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実のところ、一行はまだ参加申請を行っては居らず関係者には当たらないため接触自体は可能なのだが、一行の中では既に出場することは確定しているために、彼ら自身が、自身を出場者としているために律儀に接触禁止のルールを守ろうとしているだけなのである。
そんな、ある種間抜けな状況を誰もが気付かぬままにスルーして、手近な酒場へと入ってみる一行。
朝早くから盛況な店内は、而して人入りとは裏腹に押し沈んだ空気をしている。
接触禁止令に関しては能動的かつ過度の接触を禁じているのみであり、実のところ選手同士の歓談まで止めるような意図は無かったのだが、選手側が資格取り消しを過度に恐れて押し黙っているのであろう。
店内では腕に覚えのある者たちが新参者の品定めを始め、また一部の者はそんな周囲を見ては無意識にできる隙を探っている。
視線のみの無言の応酬、それも普段は彼らが酔いつぶれているような時間帯に、だ。
それは周りから不気味に思われても仕方がないだろう。現に彼らの手元に在るのは酒では無く茶の類ばかりとくれば、店主の鬱陶しそうな表情の理由も察せるというもの。
ある種真面目な者ばかりがこの場所に集ってしまったのだろうが、当人の思う真面目さと周囲の求める真面目さとが此処まで乖離している状況もそうは無いだろう。
その場の空気感に巻き込まれたくは無かった一行だが、さりとてここでイモを引くような見っとも無い格好は見せられぬ、と無理くりにでも開いているテーブルに尻を滑り込ませる一行に、傍から見ていた店主はこれまた大きなため息を一つ。
――火は落とすから好きにやってくれ――
次いで出たのはまさかの営業放棄宣言、たまらず振り返る漢どもの視線も何のその、本当にバックヤードへと下がってしまう。
普段であれば盛り上がりもするのやも知れぬが、今は素面の漢ども。
何だかんだで真っ当な倫理観を備えて居た客達は、仕方もなしに店先の暖簾を下げて戸を閉じる。
重苦しい空気に困惑の成分が多大に注入され、屯する者らの頭には、宙を背に痴呆のごとく間抜け面を見せる猫が団体様で通りすがる。
これには一行も困ったもので、席に座ったは良いものの何も頼めず座りっぱと、実に滑稽な姿を晒す外なく、不憫に思った周りの者が何くれとなく大皿の料理を持ち寄り始め、気付けば普段の喧騒が戻ってきたように賑わっている。
酒こそ手元には無い物の話の肴には事足りぬ、こちらの傭兵は某と名乗れば、向こうの商人は何処そこの者だと、実に賑やか囂しく。
すっかりと場の空気に出来上がった男どもの中で、これ幸いとばかりに一行は動き出す。
先程はあんな事を言っていたソワラだが、そもこの一行は
ましてや相手は荒事に長けた傭兵や、嗅覚優れる商人だ。一目で一行の正体を見抜けなくとも、その大凡の力量には察しがつく。
腕前の程を高く見られるが故に訝しがられる不都合こそあったものの、他には何も問題など起こりようがなく、小1時間ほどで一通りの噂話を集めることに成功した一行。
曰く、毎年恒例の大会が故に見れる顔ぶれも同じものになり易く、実は大会後には参加者の大半が集まる、打ち上げの名を借りた商談会があるとか。
曰く、辺境地域への商路を求めて、中小商人らが結託して一人の候補者を擁立して、優勝時には獲得した販路を共同で使用する団体が毎年複数参加しているとか。
曰く、今年は例年の大会以前に、商人会合や傭兵組合でも見ない顔ぶれが多く参加しているとか。
曰く、今年の大会出場者にはきな臭い噂話がつき纏っているだとか。
他にも眉唾物の話からとんでもない裏話まで、選り取り見取りに聞き込んで。
各々の聞いてきた話を突き合わせていくと、浮き上がってきたのは正体不明の影。
「どこのつながりだと思う?」
