無慈悲なるもの、汝の名は……


 結局のところ、三人いては決着を付けられぬと、いつもの結論に達し自然と戦闘態勢を解除した三人。

 折よく伯爵邸の使用人が晩餐会の支度が出来たことを告げに来て、そのままお開き、決着は次回へと持ち越されるのであった。


 伯爵が用意した礼装に各々着替え、一名欠席のまま一行は、贅を尽くした夕餉に舌鼓を打っている。


 饗された料理はどれも土方の食べるような濃い目の味付け、一行の為に用意された物かと思えば、対面の老爺も慣れた様子で食べ進めている。

 矮躯とは言わずとも、痩身に見えるその体のどこに入っていくのやら、油や塩気で濃く照り付けられた食材たちが吸い込まれるように消えていく。


 一行がはち切れんばかりの腹を抱えて唸る中、老爺は食後のデザートのお代わりを給仕に告げている。恐ろしいことに既にメインのステーキを一度、前菜のクロケットをさらにもう一度、お代わりしてからのそれである。

 昼間に隠居などと嘯いてはいたが、この調子ではまだまだ現役を続けていそうだ。


 ようやっと一行が、油で重くなった胃をすっきりとさせ口を開こうとしたときには、老爺は既に二度目のクロケットのお代わりと、三度目のデザートを食べ終えていた。


「それで、伯爵様。依頼の仔細についてなのですが、何処までを想定されておりますかな」

「基本的には其方に任せようと思っておりますが、二点、守ってもらいたいものが」

「伺いましょう」

「まず一つ、嫁入り前の体、傷は様に。二つ、剣を怖がらぬ様に。お願いできますかな」


 あくまでも、にこやかな仮面を外すことなく老爺が告げる。

 伸びた鼻を折れ、というのに、傷を残すな心を折るなと無理難題を告げている風など、おくびにも出さずに告げるあたり、生粋の貴族の空恐ろしさを感じさせる。


「そうなりますと伯爵様は、孫娘様が騎士になることは構わない、という事ですな」

「当家のしきたりで、必ず男女問わず本家の者は武芸を学ぶのです。当然、鼻が伸びる程度の実力はありますとも。あの子はワシに似て、得物の選り好みをしませんからな。元服さえすれば、王女殿下の近衛にも選ばれても可笑しくはないと、まあ身内の贔屓目ですがな」


 でれり、と相好を崩して見せる老爺。この時ばかりは老獪な貴族としての面も形無しに、孫可愛さを滲ませた好々爺然とした表情を見せている。


 尤も、その直後に元の能面のような笑みを張り付け直すあたり、それもあえて見せた表情であることが明白なのだが。 

 

「故に、現実と今のあの子の実力とを知らしめて頂ければ結構、その結果剣の道を捨てるならばそれはそれ。家のためにその力を振るわせるだけのこと」


 凍土の如き視線と声音、かつての冷戦期を越えた政治屋としての本性を垣間見せる老爺は、然れど一変して柔和な笑みを浮かべる


「ですが、あの子の進みたい道を応援したい気持ちも有るのです。ですから、依頼に関してはお願いしますね」


 特大の釘を刺され、揃って頷くより他無い一行をそのままにしっかりと夕餉を堪能し、一人健康の為にと席を立つ老爺であった。

 



 翌朝、他人の邸宅で寝過ごすのは気が咎めた一行は、日の出と共に動きだしていた。

 尤も邸宅の中では使用人が張り切って仕事を熟している。その中で寛ぐことも、所在無く立ち尽くすのも厭わしかった一行は、早々に中庭へと避難していた。

 無論の事、あわよくば、の下心を隠しながらの行動であったが、それが功を奏したのか未だ朝靄の漂う中には先客の影が一つ。


 木剣を丁寧に、型をなぞる様に振るっているその人影は、年若い汎人種ヒューリンの娘。金糸の如き髪を結い上げ、飾り気一つ無い道着を着込んでいる。

 夏の盛りとはいえ朝はまだ肌寒い事もあるこの時期に、じっとりと汗を滲ませるほどに鍛錬を熟している様子。よく見れば近くのベンチには槍や杖、盾などが置かれており、どれも一目で使い込まれていることが分かるほどにへたれている。


