暴力が全てを解決する


 結局、クリフとオッペケぺーの全力で以ってじゃれ合っている三人を制圧した後、改めて令嬢からの大会参加の指名を受けたのは、生まれ持った才能を余すことなく鍛錬によって育んだディケイでも、乏しい才を物ともせず正に死線を超え続けることで昇華させたラルヴァンでもなく、天凛一つでその業を振るうソワラであった。


 普段であればブー垂れるであろう残り二人も、依頼人からのご指名とあっては文句も言えず。

 ましてや朧気にでも理由に察しが付くだけに、無理に言い募る事も出来やせず。


 かくして一行の、一連の探索譚クエストの取っ掛かりはここに無事成立するのであった。




「さて、問題は一つ解決したな」


 客間へと戻るなりソファーへとその身を沈め、一息ついて見せるクリフ。


「別の問題が出てきましたけどネ」


 紅茶の底にジャムを押し込みながら、ラルヴァンが言葉を繋ぐ。


「まあ、分かりやすいのは良いことじゃないかな」

「云っちゃなんだが、よくある話だろうよ。短絡的だからな、人間は」


 端の方でボードゲームを取り出している双子。ルールもよく解らず、てんでバラバラな位置に駒が置かれている。


 几帳面なオッペケペーが駒を直しがてら、二人にルールを教え込もうとしている様だが、当の二人の興味は既に次の物に移っているようで、ああでもないこうでもないと三人で喧しく話している。


 頭脳労働で役に立たない訳でもないが、居たら煩いのもまた事実。

 体よく三人を追い払ったクリフとラルヴァンは、二人で話を進めて行く。


「目的も正体も不明ではあるが、大会に出場すると思うか?」

「どうでしょうカ。聞き込みではおおよそ二つの勢力が争っている様ですが、他にもちょっかいは掛けている様子デス。聞き込みで此処まで分かるなら、王国ならもっと調べられるでショウ。それでも彼らが暴れているという事ハ」

「大会には無関係、という事か」

「もしくは片方だけが出てくる、という事も考えられマス。目的が何であれ、一国の王に対面できる機会、早々逃したくはない筈デス」


 頭を捻って考えてはみる物の、余り良い考えは浮かんでこない二人。

 さもありなん、呪文と種族特徴ステータスの暴力で何でもかんでもやり過ごしてきた一行に、そこまでの推理力は無い。


「そもそも、大会に関係あるのかな?暴れたいだけの人達とかだったりして」

「……素性の隠蔽……」

「ま、後ろ暗い所はある奴等だろうぜ。さもなきゃあんだけ聞き込みして、当事者に当たらない、なんてこと早々無いだろうさ」


 そうこうしている内に煩い輩が戻ってくる。

 尤も彼らの言もそう間違っているわけでは無いのだが。


「もう兄ちゃんの魔眼で一人二人、見てみたら良いんじゃない」

「俺の魔眼、生きてるを対象に取ると死ぬほど面倒くさいんだけど、そこんとこわかってる?ねえ、わかってる?」

「だから、一人二人殺して見たら良いんじゃない?それなら楽でしょ」

「……お前はもう少し、倫理の勉強をするべきだな」


 まあ、正しいこと言うとも限りはしないのだが。


 物騒なことを口走り、緊急家族会議を開いている双子は置いておいて。大人組で話を続ける。


「実際のところ、王都の中でどれほど呪文は使える」

「……第三階梯まで、無理をすれば第四までは……。秘匿できるのは、そこが限界だ……」

「そうなると、余り効果的な呪文は無さそうデスネ」

「……そうでも、無いぞ……」


 ニヤリと、悪どい笑みを浮かべるオッペケぺー。一行の何でも屋を自負する魔術師ウィザードは、その手筋の多さが何よりの売りだ。


 習得可能呪文数は他の職能クラスを大きく引き離して一番である魔術師に、同じく生成可能物クラフトアイテム数で一番の錬金術師アルケミストの組み合わせ。


 根本的な相性は抜群なれども、引き出しが多すぎて器用貧乏になりがちなそれを、十全のスペックで振り回す事の出来る者はそうは居らず、更には其処に騎手ライダー軍楽隊ミリタリー・バンド迄追加するなど狂気の沙汰。