「難しいな、この情報だけでは即
尤も、本当に正体不明のままなのだが。
「商人や傭兵だとしても、堅気の者ではないでショウ。ここにいる彼らは大店とは言えませんが、その分横の繋がりを重視していマス。その彼らが知らない見ないと云う事は、真っ当な場所にはそうそう顔を出してはいない、と言うことでしょうカラ」
「……傭兵では無いな、『血の掟』に縛られて居ない……」
「何とも言えねえな、情報が一方的だ」
いくら頭を捻ったところで、新たに情報が出てくる筈もなく。
酒場の者らは既に違う話題で盛り上がり、一行の話を気にした風も無し。
らちが明かぬと河岸を変え、幾らか廻れど出てくる情報には大差なく。
また、それなりに時間も経っているからと、仕方なしに一行は、一度伯爵邸へと戻ることにしたのであった。
相も変わらず厳めしい様相の伯爵邸にて、要塞の指揮所と見紛うほどの無骨かつ剣呑な談話室のその中で、押し黙ったまま卓を囲う人影があった。
右手には平服をゆるりと着こなした当主たる伯爵の姿が、左手には身支度を整え終えかっちりとした戦闘服を着込んだ令嬢が、そしてその、間に挟まる我らが一行。
折しも老爺と令嬢との歓談の最中に戻る形となり、依頼受諾者として強制的に同席させられてしまったのである。
にこやかな仮面を着けたままの老爺とは対称的に、険しい顔付きのまま一行を睨み続ける令嬢。
二人の間に挟まれた一行は、左右の寒暖差に胃の辺りを殺られる幻想を抱きながら、静かに空気の如くやり過ごそうとしてみせる。
「それで、皆様は今の今まで、一体何処をほっつき歩いていたのですか?まさかとは思いますが、ワタクシが意識を失っていた間遊び呆けていた、何て事はありませんよね?」
尤もそれは無謀に過ぎる挑戦であったが。
「ほほ、そういきり立つで無い。一重に、お前さんの力が足りんかったのが悪いのじゃろう」
「そんな事は解っていますわ!話したいのは其処では無く、なぜワタクシが起きた時に誰も居なかったんですの!まさかあれしきの事で、依頼達成とでも仰る気ですの!」
品の良いマホガニー製のテーブルを、ベシベシと叩きながら令嬢が気炎を上げる。
殺気によって意識を落とされたばかりの相手にこれほどの強気で出れる当たり、祖父譲りの負けん気の強さと貪欲な上昇志向とが見て取れる。
傍らに立てかけられた長剣もそうだがその身に纏う装束も、相応に金と手間暇をかけて仕立てられた一品であり、そんな物をわざわざ持ち出してきた当たりに令嬢の本気度合いが透けて見える。
令嬢の佇まいと合わせて見てもどれも品の良い代物であるが、如何せん、この場に置くには格が足りない。
「とは言えのう、ワシから見れば依頼は達成でも良いんじゃよ。若造の鼻っ柱はぽっきりと折れて、目指すべき頂きもしかと見て取れた。もう十分であろう。それともお前は、彼の英雄から、自らが学び取れるものが有るとでも、戯言を宣う気か?」
齢六十を超えるとは思えぬほどのその佇まいに、さしもの令嬢も声が詰まる。
事実、令嬢が本気の装備で全力を出したところで、対するは古今無双の
かろうじて、クリフの動きが参考に為るかどうか程度の代物。
ましてや英雄に教導を付けてもらうなど、依頼としてみればどれだけの値を付ければ良いのか。
一介の令嬢に出来ることなどは最早無く、而してそのことを理解できていない筈も無し。
未だ其方の方向には疎い令嬢の、必死の泣き落としも老獪な政治屋には意味も無く。
故にこそ、声を上げる者が在り。
「では伯爵様、こういった趣向はどうでしょうか」
いくらか声を詰まらせそうにしながらも、頭目として口を挟む。
今回の依頼の主題にして目的を挟み込むために。
「我等の中から代表を一人、今回の武闘大会に組み込んではみませんかな。マリーシャ様にはそれを見て頂ければ宜しいのではないでしょうか。大会には様々な者が参加します。我らの動きだけでなく、それら参加者の動きも見ながらとなれば猶の事。修練の一環としては見に徹することもまた、必要なことで御座いますれば」
