机上の空論に意味はない
迫る危機に背筋を振るわせた一行ではあるが、さりとて怖気付いたわけでは無い。
そも、
問題は、此処が人口密集地である事、ただ一つ。
彼らの能力なら、たとえ相手が
ただその、殺しきれるまでの十数秒間に、どれだけの被害が出るかを思えば容易い相手という事は難しい。
そも、世界の破壊を目論む存在こそが魔神。容易く殺される訳も無ければ、潔く死に続けている訳も無し。いかな彼らであったとて、遭遇戦で一度たりとも彼の魔神に、一切の能力を使わせずに封殺しきるなど絵空事。
故に、議論の方向性はいかにして召喚を封じるかに向かっていく。
「王都近郊に召喚されても此方の負けだな。どうにか矮小化させられんか?」
「……想定では六、七割まで完遂している……。此処から巻き返すのは難しい……」
「最悪は。権能行使で。大地震の発生。その数値なら。今でも十分可能」
「その場合の対抗策は?」
「……魔神の権能は、亜神の領域だ……。それこそ
「対抗できる権能って無いの?地震に対応するものとか?」
「そこまで行くと。
「じゃあ、無理じゃない?猫ちゃんの依頼人さんでも足りないよ」
尤も、対策などそうは無いのが現実である。
魔神将など人前に出てくるような物では無し、どんと最奥に構えているのが一般的な概念だ。
叙事詩に語られる大敵として、影に日向に英雄達へと魔の手を伸ばし、その果てに英雄たちの手によって討ち果たされるまでがお約束。
尤も、現在知られている魔神将の討伐記録はその殆どが、手負いか封印されていた魔神将の物に限られており、そこまで劇的な話の流れには為ってはいないのが現実なのだが。
万全の、それも召喚直後の討伐記録など、東西の最恐どもの他には無い。
そも、魔神将自体ここ数百年の間では、五本の指で確認できる数しか見られていない。
歴史や伝説に謳われる英雄達とも比肩する自負のある一行とて、これほどの難敵にまみえた経験はそうは無い。
「ならば、いっそ召喚はさせてしまいまショウ。その上で、被害を出さない様に隔離は出来まセンカ?」
故に、ラルヴァンの妥協案も致し方の無い物ではある。元々彼らは困難に見舞われた者を救い上げる側であり、困難を未然に防ぐこととは縁遠かったのだから、大した案が出てこないのも当然の事。
「……召喚時の、次元震が厄介だな……」
「アレがあるから。召喚されただけで。アウト」
「ムウ。難しいデス」
とはいえ議論の方向性自体はどうすれば被害を無くせるか、に終始しているのも事実なのだが。
実際、一行が万全の状態で待ち構えられるなら、一行の負けはありえない。『
「『
「それだと。防げるのは。召喚時の。次元震だけ。そのあとの。
「ならば、だ。最悪、次元震だけは全力で防いで自滅因子は素通し……には出来んか」
「……確かに被害は減るだろうが……。どちらにしろ、王都ではな……」
「『
「『放逐』だと。長くても一分が。限度。それ以上は。続かない」
「それではあまり変わらんな」
凡百の
総じて魔神将ほどになると此方に呼び出されただけでも当者の意思に関係なく周囲に破壊をまき散らし、その果てに退去の際にも汚染をばら撒くという滅ぼすことに特化した生態をしているが故に、議論は二転三転すれども中々終わらずにいた。
「逆に、王都から行ける範囲内で最も被害の少ない場所はありマスカ?そこに飛ばしてしまえば、自滅因子だけ気にすればいいのデハ?」
「パーティの三分割か、フォローしきれんだろう。不測の事態にどう対応する気だ」
「難しいデスカ」
それでも漸く被害を抑える方向へと議論の先が向かってゆき、少しずつでも案が出てくる。
どだい、無傷で魔神将を抑えようなど無理な話だったのだ。なまじ出来かねない能力があっただけ無理目な話に集中してしまえるのは、一行の欠点ともいえるだろう。
「待って、それって有りな選択肢じゃない?」
「……大会は、王国の一大行事……。国中の貴族が集まる……それこそ辺境からも……」
「なるほど、ダンタースの奴を引っ張り出せばいいのか!」
「言うほど行けますカ?」
「本人は入り婿だし。騎士団長だけど。席を外しても。そこまで無理はない。たぶん。問題は。どこに配置するか」
「まあ、自滅因子持ちの魔神には当てたくはないよね。いざって時の地下のフォロー要員が落としどころかな」
「なら、地下にはディケイサン、アルケサン、クリフサンの三人に加えてダンタースサンで棄教派を相手にしてもらっている間、郊外でワタシとオッペケぺーサンで魔神将を相手にしまショウ。ソワラサンは一人大会に出場という事デ」
前提条件さえクリアできるなら、何も問題などありはしないとでも言うように迅速に配置を決めて行く一行。
直接の戦闘経験こそないとは言え、相手の情報は網羅している。それで致命的な失態を犯すようでは、英雄とまで呼ばれるようにはなっていない。
持ち得る情報から最適な攻略法を模索することも、冒険者に求められる素養の一つであり。
「二人だけで大丈夫か?手数は足りるだろうし火力も申し分は無いが、フォロー要員がいないだろう」
「まあ、大丈夫でショウ。こちらに他の前衛を回す余裕はなさそうですし、転送の為にはディケイサンとアルケサンが其方には必要デス」
「そりゃ、そっちにリーダーさんが行ってれば万全だとは思うけどね。こっちにダンタースの小父さんだけが居てもしょうがないし、それなら兄ちゃんも居てくれた方が助かるかな」
「……その場合は、ソワラが魔神側だろう……。そも、こんな場面でこそ
