大会は、分かりやすい見せ場か踏み台


 伝統ある王都の武闘大会の準備期間もいよいよ佳境へと入り、予選の名を借りた興行の類もすでに終え、残るは本戦出場者を決める戦いのみとなっていた。


 そんな中、例年であれば自棄酒片手に恨み節を溢す酔客でごった返す酒場は、而して、健全な歓声溢れる戦士たちの社交場と化していた。


「そちらさんは、どの区画まで進んでるんだい」

「此方は秋津ンとこの手前までだな。もう少しで向こうから来てる奴らと鉢合わせるんじゃないか」

「そりゃあ凄い、コチラはまだまだだよ」


 何時もであれば、安酒片手にしょぼくれるしかする事の無かった連中であったが、今年は何故か下水掃除の依頼が方方から回ってきており、連日忙しなく下水と派出所を往復している者が大多数であった。

 尤も、依頼を受けているもの等に問えば、仕事で汗を掻いた後に豪勢にツマミをつけて酒を煽れると、実に評判良く。王都の住民からも、飲んだくれ共の数が少なく治安が良いと評判で、例年になく過密となった王都の人口に比して、実に過ごしやすくて快適だと話題に登っていたのであった。





 そんな王都の一件は、今や何処でも語り草、聴かぬ日所の無いような有様で、それは当の地下下水管に繋がる、古びた遺跡の中でも変わらぬ様子であった。


「今日からしばらくの間は、南の方から集団で進んでくるようです。同志たちには向こうに寄り付かない様、注意しなくてはなりませんね」

「綺麗になるのは、とりわけ臭いが薄まったのは良いのだが、これでは外に出ることもままならん。儀式の進捗はどうなっている」

「順調とは言えませんね。バレてしまえばあの数に、一斉に追われることになります。そうなったら御破算ですから、ばれない様にするので手一杯ですよ」

 

 鼠でも寄り付かないような、陰気で醜悪な装飾で飾り立てられた広間で、何人かの人影が頭を突き合わせている。


 一同揃いのローブを身に纏い、背格好すら似通った幾つかの人影が、不気味な魔方陣サークルの周りを囲んでいる。

 どう見たって邪教の儀式にしか見えず、何なら行き過ぎた戯画風刺カリカチュアにも思える程だが、当人らはいたって真面目に議論を交わしている。


「物資の搬入に関しては滞っておりますが、人員の出入りに関しては、逆に人入りに紛れ込ませておりますので、今のところは不審に思われている様子はありません」

「此方も同じく。多少の痕跡は他の奴の手抜かりと思われているようで、今のところは派出所ギルドの方でも問題には上がっていない」

「では問題となるのは、儀式が間に合うかどうか、の一点だな」


「一つ、良いだろうか」


 喧々諤々、話し込んでいた人影たちが、不意に身じろぎせずに静まり返る。


 快活そうな、而してどこか、重苦しい激情を湛えたようなその声音に、になっていた者たちが居住まいを正す。


「監視の者に聞きたいのだけど、なぜ、こんな依頼が急遽飛び込んできたか。経緯を知っている者はいるのかい」


 静かに、安らぎを与える様にゆったりとした口調で告げるその人影は、周り者と同じような格好をしていながらも、同じ輪に集いながらも、而して他の者とは格別の異様を纏っていた。


 背格好に言うべき事も無く、フードに隠された様相は窺い知れず、ただその声と佇まいのみで以って明確に他者を従えている。

 囲う他の者らが跪かぬのが不思議なほどに、それは王として君臨していた。


「申し訳ありません。幾つかの貴族からの依頼であることまでは突き止めたのですが、そこから先は派閥も利害も共通点なども欠片も見えず。現在、調査に難航しております」

「ふむ、そうか。無理を言って済まなかったね。調査に関しては一段落したと考えて、一旦規模を縮小させようか。その旨、通達してもらえるかい」

「はい、直ぐにでも」

「うん、それらの貴族から追加で地下に関する依頼が出たら、迅速に伝えられる様にだけはしておいて」


 先の議論の喧騒など欠片も無く、一瞬にして場を支配して見せたローブの人影は、影の中から鋭い眼差しで以って一同を見渡して告げる。


「この一連の依頼は、何者かからの攻撃だという前提でこれからは行動してほしい」


 唐突な発言に、普通ならばざわめきが起こっても不思議では無いだろう。

 彼らはこれまで隠れ潜みことを為してきた自信がある。況してや未だ仕込みの段階、事件を起こしたこともそれらについての声明を出した事も無い。であるのに自身らを認識し、剰え危険視するような存在など、彼らの認識下では存在してはいない。例え国の憲兵団や諜報部であったとしても、結成されたばかりで何の事件も起こしていない彼らを危険視する要素がないのだから、先の発言はあまりにも寝耳に水と云ったもの。