 一行の中でも一人だけ、成長度レベルが低いのも宜成るかな。


 そんなオッペケペーだからこそ、多少の制限ではその能力に翳りは見えず、逆に生き生きとしだすのである。


「……要は、奴らの塒が分かればいい……。人目は気にしている様だが、……魔術師の目はその程度では誤魔化せん……」


 云うが早いか、すくと立ち上がったオッペケぺーは一人老爺に直談判し、夕餉の前には場末の安宿へと一行の宿泊場所を変更してしまったのである。

 余りの早業に口を挟むことも出来なかった他の四人は、贅沢な晩餐に後ろ髪を引かれながら、泣く泣く先導するオッペケぺーに着いて行くより他なかった。




 安宿に着くなり相場を遥かに上回る金額でもって、宿の全室を貸し切りにするオッペケぺー。そのまま宿の裏口から出るや否や、怪しげな絨毯を地べたに広げ、これまた怪しげな香に火を点す。

 伽藍とした店内で物寂しく夕餉を食する一行を尻目に、続けて魚の頭を何処からか取り出すと、等間隔に並べ始める。その後も暫く様々な怪しげな代物を使って儀式を続けて行くオッペケぺー。その怪しげな雰囲気に、路地裏の影もおどろおどろしく、ゆらりと蠢く。


 一行が見飽きて部屋に引っ込んだ後も、しばらく謎の儀式を続けていたオッペケぺーだが、双子月も天高く上るころになって漸く儀式が終わった様子で撤収の準備を進めて行く。


 手際よく片付けられた路地裏には、妖しい儀式の痕跡などは欠片も無く。ただその周囲で暗闇に目を光らせる獣だけが、一夜の狂宴を見届けていたのだった。





 翌日、安普請とは云え、他に客の一人も居なければ静かなもの。寝床の粗悪さは、普段から野営を繰り返している彼らには苦でも無く、日の出と共に爽快な目覚めを迎える一行であった。

 

「それで、昨日の収穫は」


 言葉少なく問いかけるクリフ。別段不機嫌な訳でなく、ただの低血圧故の茫洋さに振り回されているだけの事。

 気にかける様子など欠片も無く、久方ぶりの娑婆の空気を堪能しているアルケが一行に朝餉をよそってゆく。


 安宿の朝には似つかわしくない、豪勢で贅沢な料理の数々。よくよく見ればその食器類も、品よく纏められた煌びやかな品々。

 カウンターの奥の方で、店主が目を皿のようにしておったまげているのを気にも留めず、ゆっくりと一皿一皿を堪能しながら食べ進めて行く一行。


 場違いにも呑気にも見えるその光景は、而して古今無双の英雄の、困難に当たっての取るべき儀式の一つ。


 『祝福の聖餐セイント・フィースト


 聖職者クレリックの習得呪文の中で最も高位のその呪文は、言ってしまえばどこでもご飯にありつける、という呪文でしかない。

 ただし、呪文行使者の信心および功績に応じて使用される食材や調理法が一般的なものから、神々の間で饗されるものまで幅広く変化するのが特徴であり、一行ほどの英雄ともなれば並んだ品の数々は、それこそ神々にしか手に入れられぬほどの代物ばかり。


