お使いクエストは連鎖する


 唐突に閃いた凶刃へと令嬢が反応できたのは、正に天性の才能故という他ないだろう。

 とっさに膝から力を抜き、上体をそのまま後ろに反らす。

 脱力を用いた緊急回避、その動きで首の皮一枚ギリギリでの回避に成功はしたものの、その後が続かず。

 鎌首を擡げる毒蛇の如く執拗に鋭角に翻された切っ先は、ひたり、とその首筋から離れる様子も見せずに倒れこむ令嬢に追随する。


 令嬢の主観としては、気付いたら押し倒され喉元には切っ先があるようなそんな状態に、ようやく認識が追いついたようにじわり冷汗が滲みだす。


 いくら死角になっていたとは言え、形としては正面から斬りかかられたことを認識できていなかったのだ。斬りあいで、相手が格上だから手も足も出ないと云うのとは話が全く異なる。

 

 令嬢自身も自覚はしている経験不足、とりわけ戦場を知らぬ事をこれ以上ない形でに来たことになる。


「ま、こんなモンだろ。お座敷剣術じゃあそんぐらいが関の山ってね」


 喉元に凶刃を突き付けているとは思えぬほど、朗らかに屈託なく語るソワラ。

 驚くべきはその剣閃か、それとも接近を気取られぬ体捌きか。職能クラスに寄らず技能スキルに寄らず、合理も術理も解することなき天凛の業。


 ゆらり、体を起こした彼の手に在るは、誰もが想起した白刃などでは到底なく。


 近くの噴水に向けて投げ入れられたのは角張っただけの。武器を選ばぬなどという次元ではなく、生まれ持った才能の違いを、上には上がいることをこれ以上なく示して見せるソワラ。


 倒れ伏したまま生唾を飲み下すことすら出来ぬ令嬢を尻目に、その手を取り強引に立ち上がらせるは次の刺客。


「じゃあ、次は得意な武器で打ち合おうか。真剣でいいよ、依頼にもあるし傷は付けないから」


 気遣うかの如く柔らかな口調で、痛烈な皮肉を叩き込むディケイ。

 実のところ、立ち合い死合いを問わず口撃トラッシュトークを好む、無法者の部類に入るのがディケイである。

 尤も今の令嬢に、その皮肉に反応できるだけの余裕など、欠片もありはしないのだが。


 唐突に押し付けられたのは長剣と方盾、それも令嬢の背丈に合わせて拵えさせた代物。老爺にすらも話してはいない、令嬢が最も好んでいるスタイル。


 その意味を解する間もなく、対面のディケイは早々に構えを取る。

 肩幅に開き軽く膝を曲げた両足、あえて背に回された左腕とゆるく正中に構えられた右腕とで作られた半身の体勢。

 どこの物かと問われれば首をひねる者が大半だろうその構えは、而して先人たちの知恵と研鑽の結晶、とうの昔に失われ、今また再発掘された古式武術マーシャルアーツを源流に持つ構え。


「じゃ、受けれるなら、受けてもいいよ」


 対人制圧にとりわけ優れたそれを好むわけでは無いが、とりあえず心を折るまではこれ一本でいこうと密かに縛りを入れているディケイは、その内心を悟らせることなく飄々と先手を打つ。


 まずは一手と無造作に、右の踏み込みからの正中拳を放とうとするディケイに対し、令嬢は盾での防御と見せかけてのすかさずの足元への突き。


 踏み込んだ足を狙ったはずのその一撃は、而して当たる様子も無く。されどその動きを予想していたかのように、鋭く切り上げへと繋げる。

 本命の切り上げは、しかし、するりとディケイの服の表面を撫でて終わる。

 連撃を搔い潜られた令嬢ではあるが、そこはさる者、素早く盾での押しやりプッシングに切り替え距離を取ろうとする。

 

 その動きに、不意に姿を見せたディケイの左手にはなぜか巻き尺が。

 

 唐突に現れ、また唐突にその身を投げ出すことになった巻き尺が転がる先は令嬢の足元。

 今まさに踏み込まんとしたその足元に、転がり込んだ珍客にたたらを踏む令嬢に対して、立ち合いの始まりから一切変わらぬ歩様にて距離を詰め切ったディケイの拳が放たれる。

 