 それでも周囲の者は黒ローブの発言に、何ら異議を唱えはしない。

 不気味な程に統率の取れたその様に、満足げに頷いた黒ローブは更に二言三言伝えるとその場を切り上げ、不審な集会は其処で終わりとなるのであった。






「それで、英雄殿。ご要望の通りに手は回しましたが、効果は有りましたかな」

「無くても構いまセン。少なくとも急場で動くような、迂闊な手合いではないと判別出来ただけ十分デス」

「依頼に託つけて我等も地下は観てみましたが、巧妙に痕跡が隠されていましたな。一筋縄では行かんでしょう」


 王都の一斉地下清掃、話題になっているのは此処も変わらず、所ではない。


 執務室の長机に広げられているのは、ここ王都の地下下水道に繋がる出入り口を書き込まれた地図。

 市街地から貴族街までを網羅したそれは、王都を造り上げた貴族家にのみ存在する戦略機密情報。

 王家を六部のみしか存在しない、王国の秘中の秘である。


 二十年近く前の物であるにも拘らず、未だに新品の様に小綺麗なそれは、当然のように『状態保存プリザーブ』の呪文によって守られている。


「……此処と此処で、見慣れた顔を観たな……。これで三回、……コイツは一味と思って間違い無い……」

 

 精巧な似顔絵を、机の脇の掲示板に張り付けるオッペケペー。

 見れば其処には同じように貼り付けられた、無数の顔が並んでる。更に幾つかは顔の上にバツマークまで描かれており、殺人計画でも立てているかのよう。


 尤も、内実を鑑みれば当たらずとも遠からず、といった所なのがまた愉快な所だが。

 其々の似顔絵の下には、何処の出入り口を何度通ったのかだけでなく、何処から入って何処から出たのか、同行者の有無や人数、果ては所要時間迄記載されている。

 其だけでなく、対象者の住居や宿泊場所、王都内で複数かつ長時間行動を共にした者まで載っている。


 姿の見えた敵に対する、姿を隠したままの攻撃。


 ラルヴァン発案の策は実の所そう難しい物ではなくただ単に、人手を動かせる人間に頼み込んで無関係な依頼で以て、地下に多くの人を送り込むだけの物。

 その為にナルンケ伯爵に依頼する事を頼み込み、序でに調査の為の場所として一室を借りて簡易の指揮所とまでしている。


「この人、昼間騒ぎを起こしていたよ」

「二回。依頼を受けずに。長時間地下に居た。その後は依頼を。受けているが。滞在時間が。長すぎる。同行者も居ない」

「……そいつも、黒だな……」

「そうなると、此方の男も怪しくなってくるが。どうだろうか?」

「あるとしたら、連絡員でショウカ。要注意人物に分けておきまショウ」


 せかせかと、何処からか流れてきた情報を基に、人員にあたりを付けていく一行。

 複数の状況証拠を突き合わせ、確度を高めて同定するのは調査の鉄則ではあるが、それにしたってどこから集めてきた物なのやら。

 人員に直せば、千は下らぬだろう程にそれらの情報の数と期間、そして範囲は広大なものであった。

 尤も王都全域を対象としているのだから、そうなるのは当然なのだが。


 そんな影の立役者の姿は今は見えず、方々を駆けずり回っているのだろうか、執務室には一行と老爺のの姿しかなく、ただ粛々と作業を進めている。


「ある程度は出そろってきたと思うが、この調子で大会までに間に合うか」

「少なくとも。首魁の類は。引っ込んだままの筈。数人の。漏れが出るのは。間違いない」

「そうですネ。一番知りたい所は、敵も隠し通すでショウ。ですが、この調子なら地下の偵察も可能になるのデハ?」


「……無理を言えば、行けなくはないが……。やらせたくは無いな……逃げ場がないし、そも彼らには似合わぬ場所だ……。バレる可能性が高い……」

「じゃあ、こっちの方から聴いてみるよ。潜ってもいいよって言ってくれる子も、幾らかは居たから」

「……頼む、此方は上に注力しよう……」


 虎視眈々と、包囲の輪を狭めるための策を練るオッペケぺーとディケイ。普段は頭を使わないクリフすらも、書付の整理に精を出している。


「『神知オラクル』の呪文はどこで使うか。いい考えはあるか?」