 それらを用いて用意された料理など、一匙だけでも病人が跳ね起きるほどの滋養強壮、万病退散の効果がある。

 ましてや神々から一行に饗された物とくれば、彼らの誓約も相まって、食事だけでも高位の聖職者から受け取れる祝福と、同等の効果を発揮できる。


 不測の事態に備えるために、のんびり優雅に、朝餉に舌鼓を打つ。


 一見矛盾しているようなその在り方こそが、彼らが埒外の英雄であることを雄弁に謳っている。

 そして、その食事を必要とする程度には、あるいはそれが、必要になると判断している程度には、一行の下に悪い知らせが舞い込んで来ているのであった。


「……まだ判らん、此方は、な……」

「凶報は。こっちから。今朝。啓示を受けた。王都が。滅びる。と」


 重苦しい空気を背負って話すアルケ。せっかくの娑婆の空気も堪能する暇なく、早々に難題を背負わされた苦労が顔に滲んでいる。


「時期は。おそらく大会後。始め人波が見えた」

「滅びの詳細は?」

「不明。王都の街並が。瓦礫になっていた」

「遺留物の類は無かったのデスネ」

「無かったはず。俯瞰視点。中から外に。放射状に。崩れていた。中心は。闘技場」

「つまりは闘技場で何かが起きて、それが王都の全域を薙ぎ払った、という事デスネ」


 神々からの啓示など、よほど徳の高い神官でもなければ受け取ることも出来ず、ましてやそれが一国の趨勢を左右するほどのものだ等と。

 余りにも重大かつ凶事であるというのにである。


「それは、随分と楽になったな」

「いやぁ、悪いね、どうやら俺が良い所取りしちゃったみたいで。まあこれも、人徳のなせる業ってね」


 あっけらかんと語るクリフとソワラ。

 さりとて二人だけが浮いている訳でもなく。


「起きてすぐに。見たくも無い顔が。ドアップで在る。最悪の目覚め。昨日までは。膝枕されてたのに」


 苦々しいアルケの言葉には、凶事に対する文句は無く、啓示を下した神への不平不満だけがこもっていた。


 他の一行も似たようなもので、調査の手間が省けたことを口々に喜んでいる。


 別段王都の滅びを疑っている訳でもないし、歓迎している訳でもない。

 それでも、一同揃ってほっとした顔をしているのは、自分たちが細々としたことを苦手としていることを自覚しているからで。

 今まさにやる気に充ち溢れているのは、誰かを守るために力を振るえる現状が最も性に在っており、なおかつ問題を殴って解決するのが最も得意である故に。


 殴れる相手の存在と場所が分かった以上は、もはや彼らの独壇場。

 あとはどこまで、殴る前に情報を集めて詰められるかの問題だけ。


 相手の氏素性や主義主張に関しては、殴り終わってから考える。


 基本的に、各地を回って困っている人の話を聞いては、魔害物モンスターを討伐してきた一行に、目標を追い詰めて討伐する以上の能力は無く。戦闘時の士気高揚と、戦後の慰撫の為の演舞以上の機能は無く。

 

 故にこそ、戦える相手を見出した彼らには、守るべき者を背負った彼らには、自重の二文字は存在せず。先ほどまでの混迷ぶりはどこ吹く風と、悠然と猛然と、眼前の食事へと取り掛かってゆくのであった。

 

 




—————Tips—————

 


 『煌めく スターライトセイバー DX』


 ゲーム内における先史文明時代に作成された汎用兵器の一つ。


 霊素を用いて稼働し、純エーテルで形成した刀身でもって、敵を切り裂く白兵用装備。同種の武装、もしくは特殊コーティングを施した装甲でなければ相殺現象が発生しないという性質を持っている。


 なお、純エーテルは生体に対しては無害な要素の為、これらを武装として選択、また大量生産していた先史文明においては肉体を有する下位存在は少なく、霊素にて身体を構築していた上位存在がありふれていたことになり、それほどの存在が築き上げた文明社会が滅んだ原因は、いまだに学会でも紛糾の元となっている。


 起動と同時に音が鳴り、生体に接触した際には刀身の色が変化する。相殺現象には発光と点滅が発生する等、敵味方の識別や安全装置の設置等、きわめて安全に配慮されて製造されており、後の『煌めく ~~ DX』シリーズの基礎が全て詰まった傑作品である。


 関連項目

 

 ・DXシリーズ

 ・純エーテル武装

 ・全界連盟主催スポーツチャンバラ大会 

 ・先史文明

 

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