 よほど集中していたのだろう、一行がほど近くまで歩み寄るまでその人影は、気が付く様子を見せなかった。


「あら、お客様がいらしたのですね。こんな格好で申し訳ありません、ワタクシはマリーシャ・ナルンケと申します。お爺様のお招きした方なら堅苦しい作法は結構ですわ」

「いえ、此方こそこのような時間に失礼いたしました。私はクリフエッジと申します。朝早くからの鍛錬、関心なことです」

鉱石人種ガリアンのお方は初めてお会いしましたが、随分と背がお高いのですね。皆さまそうなのですか?」

「いえいえ、私などはとりわけ背高のっぽでして、ほとんどの鉱石人種は汎人種の方よりも背は低く、横に大きいものですよ」


 クリフが頭目として話を続ける合間にも、既に組み手を始めている武闘派三人。

 文化系のオッペケぺーは一人、その様子を見ながらの負荷トレーニングに移っている。

 

 援護射撃も無く、一人令嬢との会話を続ける難題に挑むクリフ。

 

 尤も彼らとて、ただクリフへの意地悪でそんな事をしているわけでは無い。

 貴人との関りを厭う気持ちが七割、これから手ひどく打ち据える事になる相手に、友好的に接することへの引け目が三割、といった所か。

 どちらであっても、自分勝手な事に違いはないが。


 結局、一人では話を引き延ばせそうにないと判断を下したクリフは、早々に白旗を上げることにした。英雄たるもの引き際も鮮やかに、熱くなる前に損切りを決めるのも、また一つの勇気の形。

 そう心の中で思いつつ、早々に斬り込んでいく積もりで布石を打つ。


「伯爵様とはこの新王都が建設された時以来の間柄でしたが、マリーシャ様のように聡明なご令嬢が居られたとは露知らず。昨晩は伯爵様も、久闊を叙するのも程々にマリーシャ様のお話ばかりをされておりましたとも」

「お爺様の事ですから、ワタクシのお転婆ぶりを、面白可笑しく語っていたのではありませんか。――戦場を知らぬ若造の世迷言、とでも」


 血は争えぬと、老爺そっくりな鋭い視線で迎え撃つ令嬢。


 すっかり魂胆を見抜かれて居たようで、令嬢は既に立ち合いのための仕度を整えていた。


「あーっと、何故お分かりに?」

「お爺様のことですもの、ワタクシが騎士に為るとでも言えば、その手の依頼を回す事など簡単に想像が着きますわ。尤も、彼の英雄様がいらっしゃれるとは思いもよりませんでしたけど」

「為るほど、つまりは担がれたと、そう言うことでしたか」

「そういった訳では御座いません。ただお爺様の仰られていることは事実、ワタクシの至らぬところを突いていますわ。当家の兵は主家の者を守るための盾であり剣、ワタクシとの立ち合いなど望めども叶わず。かといって講師の方に無理を言うわけにはいきません。であれば残った方法はそう多くはなく」

「騎士になると仰られれば、経験不足を知っている伯爵様は一度は本気で立ち会える戦士を呼ぶだろう、と」

 

 堂に入った構え、教えたものはしっかりと基礎から教え込んだのだろう。剣術の教本道理の一本筋の通ったお奇麗な構えだ。見るものが見れば、筋の良さは褒めこそすれども脇の甘さはダメ出しが出るだろう。

 近接戦闘はそこまでのクリフですら一つ二つは隙を見つけられるのだ、動乱期の政治屋対暗殺者として暗闘してきた老爺には、それこそカモにしか見えぬのであろう。


「将来、ワタクシが失敗をしたことで家名に瑕がつくようなことにならぬ様、お爺様なら手配して頂けると思っていましたわ」

「マリーシャ様は少しでも多く実践の空気を知りたい。伯爵様は一度でいいから戦場の戦士と立ち会ってほしい」


 故にと、令嬢はその嫋やかな顔に幼き戦士の容貌を滲ませて言い放つ。


 「ですからこうして、本物の戦士と切り結ぶためのお膳立てを整えたのです。殿方ですもの、据え膳食わぬ、等とはお云いにはなられませんでしょう?」


 こうして一行の予想とは裏腹に、朝早くの日の出から早速の立ち合いと為るのであった。



 