 崩れた体勢で受けようとした盾を、すり抜ける様に押しやって。そのままぺちり、と軽く頬を張られ剰え、崩れた体を支えられる始末。


 分を数えるよりも早く、既に二度は令嬢の内心は荒れに荒れ、而してこれより老爺の本命の刺客が牙を剥く。


「では、構えてくだサイ」


 常の優し気な声音など何処へと行ったのやら。研ぎ澄まされた剣の如く冷徹なその声に、令嬢の背筋が粟立つ。


 殺意など欠片も見せずに圧して見せたソワラ、まるで遊びだとでも言うかの様に翻弄して見せたディケイ。

 二人は格の違い、技量の違いこそ見せた物の肝心要の戦場の空気を見せてはいない。


 それはひとえにこの為に。


 剣に全てを、文字通りに国も妻子も捧げ果てた剣聖の、本気の殺気をより引き立たせるために、彼らは文字道理に遊びの如く振舞って見せていたのだ。


 白刃が閃くことすらなく、ただ研ぎ澄まされた剣気のみを以って、剣聖は令嬢の意識を断ち切って見せたのである。




 そのあとは、倒れ伏した令嬢の姿に当然の如く騒ぎとなり、ゆっくりと姿を現した老爺に依頼の件を説明してもらうまで、中庭で実に居心地の悪い思いをする一行であったのだった。





 いくら依頼とは言え主家の令嬢を叩きのめした一行に、家中の視線は剣の如く。

 起きるまでは暫し掛かるであろうとの見立てに、老爺との依頼達成の可否については、起きた令嬢の様子を見てからとの至極当然の判断に暇が出来た一行は、針の筵の邸宅を後にし王都の市街へと繰り出すことにしたのであった。


「まさか、あれだけで落ちちゃうとはね」

「まだ元服前だぞ。あそこまで鍛錬を積んでいるなら十二分だ」

「お前さんよりも才能あったな、あの娘」

「……威勢も良い、前線指揮官向きだな……」

「ちゃんと、ワタシの剣気にも反応出来ていましたしネ。誰かさんと違っテ」

「うるさいぞ貴様ら、そんな男に盾を任せているのは貴様らだろうが」

「……任せたわけでは無い、他に居なかっただけだ……」

「オッペケぺーが落ちたら、戦場で立ち往生するしかないからね。仕方ないね」

「そも、戦場までたどり着けなさそうデス」

「……負担がでかすぎる……」


 例によって例の如く、往来で馬鹿話をしている一行。

 とはいえ、王都の中では喧騒の種類が違い悪目立ちしそうなものだが、今の時期は話が異なる。


 健全な賑わいの王都の市街に、ふとした瞬間に混ざる不健全な怒声や罵声。

 王都の節度を弁えた喧騒など知らぬとばかりに主張するそれは、この時期にはよくある物で、それに眉を顰めるものは居れども切っても切り離せぬものでもある。


「やんのかオラァ!」「スッゾコラー!」


 天下の往来のど真ん中で、通りを塞ぐように出来た人だかりの真ん中、二人の人族ヒューナスがどつき合っている。


 この時期の王都の嫌な風物詩、武闘大会の参加者による小競り合いだ。


 なんせ力によって身を立てようという無頼の集まり、武装商社カンパニーの私兵集団から売り出し中の傭兵派遣団マーセナリーまでより取り見取り。

 ここで王侯貴族の目に留まれば、あるいは崑崙コンロンの重役と繋ぎが取れれば成り上がりサクセスストーリーには事欠かない。

 

 ましてや王国は災厄からの復興を成し遂げたばかり、中央こそ崑崙の勢力が優勢だが地方はまだまだ手付かずの利権が転がっている。いまさら崑崙になり替わろうなどという無謀者は居ないだろうが、それに準ずる野望をひた隠しにしているものは少なくは無い。

 まして国家の立場からすれば、商人風情に大きな顔をされている今の状態が健全といえるはずも無く、さりとて一度に崩れてしまえば先の災厄などとは比べるべくもない大惨事となってしまう以上、子飼いの商人を増やして少しずつ崑崙勢力を削りたいのが実情。


