主役は遅れてやってくる、と言うことは、出番が少ないとも言える



 カンカン照りの昼日中、短い休みの間に腹にたまる食事を求める勤め人と、それを相手どる歴戦の商売人たち。 

 あちらこちらでの威勢の良い呼び込みの声と、客の注文を求める声と、雑然とした流れの中でごった返す人波によって王都の人いきれが最も高まるこの時間に、天下の大通りを二分するような怒声が突如響き渡る。


「手前ェの方から、ブツかって来たんだろうがよォ!弁償だぁ、ふざけてんのかよ!」


 通りの誰もが振り返るようなその怒声、これだけの喧騒の中を貫き通すその声量と声質は、出すところに出せれば小銭稼ぎには困らないだろう。

 尤も今は宝の持ち腐れにしか、なってはいない様子ではあるが。


 見れば料理か何かを被ったのか、汚れた服をこれ見よがしに広げて見せる。腰の段平は飾りだろうか、余りにお粗末な汚れ具合だ。

 対面には、髑髏と蛇の意匠を模った剣帯を締めた強面が一人。空になった皿を手に、肩身狭そうに立っている。


 この人波になれぬ田舎者がよく起こす、昼時の不幸な事故の類かと周囲の者は気を逸らしていく。

 段平男は腹の虫がおさまらぬ様子でしきりに喚き倒してはいるが、対面の強面はその顔つきに似合わぬほどに下手に出ている。身振り手振りから何とか宥めようとしているのが、遠くからでもよく分かる。

 仕舞いには強面が懐から金子の幾らかを段平男に包み渡し、そこで漸くの決着と相成り王都の喧騒には健全さが戻っていく。


 ここ最近の王都ではこの程度の衛兵が出張るほどではなく、されど解決までに少しばかり拗れる問題が多発していた。

 

 今まさに解決したばかりのそれも、もはや日常の事と道行く人は気にも留めず、されど気が咎めたか強面の男は、迷惑料込みの幾らか多い金子でもって店への支払いを済ませる。

 通りへと出てみれば、先の段平男はまたぞろ何か仕出かしたのか、数軒先の店先で再びいざこざを起こしている。


 呆れた風を隠しもせず、ため息一つを溢して強面は路地裏へと足を進める。懐の金子袋を一度取り出し中の金額を確かめた強面は、やおら先の店の裏口へと足先を向ける。


 勝手口の脇、野良猫の屯する屑籠を乱雑にどける強面、突然の暴挙に威嚇の声を上げる猫を一睨みで退散させると徐に、籠の下に合った頭陀袋に手を掛ける。

 髑髏に絡みつく蛇の紋章に刀傷を刻まれたその袋は、見た目の襤褸さとは裏腹に頑丈そうに、撓んだその身で内容物の重さを示している。

 難解な知恵の輪の如く絡み合った口紐を、容易くほどいて見せた強面。袋の口からは薄汚れた金子が隙間なくみっちりと詰まっているのが見て取れる。

 そこから一掴み、金子を乱雑に取り出し懐へと移し替えた強面は、再び難解な知恵の輪の如き結び目を結わえ、元通りに袋を屑籠の下に仕舞い込み、そのまま路地裏をどこかへと歩いていく。


 熟れた風に、暗い路地裏に消えて行くその後姿を野良猫たちだけが、恨めしそうに見つめているのであった。


 



 不吉な啓示や見え隠れする陰謀にも臆すること無き一行ではあるが、だからと言って、地道な調査が実を結ぶ様子も見えない現状には、どうしたってフラストレーションの一つや二つは溜まる物。大会の予選は既に開かれつつある物の、これはまだ序盤も序盤。


 本選出場の目の薄い者たちを集めて行われる大乱戦バトルロイヤルは、どちらかと云えば興行としての向きが強く、の試合形式もあって一種独特の駆け引きや緊張感が楽しめると王都の住民たちからは毎度好評だ。


