絃琴ベースとはまた別に、二張の弓の調子を確かめていた。


 その他の面子を見回しても、普段の平服や舞台衣装とは違う戦闘前提の装備に身を包んでいる。


 出場の準備の為一人別行動中のソワラを除いた一行は、尖塔内部の一室、儀式魔方陣によって遠方の様子を確認するための管制室にて、最後の調整と支度を済ませていた。


 緊張感の欠片も無い緩やかな雰囲気とは裏腹に、物々しい装備の数々が所狭しと並んでいる。

 彼方には大楯が、此方には甲冑が、向こうの方には一行の頭目が転がっている。


「ぬうん、よし来た!」

「……そら、行くぞ……!」


 向こうの方でぶつかり稽古の如くクリフを転がしているオッペケぺー。

 尤もこれは遊んでいるわけでは無く、一人では装備を身に着けられぬクリフの為に汗みずくになってなっているだけの事。

 単独での着脱が出来ぬ装備に身を包む盾役タンクの存在が、遊んでいないかと問われれば、それに答えを返すことのできる者は一行の中には居ないだろうが。


「よし、後は楯だけだな。もう大丈夫だ」

「……早く、一人で服を着れる様になれ……」


 ようやっと具足の類を身に着けることに成功したクリフが大楯を持ち上げて、一応の準備が完了する。


 鎧の各所からは不可思議な管や線が伸びて幾つもの部品とつながっており、その内一部は左手の大楯に、今は無様に垂れ下がっている右手の管は傍らの手槍と繋がる事になっている。その他にも様々な箇所に奇々怪々な代物が繋がっている。

 一見不審に見えるその装備が頭目の本気の装備であることは、それこそ巷の子供らですらも知っている。


 拡声器マイク代わりの手槍は壁に立て掛けられたままだが、大楯と板金鎧プレートメイルで飾り立てられたその姿は正に騎士もかくやと云わんばかりの風体で、先ほどまで倒つ転びつやっとの事で身支度を整え終えたとは思えぬほど。


「漸く終わりましたカ。既に支度は整っていますヨ」


 此方、王都では久方ぶりに観ることになる半裸スタイルで固めたラルヴァン。

 一つ違いを述べるのならば、腰に佩いた鉄剣の拵えが古めかしい物に変わっている位のものか。

 全身鏡の真ん前で分厚いマントを翻し、ポージングの確認に余念がない。


「……そこの赤子が遅いだけだ……。此方の支度は済んでいる……」


 そう言い募るオッペケぺーの姿はクリフよりも奇怪なもので、まるで等と云う比喩抜きで宙に鉄の塊が浮かんでいる。

 いかなる技術、知識の賜物か。支えも無く足も無く、床から一定の高さを常に浮遊している。其処に繋がる数多の機構も、一見しただけでは理解不能な代物ばかり。

 まるで新種の魔工造物マギアのようになっている。


「そろそろ。此方も。始める。静かに」


 この日の為だけに用意した簡易祭壇の前で跪き、祈りを捧げていたアルケが口を挟む。

 法衣に身を包み司教冠ミトラを抱いたその姿は、何処に出しても恥ずかしくないほどに聖職者然としているだろう。

 とはいえそれも、法衣の胸に刻まれた聖印の意匠を見られるまでは、との文言を付け足さなければならないのだが。


 地上では式典も大詰めとなっており、このままいけば盛大に開幕を告げる花火が上る予定だ。


 それらの考えを頭の外に放り出し、アルケは胸の前で手を組み頭を垂れる。


 口を噤み、静謐の中で一心に祈りを捧げる。

 心の内へと沈み込み、我執の中から内なる声を聞き届ける。


 そのまま深いトランス状態へと入り込むと共に、一つの呪文が紡がれる。


「『神知オラクル』」


 目には見えずともその総身で以って感じ取る事の出来るほどの重厚な神威は、而して計算通りに打ち上げられた花火と開会に対する歓声とで以って打ち消され、眼下には神秘の欠片も降りはせず、序に大仰なその発動の様子も気取られること無く隠し通すことに成功したのである。