 そも崑崙としても、複数の国家間のバランスを保つためにやりくりをせねばならぬ現状を、決して歓迎している訳ではない。

 すくなくとも、最上層は現在の国家間の取引からは手を引いて、大願成就の為の行動に移っていきたいはずであり、事実としてそのための準備に手をかけ始めている。


 それらの事情のあおりを受けて、今年の武闘大会の熱気は否応なしに高まっており、それに釣られるようにして王都の治安は少しずつ悪化しているのであった。


 おっとり刀で駆けつけた官憲の手によって、しょっ引かれて行った二人の男。

 普段の王都では見られぬ、あるいは昨年までのこの時期でも見かけぬほどの無法者。


 よくよく話を聞いてみれば、最近になって治安の悪化が酷くなってきたとの噂もあるそうで。

 さりとて王都は未だ発展途上であり、廃棄街スラムの類が出来上がるような余裕などとは実のところ程遠く、功績栄達目当てで流れ込んできた大会出場者余所者の仕業だろうと、住民の多くは考えている様子。


「ありえんな。傭兵集団には『血の掟』がある、堅気の者に迷惑を掛けるような真似は


 歩きながらも腕を組み唸りを上げるのは先頭に立つクリフ、本日も人前に出るとあって絶賛木乃伊スタイルだ。血の気の多そうな無頼者すら、腰が引けるほどの不審者オーラを無自覚に放っている。


「武装商社に至っては『報・連・相』がありマス。こんな人目に付くところで無体な真似でもしようものなら、容易く『ムラハチ』にされてしまうでショウ」


 貴公子然とした顔だちを隠すためか、昨日の服装に加えてつけ髭を付けているラルヴァン。若き貴公子から一転、落ち着いたダンディズム溢れる伊達男ぶりを見せている。


「……幕間話サブ・クエストか、面倒だな……」


 オッペケぺーが一行の足元から声を掛ける。王都は基本的に一部の馬車通り以外では騎乗行為が禁止されているため、股下コンパスの短いオッペケぺーは移動が多い現状にげんなりとした様子を見せている。


「んじゃあ、俺らはどっかの酒場で待ってようぜ。聞き込みは魅力値の高い面子で頼んだ」


 しれっと自分を除外して、さも他人の為にとでも言うようにサボりの提案をしだすソワラ。尤も交渉の対象が人族かそれ以外かは大きな違いとなるために、そこまで可笑しな提案というわけでもないのだが。


「兄ちゃんはサボりたいだけでしょ。さっきも仕事してないのに」

 

 身内だろうと背を刺す機会は見逃さないディケイ。別段仕事をさせたいわけでは無いのだが、とりあえずは隙があったら刺しに行くスタイルが芸風だ。


「そも、聞き込みには余り意味はないでショウ。住人の噂がこうなら聞くべきは外ですが、今はまだ出場者には接触できませんしネ」


 この大会、裏取引の類が禁止されているわけでは無いが、一時期暗闘が主題になりすぎて、大会の出場者の質が大きく落ちるという本末転倒な事態が起きて以来、出場者候補同士の接触は、その出場者の大会参加が終了してから、というルールが出来上がっている。


 このルールのミソは大会に無関係な者の接触を禁じているわけでは無い事、そして不文律としてもう一つ。


 大会関係者の、、の文言の有効範囲。


 直属の上司部下、同僚、商社であれば他部署でも、傭兵団は提携先まで。

 それらの人間から受けた依頼に関しても、さらにそれを下請けしても。

 としてカウントする、王国諜報部総出で行われる身辺調査。


 後ろ暗いことをするな、と言うのではない、ばれない様にやって見せろ、と云う。王国からの宣戦布告に近しいルール。

 抵触すれば一律に、参加除外の上に王国上層部のブラックリストに名前を連ねることと成る、大会における絶対のルール。


 その抜け道はただ一つ、敗者が勝者の足を引くことを禁じてはおらず、勝者は全てを踏みにじって勝たねばならぬ、という弱の理論にある。

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