「敗因は。人徳の無さ。いつも肝心な時に。居合わせられない」
「というかリーダーさん、こっちの棄教者相手の方が気を抜けないと思うんだけど?」
「
「初手殲滅は。御法度。適度に痛手を負わせて。苦し紛れの。召喚をさせる」
「まあ、どうにかして見せよう」
場当たり的な対処であってもどうにかして見せるのもまた、一流の冒険者に求められる素質の一つではあるのだが。
一行がどちらに偏っているのかと云ってしまえば、それは無論出たとこ勝負の方なのである。頭目としてはそれ以上言えることは何もなく、難敵の対処に関しての策以外には、強く当たってあとは流れでの他に何も出てはこないのであった。
暇を持て余している訳では無いが、さりとて室内に籠っているのが好きなわけでもなく。
一人中庭で剣を振り、無聊を慰めていたソワラ。
朝から昼餉までの間は付き合ってくれていた令嬢も、疲労困憊の末に家老に連れられて退場して久しく。そろそろ夕餉に向かうかと、悠々と剣を仕舞い込むその姿に掛かる声が一つ。
「こんな所に居ったのか、お主は向こうに参加しなくても良いのかね」
矍鑠とした足取りで供も連れずに歩いていた老爺。
その眼には興味深げな光が瞬いている。
「決まったら教えてくれるだろうさ。それよりも爺さんこそ一人でどうしたんだよ、まさか夕餉の時間と呼びに来た、なんて落ちじゃあなかろうに」
「それこそまさか、じゃのう。なに、他愛も無い話をしに来ただけの事。取って食うわけでは無いわい、そう身構えるな」
そう言いながらも老爺の目は、矯めつ眇めつ眼前の若者の体を舐め上げるかのように行き来している。
まるで、突き刺すような視線が体の内部までもを覗き込めるかの如くに、ジロリジロリと睨め付けているのである。
「へへっ、おお怖い怖い。助平爺にそんな目で見られたら、俺の体もブルっちまうよ」
鋭い老爺の視線を前にして、思い出したかのように汗を拭いながらタオルで体を隠すような仕草を取るソワラに対し、さらに老爺の視線が鋭くなる。
「お主、その体はどうなっている」
視線を、突きさすように等と揶揄することはよくあるが、本当に剣先を突き立てるが如くに鋭い殺気と共にソワラを見据えている。
鋭く冷たい老爺の声音と共に、手にした杖からは既に白刃が覗いており、自然体の構えからは往時の
「何のことだい、お爺さん。俺はどこにでも居そうな、ただの
漂う殺気に気付かぬはずも無く、されど気にも留めずに悠々と背を向ける。
一見老爺をおちょくっている様にも見えるそれは、而して、老爺には別のサインとして捉えられた。
「シィッ!」
則ち、力づくで聴いてみろ、と。
一閃、鋭く弧を描いた白刃は首筋の薄皮一枚を切り裂いて空に泳ぐ。
振り向きもせずに避けて見せた敵手に対し、老爺は素早く左手の鞘で以って下段に払う。
足払いと見せかけた右手の白刃の追撃への布石を、ソワラは敢えて受ける様に振り向きざまに下がって見せる。
開いた間合いを嚙み潰すようにして迫ってきた老爺は、右の白刃を煌めかせながら鋭く平突きからの斬り払いへと繋げようとするが、するりと差し込まれた左手に不自然に延びた剣先を掬い上げられ、已む無く間合いを取って仕切り直す。
その刹那に、ソワラが一歩左に避ける。
光を吸い込むかのような黒染めの刃が、先ほどまではソワラの居たはずの空間に、何処からともなく飛び込んでいた。
「……今のを避けて見せるのか。本当に驚いたぞ」
泰然自若と構えながらも震える声に動揺が隠せない老爺に対し、眼前の相手は息一つ漏らす様子も無く立ち尽くしている。
数多の難敵を、時には暗に時には衆人環視の中で屠ってきた兵であっても、勝ちの目が見えぬほどの力量差が其処にはあった。
「一つ、聴かせろ小僧」
構えながらも殺気を薄れさせた老爺が問い掛ける。
尤も、その構えからは警戒の色が濃く見えており、下手な答えには問答無用とばかりにその手の白刃が叩きつけられることは、想像に難くない。
対するソワラは頷き一つで答とする。
その姿に、普段の快活さも剽軽さも欠片足りとも見えはしない。
「小僧、お前は何処で生まれた」
殊更に強い語調は、而して不可解な語句を強調している。
何処とはまた大雑把な事を聴くものだ。
出身地の事か、それとも出身階級の事か、はたまた何かの隠語の事か。唐突に投げ掛けられた問はその茫洋さとは裏腹に、二人の間にこれ以上ないほどの緊張を生み出していた。
音もなく足を引く老爺の胸中はその顔を見れば一目瞭然だろうか。否、驚愕と困惑と忌避と悔悟とが入り混じったようなその表情は、余人が読み解けるような代物ではないだろう。只分かるのは、老爺とて確たる答えが返るとも思ってはいなかったことだけだろうか。
しかし、対面の青年はと云えば合間に横たわる緊張感とは裏腹に、朝日の如く朗らかな笑顔を浮かべている。ゆるりと引き上げられた口元も、軽く眇められた眦も、何処とも言えぬ虚空に合わせられた焦点もさながら菩薩絵巻の如き有り様で。
覚者もたるやと言わんばかりの静謐が、其処には沈み込んでいた。
「何処といえば、誰とも知れん女の
驚愕の余りに、滑り落ちた白刃にも気付かぬ老爺の脇をすり抜ける。
漸う振り返った老爺の視線の先には、もはや人影など何処にも無く。
ただ吹き抜けた風の冷たさだけが、交わることのない断絶を表しているかのようであった。
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