 尤も、大変なのはなのだが。




 呪文の行使に成功したアルケの意識は現世とは別の次元へと招かれて居た。


 ソラには星々が煌めき彩り、地には数多の生命で満たされながらも、静謐に支配された不可思議な空間。

 其処は神々の住まう天上世界エディンの一角、四方四辺を押し固める八柱の原初神エンシェント・ゴッドの管理する神域、そこを住みかとする夜刻神の神域であった。


 とはいえ神域であるからといって、誰もが神とまみえることが出来るかと云えばそうではない。

 そも本来ならば『神知』の呪文は、神々からの神託を受けるためのもの。


 幾らなんでも呪文一つで精神だけとは云え、神域に至る等到底不可能。

 ならばこそ、そうなった理由が有る訳で、それが神域であるのならば答は一つ。


『স্বাগতম মই অপেক্ষা কৰি আহিছো』


 ふと気が付いた、否、気付かせた、が正しいだろう。


 顔を上げたアルケの前、何もなかった筈のそこに忽然とが現れていた。


 そも、なぜ顔を上げたのか。

 いつの間に、顔を臥せ、のか。


 不可思議にも思える無意識の行動は、而して当然の物として両者からは黙殺された。


 超抜級の英雄レコード・ホルダーとて、比べられる尺度には無い上位存在。

 数多の神々すらも平伏し、慈悲を乞うより他なき相手。

 世界の原基を生み出し広めた、字句通りの世界の生まれるよりある神。


 世界が生まれたその原因たる三世神の一柱。

 名を呼ばれるべきでなき神の内の一柱。


 加護持つ者からは『寄せ返す波間』の聖印で知られるその一柱が其処に居た。


『সহজভাৱে ক’বলৈ গ’লে:এইটো চাওকচোন৷』


 聞き取る事の出来ぬ神聖言語と共に、脳裏に直接情報の波をぶつけられる。

 

 行きかう人/群衆の怒号/蜜に群がる羽虫/重暗い曇天/重なる人波/萎びた麦畑/朗々と紡がれる呪文/折れ曲がる尖塔/轟く歓声/響く絶叫/飲み込まれる魚群/押し寄せる人々/はじけ飛ぶ泡/張り裂ける大地/頽れる英雄/聳える王城/沈みゆく街並/魔神の咆哮/はらわたを喰らう獣/演説台に立つ人影/暗がりに集う人々/火花散らす刃/赤子の泣き声/干からびた骸/出鱈目に廻る時計の針/響く鐘の音/荒野に立ち尽くす人/落ちて割れた卵/etc.etc.etc.…………。


「ッ!」


 瞬間、千々に乱れる意識が一つに繋がったかと思えば、アルケの意識は祭壇の前へと戻っていた。

 途方も無く長い年月を過ごしたような、午睡の夢を見ていたような、正に夢現の気分から戻ってきたアルケは咄嗟に今の時刻を確認する。


「召喚は。既に始まっている」

「なんだとぉ!」


 次いで出たのは驚愕の一言。

 色めき立つ面々に対し、冷静に事の次第を伝えていく。

 

「此方と同じ考え。召喚時の次元震は。『神の宣誓ゴッド・デクラレイション』で無効化し。秘密裏に召喚。舞台に備えて。潜伏させる」

「場所は分かるか」

「分かる。これから先導する」

「ならば、少し早いですが手筈通りに進めまショウ。逆に考えれば、一手此方も得をしまシタ。まだ、巻き返せマス」


 いち早く立ち直ったラルヴァンが奇怪な鉄塊オッペケぺーを抱えながら走り出す。何せ足がない物だから、階段の昇降が出来やしないのだ。況してや尖塔内部には、乗騎の召喚も搭乗も出来るだけの余裕も無く、不格好に運ばれてゆく運び屋であった。