「使うなら首魁の情報か、奥の手に関してでショウ。それこそ召喚系か、権能系かのどちらかだけでも判れば、大幅に対処が楽になりマス」

「棄教者には。神聖呪文は効果が薄い。それならヤマを張って。一番被害を抑える方法。とかの間接的な物の方が。分かるかも知れない」

「因みに、何回使えマスカ?」

「その後の戦闘の。規模にもよる。『祝福の聖餐セイント・フィースト』で一回。『神知』で一回。これだと緊急の『禁猟区域サンクチュアリ』が使えて。『放逐バニシング』も保険にできる。二回使うと。何かあったときに。対処が不安」

「それなら、一回で最大効果を期待したい所だな」


 情報処理の合間にも、作戦会議を続けている一行。

 普段はここまで頭を使うことなど無いのだが、今回は事態の規模が些か大きい。

 そも、悪鬼バルログの軍勢相手にも、啓示が降る事など無かったのだ。彼らの長い冒険生活の間でも、直接的に啓示を受け取ったことなど今回の事を含めても、片手の指で収まる程度。

 決して気を抜いていた訳では無いが、それでも一層の気合が入るというものだ。


「……もう少し、時間があれば良かったのだが……。大体のあたりは、付けられたな……」

「そうだね、あとは引きこもりがどの程度居るか、くらいだね」


 そうこうしている間に、二人の方は大体の工程が終了した様子で、纏めた資料を手に近くのテーブルに陣取っている。

 身振りで他の者を集めると、資料を片手に説明を始める。


「大まかにだけど、人数は五十人前後。これは見えている数で、中の方に最低五人は隠れてる」

「……買い付けている資材から、大まかな儀式の方向性は召喚系とみた……。それもおそらくだが魔神デーモン系だ……」

「魔神。死廃神シシラヒムの大敵。棄教の理由には十分」

「どちらも邪教ではないか。仲良くとは別に言わんが、教義で禁ずるほどなのか?」


 過去を振り返るのは得意ではないクリフが尋ねる。尤も邪教の力関係など、どんな試験にも出て来やしないだろうが。


「死廃神は。原基生成種セレスチャル側。魔神は異界辿移種フィーンドの大本。この世界の永遠を望む死廃神と。世界の破滅と新生を望む魔神は。相性最悪。なんでも使う死廃神教徒が。唯一毛嫌いするのが。魔神関係。それに与すると言うのなら。棄教も当然。ついでに云えば。死廃神の零落が。魔神によるものとする。論文もある。それが本当なら。信者が許すわけがない。破門され。追っ手を差し向けられていても。可笑しくはない」


 簡単に掻い摘んでアルケが伝える。歴史の内容となるとさらに複雑になるのだが、今必要な部分に限って言えば間違いではない。


 取り敢えずの得心はいったクリフは、喫緊で必要となる情報へと水を向ける。


「なるほど。オッペケぺー、召喚系と目した訳はわかったが、供物の方向性は分かるか」

「……おそらく、上位魔神グレーターデーモンでも上澄みか……。あるいは、魔神将アークデーモン級か……」

「目に見えた変化なく、かつ広域を破壊できるなら『‘‘震撼する‘‘欺天の嘯弄アグレウス』の可能性が高いかな」

「魔神将第八席。かなりの大駒。其処が限度?」

「……おそらくな……。たが啓示の通りなら、確実にコイツが出てくるぞ……」

「他に可能な魔神は、居ませんカ」

「規模と攻撃時の隠密性がね。どちらかだけならともかく、両立するのは他には居ないかな」


 予想はしていても、その名前には一行の間ですら緊張が走る。


 嘗て遠き異邦よりこの世界へと飛来した外来種。世界を喰らい滅ぼし、自らの糧として新生を目論んだ魔神王とその配下の魔神たち。

 

 数ある魔神を率いて大規模な軍団を構築していた、文字通りの魔神の将軍。

 大戦期には七十七柱存在したとされる、滅びの化身。


 今もこの世界への干渉を企て、様々な手法でもって悪意をばら撒く異界辿移種フィーンドの元締。


 探索譚クエストの中でも、とりわけ困難で遠大な、英勇譚訪キャンペーンの中にしか登場しないような、とびっきりの化け物たち。


 その脅威が現実の物となり得た光景を想起して、さしもの一行の背筋にすらも冷たい物が流れるのであった。

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