 ご指名を受けた形となったクリフが木槍と小盾を手に構えを取る、教本の合理に重きを置いた構えとは異なる戦場で培われた我流の構え。

 槍を持った右半身を前に出し、本来自らの身を守るための盾を引き気味に持つ独特の構え。戦場で、乱戦でも味方を守るためのクリフエッジの戦場哲学を体現したそれは、一見隙だらけであり、事実クリフ自身に対する攻撃に対しては割と隙だらけになる構えであった。


 さりとて使い手が使い手。そも、戦場で自身の身を無防備に晒しても立ち続けられる自負と実績がなければならぬ構えなど、凡夫に扱えるような代物ではなく、必然そんな構えが堂に入っているそのこと自体が使い手の腕前を現していると云えよう。


 尤も、一対一の立ち合いですらそんな構えを取るあたり、クリフの近接戦闘能力の高さに対して、その才能がさほど秀でている訳でもないのが見て取れるのだが。


 それでもクリフの威圧に一歩を踏み出すことの出来ぬ令嬢と、受けてのが構えの根底にあるクリフとでは、互いにお見合いのまま時が過ぎるばかり。

 それを待ってはいられぬ悪童どもが後に閊えていることもあり、場を動かすためにオッペケぺーが『すってんころりスネア』の呪文で横やりを入れる。


「ッ!」

 

 不意に足を取られ体勢を崩さぬように意識がそれたクリフに、令嬢の木剣が襲い掛かる。


 先手を取って放たれたのは素直な袈裟斬り、しっかりと追撃に繋げられる様にコンパクトな振りながら急所を狙っている。

 然れど相対するは歴戦の雄、ましてや敢えて隙を晒すことで一行の盾役タンクとして敵手の攻撃を一身に集める変則型、崩れかけた体勢を留めるのではなく敢えて身を任せることで、右前の構えから大きく体を開くと共に木槍を剣へと宛がい勢いのままに外へと逸らす。

 流された剣をそのままに、令嬢が右の拳を打ち出すのに合わせて放たれたクリフの盾打ちシールドバッシュが腕を抑える。


 流された剣は左腕一本では引き戻すには重く、右腕は盾に抑えられ腰元の短刀にも触れられず、対するクリフは崩れた体勢のままに打ち付けた右膝を発条に、受け流しに用いた槍を突き出す構えを取る。

 破れかぶれに令嬢が前蹴りを放つより先に、クリフの槍が喉元を掠める様にして放たれ、一先ずは決着と相成るのであった。

 

「さすがは音に聞こえし英雄様。手も足も出ませんでしたわ」

「マリーシャ様は攻め気が強すぎますな。少しは不利に思えたなら、一度引くことも選択肢の一つですぞ」


 一勝負を終え、和気藹々と歓談する二人。見てみれば終始クリフの掌の上な内容だったものの、二人の技量や才能、経験からしてみれば双方にとっても想定内。

 片や恵まれた環境で、持って生まれた才能を十全に生かした教育を受けてきた、純粋培養の令嬢。

 片や才には乏しい身の上で、旅するために独学で適応、鍛え上げてきた経験と学習量の暴力をぶつけるしかない無頼漢。


 生まれ種族や才能が劣る側が、経験でもって相手を翻弄する。

 戦場ではよく在ることではあり、また、道場などではあまり実感することのできないを、学ぶことが今の一幕の主題であれば、これより始まるのは本物の戦場。


 故に、せめてもの慈悲と令嬢の息が整うのを待ってから、かけ声も無く合図も無く、頭目の背から容赦呵責なしに凶刃が閃いたのを、誰もが見咎めることは出来ずにいた。






―――――――Tips―――――――



 『トータスヘッドの兜』


 初心者御用達の兜。大抵の地域に生息しているタートル種の甲羅を使用した装備。


 高い物理防御力と耐衝撃耐性を併せ持つ優秀な装備であり、前面が開いているために視界も広くとれる優良装備。


 最大の欠点は製法による装備のシルエット。

 二枚の甲羅を張り合わせ、衝撃吸収用の中張りを厚く敷き詰めた兜は、かぶっている所を正面、若しくは後方から見たときに、その名の通りのシルエットになってしまう。


 なぜかシルエットそのままに修正が掛かる事も無く、長年放置されている。


 性能に惹かれて購入した初心者が、羞恥心から装備を更新するために努力を厭わぬようになるその姿から『道程の兜』とも一部界隈では呼ばれている。


 関連項目

 ・道程の兜

 ・天使を見守る会

 ・タートル装備シリーズ

 ・タートルヘッズ忍者

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