「じゃあ、こっちも急いで行こうか。ダン小父とは、下で合流するんでしょ」

「ああ、既にこちらに到着している筈だ。さっさと拾って突撃しよう」

「向こうが迎撃態勢を。取るまでは。先走りは厳禁。王都の崩壊が。最終儀式のトリガー。まだ時間はある。焦らないで」


 てんやわんやと騒々しく慌ただしく駆け出していく一行に、見送る姿は何もなく。

 されども気にする様子も無く、前を見据えてひた走る。


 後世に語られるやも判らずとも、大衆よりの歓声を受けられずとも、為すべき事と為さねばならぬ事、何よりもが同じであるなら、ためらう必要などありはしないのだから。


 彼らは笑って決戦の地へと駆け出して行けるのだ。




 そんな中、一人蚊帳の外で隔離されたままのソワラ。

 今大会の目玉でもあるためその警備は極めて厳重に重厚に、警戒して十重二十重に敷かれていた。


 その姿は一端の剣士と魔術師の装いが入り混じった様なちぐはぐさで、 腰の剣と頭上の三角帽子とが実にミスマッチを醸し出している。

 纏う外套も深い藍色へと趣向を変えて、胸元の緋色の留め針フィビュラだけが普段の雰囲気を残している。


「ここまでする必要があんのかね、出たいと言ったのは此方なんだが。まさかとは思うが、此処からバックレるような者だと思われてんのかい、俺は」


 、仕立ての良いソファーに身体を沈めながらぶつくれている。

 尤も、文句を言いつつも備え付けの茶器には手を出すあたり、に見せているふりの様にも見えてしまうが。

 

「チッ、あれは向こうが呼びつけて来やがったからで、式典には出たんだから最低限の顔は立てただろうが」


 それは独り言と言うにはやけに大きくはっきりと、まるで見えぬ何かと話している風を醸し出していた。


『ソワラ。緊急連絡』

「ん、どうした。何があった」


 茶器に伸ばしていた手を止めて虚空へと問い返す。

 折しも二杯目の紅茶を入れ終えたところ、焼菓子をサーブするのは一度諦め話に戻る。


『棄教派が。既に動いている。召喚の阻止は。難しいため。プランBで対応する』

「そうかい。なら、此方も好きにやらせて貰うぜ」

『やり過ぎなければ。何でもいい。地上は頼んだ。以上』


 尤も緊急の連絡とは言え、今のソワラに対しては言伝以上の物では無く。

 そも、それ以上を求められたとて出来ることの無い身の上だ。

 一度止めた手を再度動かし、の茶器の用意を整える。


「プランB?……んなもん無えよ。何時もの事だ」

 

 そのまま訥々と、一人芝居が続いていく。

 合間に菓子を摘み、相槌を打つように頷きながら。


「問題?何があるってんだ、?」


 親しげに、懐っこく。

 身内にすら見せないような、心を許した者だけに見せるような表情を浮かべ。


「俺がお前に、無様な所を見せる訳が無いだろう」


 傍若無人なその様に、常の戯けた風は欠片も無い。


「ああ、任せろよ。特等席で見せてやる」


 尊大に、傲岸に、不遜なまでに太々しく。

 革張りの椅子に身を沈め、脚を組みながら影を背負い話すその様は正に、寝物語の悪役のようで。


 その眼差しは誰に向かうでも見られるでも無く、ただ空へと溶け行くのであった。






————————Tips————————



 『雑草』


 悪名高き廃棄物。

 かの『石ころ』同様のシステムによってスタックされるが、向こうは一定以上の含有物を含むことで名称が変化することに加え、微量に色味や重量が変化するため判別方法が複数用意されており、また素人でも如何にかならないわけでもないのだが、この『雑草』は一味違う。


 成分の違いや植生の違いでスタックが分かれるのは当然として、よく似た近親種や交雑種とでもスタックが分かれる。

 その癖、植物学等の知識スキルを持たない限り、服用したとて名称が解明できず、スタック数のみでしか個々の『雑草』の違いを判別できない仕様となっている。


 その上、一度取り出した『雑草』を一纏めにした上で再度インベントリに格納すると、スタックの分類要項が変化することが極稀にあり、その場合再度判別するのに二度手間になってしまう。


 当然ながら正式名称が判別した場合『雑草』ではなくなる為、同一項目にスタックは出来なくなる。


 なお、同じスタックから取り出した『雑草』であってもバフやデバフが付くかは運(耐性および効果値)しだいの為、そういった部分でも面倒臭い仕様となっている。


 関連項目


 ・植物学スキル

 ・マハーキュリーの観覧庭園

 ・メンシルフック中毒事件

 ・山菜婆


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