 何せ普段の試合では回を追うごとに、あるいは生き残りが少なくなるごとに駆け引きは高度に、試合の内容や用いられる技巧も難解になっていく傾向にある。

 無論、強者を決めるための大会であれば至極当然の事なのだが、知識の無い者には解説でもなければ何をしているのか判らない、等という事もしょっちゅうで。


 しかし、この負け残り形式の試合は時間がたつほどに、下手な選手の注目度が上がってゆく仕組み。

 普段から剣闘試合に入り浸りなダメ親父でなくともやり取りが判りやすいのが売りなので、この時期だけは闘技場に顔を出し、たまの非日常感を楽しむ者も少なくはない。


 そんな調子なので、大会出場候補者たちが鎬を削る、本予選はまだ先の事。

 いわんや一行の出番たる本戦は、まだまだ先の先。調査に進展も見られぬ以上はする事も無く、ナルンケ伯爵邸にて結局は令嬢の稽古に付き合う一行。


 勢い余った幾人かが、手足を飛ばすほどに熱を入れていた事もあったがそれはそれ、アルケ救急箱が起きているからと気にも留めぬ一行に、ついに家中の堪忍袋の緒が切れる事件も挟みつつも大勢には変わりなく。




 其の夜も大筋では変わりなく、酒を煽っては無聊を慰める、英雄には思えぬうらぶれた姿を晒していた時の事。


「……大まかにだが、解ってきたぞ……。連中の正体が……」


 だらけ切った一行に、喝を入れたのはオッペケぺーの一言。

 三々五々に、ふらつく頭を抱えながらいざり寄る一同。


「今でなくば、駄目なのだろうか。作戦会議は明日にしないか」


 億劫そうにするクリフ。基本的に酒の類には強くはないため、飲みだすとすぐに潰れてしまう下戸だ、この時間まで起きていたことが奇跡だろう。

 他の面々も連日の深酒が祟り、いずれも本調子には見えぬ有様で在るのだが、オッペケぺーは気にすることなく言葉を続ける。


「……奴らは死廃神シシラヒムの信徒どもだ……。塒の入り口も見つけたぞ……」

「まじかぁ、めんどくせえな」

不死者アンデッド系ですカ。相手どるのは楽ですが、後始末は面倒デスネ」


 愚痴を溢す面々に緊張感は見られない。尤も不死者が恐ろしいのは日の射さぬ夜闇の中でのこと、夜に出くわすのでもない限り王都では脅威にはなり得ない。


 本来であれば、だが。


「……いいや、おそらく棄教派だ……。安心は出来ん……」


 神々に対する畏敬の念と信心により、それぞれの神の教義を順守する聖職者クレリックの怨敵。

 本来あるべき教義を、戒律を捻じ曲げ打ち捨てて、自分たちの利益のために神の在り方を歪めんとする不埒者ども。

 神に対する信仰心では無く、神を奉じる陶酔により神聖呪文を行使する異端者。


 何が出てくるか土壇場になっても分からない、という面において他の追随を許さない面倒臭さを誇る、世界の害悪としか言いようのない連中だ。


 それも寄りにもよって、死からの脱却のためには形振り構わぬ死廃神からの棄教者、元から厄介なそれらの信者が教義を歪めた結果、どうなるかなど真面な者には想像もできない。


「最悪デスネ。元の教義はなんでしたっケ」


「もともとは善良な薬師が。生と死の命題に挑み。最後の答えに。たどり着いたとき。邪悪の道に狂い落ちた。と伝わっている。教義は不死と永遠の探究。伝わる格言は幾つかあるけど。有名なのは三つ。『死は恐るべきモノ忌むべきモノ、知識を集め、心身を鍛え、あらゆる術で不浄を払え』『生者こそが偉大であり死者こそが愚かなる者、生きるための逃走や敗北は、即ち名誉なことであり、自らの死を飲み込んだ行いは愚行でしかない』『限りある物に価値はない、価値無き者を糧として、限りなき者に至るべし』これらの言葉が。大体の信者を表している」


 聖職者として学士セージとして、大体の知識は頭の中に入っているアルケ。尤も、ある種なじみ深い神だからこその、知識量でもあるのだろうが。


「一部一部は真っ当そうなことも言ってんだな、邪教の神様なのによ」

「基本的に。教義の通り。研究や理論を。重視している。そうなると。言ってることは。割と筋が通ってくる。これは。他の神も変わらない事」

「問題は、どのように教義を歪めているのか、だが。方向性は判らないか」

「棄教なら。研究や探訪を。諦めた?不死に到達することが教義。自身の到達を。度外視した?そのくらい」


 いくら頭を捻れども、異常者の考えなど湧き出るはずも無く、あやふやな答えしか出て来はしない。尤もそれは周りの者も変わらないのだが。


「では、其方は一度置いておきまショウ。塒の入り口はどこにあったんデスカ」

「……王都の地下、下水に入っていった……。そこから先は追えていない……」

「地下の下水道は。遺跡の再利用。隠れる所は。幾らでも有る」

 