そう告げてじっと老爺の目をのぞき込むクリフ。
貴族相手に目を合わせるなど、交渉においては悪手の部類に入る物だが意にも介さず。こちらの考えを、誠意をもって伝えるためにも目を合わせ続ける。
英雄と呼ばれるクリフをして、目を合わせるそれだけで心胆を寒からしめる老爺の眼光に、しかし互いに引かず見つめ合う事暫し。
「では、此度の依頼の報酬は前払いと致しましょう」
譲歩したのは老爺の方か、一行の間からは声になら無い溜め息が漏れる。令嬢からも喜びの声が掛けられ、取り敢えずは場の空気が解れてくる。
「しかし、そうなると何方が参加されるのでしょうか?」
「本戦枠が取れて二枠、それ以上は難しいでしょうな。予選会には、どうやっても捩じ込めはしないでしょう」
口々に語る二人、何だかんだ老爺も血が騒ぐようで、孫娘よりも興奮した様子で身体が前のめりになっている。
と云うよりもだ、そもこの大会の本旨は、埋もれてしまった在野の勇士の発掘にある。
かつては褒賞も願いを叶えるのではなく、国の騎士として取り立てることであったのだ。
それを何代も前の優勝者が自らの栄誉ではなく、生まれ育った村への街道を引く事を替わりの褒賞として願ったのが、今の流れの始まりとなっている。
それ故に、大会では過剰なまでに個人での対応能力を活かす事を求めているのだ。
騎士として取り立てた者が、簡単な裏工作で寝返ったり失脚したりしないように。
宮中で孤立無援となって居ても、問題なく騎士としての力を振るえるように。
参加者への過度の接触を禁ずる御触れは、結局のところ個人での対応力を見定めたいが故の物。
近年は優勝者が騎士と成ることも減ってはいるが、全く見ないわけでもない。
そんな大会で八百長等、ばれた時には多方面に大惨事だ。
それらを踏まえて考えれば老爺の、二枠は取る、の発言も、かなりの横車を押していることがよく解る。
尤もこれは、彼らが相手だからこその発言ではあるのだが。
老爺とて、凡百の英雄相手にはそのような事は言い出さぬだろう。
英雄として二度もこの国を救い、かつては複数の
人品、人格、なりより実力。
そのすべてに、誰もが太鼓判を押す英雄だからこそ、誰が一番強いのか。
最強談義は世界時代が違えども、尽きることなき一つの命題。
それをこの目で見れるのならばと、誰しもが挙って押し寄せるであろうそれを、老爺もまた心待ちにしているからこその先の発言。
とはいえ一行とて、では二名出しましょう、とはいかぬのが苦しいところ。
何せ一行の間でも、力量差は明々白々。前衛として盾を任されているクリフですら、戦闘技能は下から数えた方が早いほど。見世物としてでも成立する組み合わせとくれば、喧嘩っ早い三人衆しかおらず。
一点特化の
この後、明らかに面倒ごとに巻き込まれることが目に見えている状況で、そこから二人外すのはいかにも不味い。
さりとて一行の間で、では誰が出ようか、等と言い出した日にはまたぞろ面倒な事になりかねず。なにやら後ろの方で目線を交わし合っている三人を尻目に、クリフは令嬢へと声を掛ける。
「申し訳在りません。仔細は省かせて頂きますが、この王都でどうやら大会中に一騒動起きそうな様子。故に此方からの出場は一名のみとしたいのですが、マリーシャ様は、どれの腕前が最もお気になりますかな」
もう色々と、頭を使うのが面倒になった挙句。議論を他人に放り投げる、いつもの悪癖を爆発させたクリフに対し、待ってましたとばかりに令嬢が目を輝かせる。
依頼人のそれも貴族の事を放り出し、後ろで取っ組み合いをしだした三人衆。
令嬢の指さすその先にいたのは……
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