「ふむ、突撃してしまうか?時間は掛けるだけ、問題しか生まんと思うが」


 クリフの発言はいささか短絡的ではあるが、事実ではある。

 邪教に時間を与えてしまえば、訳の解らない儀式だので大惨事に発展することも少なくはないのだから、根城が判った段階で踏み込むのも十分にな選択肢だ。


 尤も、


「……数が解らないのにか……。逃がしたら、事だぞ……」


 オッペケペーの言葉もまた、正鵠を射ている。


 邪教なぞゴキブリの様な物、一匹残せば何処で何をしだすか判ったものではない。

 それを思えば、せめて数の当たりを付ける迄は踏み込むべきではないとする、オッペケペーの発言も正しくはある。


「しかし、王都の地下での儀式が、地上を対象に取らないとも限らんのだぞ」

「……残したのが自爆紛いの儀式をしたら、それこそ手が付けられん……」


 平行線を辿る二人の会話。どちらもが正しく、しかし両立は出来ないと来れば、意見の衝突は避けられない。


 必要な、而して不毛なその議論を快刀乱麻に断ち切ったのは、これまた剣技の極致を誇る剣聖の一言。


「ならば、無理にでも両立させてしまいまショウ」


 我に秘策有り、と会心の笑みと共に告げられたそれに一行は色めき立ち、早速明日の景気付けにと古葡萄酒ヴィンテージ・ワインの瓶を揃って開けるのであった。






 連日の大会予選に王都が盛り上がっているその最中に、周囲の盛り上がりに反比例するかの如く、陰気な雰囲気の漂う場所があった。

 連日の予選に敗退した、否、予選の対象にも選ばれなかった負け犬未満の者たちの屯する派出所ギルドから、その陰気は放たれていたのであった。


「お前らは何処まで、残れたんだ?」


「俺は最初の方で抜け出したぜ」「俺の出番はまだだ」

「それを言えば俺だって予選にゃ出てないぜ!」

「お前は大会に出てないだけだろ、バァカ」


 威勢の良さなど欠片も無い、沈んだ声の応酬が続く。

 そこには普段、派出所には寄り付かぬ傭兵たちの姿もあり、実にわかりやすく傷の舐め合いの様相を呈していた。


 実のところ、ここの派出所だけが例外という訳ではなく、どこも彼処も自棄酒を煽る敗北者が群れを為しているのが現実であった。


 何せこの大会、優勝者は願いを一つ、王族直々に叶えて貰えるのだ。

 王に成り代わるだとか、姫との婚姻だとかは流石に無理筋だが、一代貴族として名を残す程度なら、能力を示し潔白の身であれば今の王国なら十分検討に値する。


 となれば必然王国全土から、或いは国外からすらも参加するために、強者共が群れをなして押し寄せているのだ。生半な実力では、勝ち残ることなど叶いはしない。

 

 一時の夢に破れ、次また別の夢に逃げ込もうとしていた者たちの耳に、久方ぶりの騒々しさが飛び込んで来た。


「応、お前ら喜べよ!仕事があるぞ!」


 派出所の扉を蹴破るようにして入り込んできたのは腰に段平を括り、不思議に白と赤茶の斑染めの服を着た平凡な顔つきの男。

 周りの者の反応の鈍さを見るに、この喧しさは常の事なのであろう。うっそりと振り向くもの等を気にする様子もなく、段平男は自らの持ち込んだ話を自慢気に喧伝している。


「大店の方から話があったんだけどよ、この大会で王都の住人の数が急激に増えたせいで下水のほうが詰まりそうだって話が出たらしくてよ、俺等に仕事の依頼が回って来んだってよ!」

 

 さも自らの手柄の如く話してはいるが、その内容は大したものでは無く、さりとて何故か連日連夜の深酒で、懐具合のお寒い者たちは挙って依頼に飛びついていく。


 それは此処だけの話しでもなく、王都の派出所ではこれ以来定期的に、くだを巻こうとする男どもを下水に向けて蹴り出す光景が、大会終了まで見られる事になるのであった。

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