三人寄れば派閥が出来る

 

 そんなこんなで、王都へと足を踏み入れた一行は、目的地へとのんびりと向かっていた。


 急ぐ旅であっても、此処は王都の貴族街。みっともなく走っていては顰蹙を買ってしまう。さりとて馬車に乗ってしまえばその家に、ひいては閥に近しいと言われかねず。


 急ぐ気持ちを抑えながら、傍目には家々を見ながらのんびりと、歩いているように見える速度で歩を進める。


「んで、何処にあんだい、なんたら伯家ってのは」

「ナルンケ伯爵家、だ。王統派の中でもとりわけ、開拓派とのいざこざが絶えん御仁だな」

「大丈夫何ですか、それ。門前払いにされちゃわない?」

「モリガン殿は、いうほど悪いお人ではない、と評していたからな。大丈夫だと思いたい」


 どだい貴族街は軍事行動を取れるように通りは総じて広く同じように作られており、屋敷にしてもいざという時に立て込もるために、敷地を広く塀を高く作られているため、ゆっくりと進まねば容易に現在地点を見失いかねない欠点がある。

 そのため一行は、関でもらった手書きの書き板に従って、ああでもないこうでもないと、意見を交わしながら歩いているのであった。

 故に、


「此処でショウ。もらった地図とも合っていますし、家紋もこちらの紹介状の物と一致していマス」


 とりわけ大きな門扉の前で、気付いたように告げるラルヴァン。危うく通り過ぎる所だった一行は、不審者を見る目つきでこちらを見やる門兵に声をかけるという、一大ミッションを敢行する羽目になったのである。



 

 華美な王都の町並みと言えども、貴族街はまた話が別。

 家々を囲む塀や柵は華美にして堅牢なれど、一歩入れば別世界。

 古い家であるほど、災厄の世を知っているが故に、屋敷に求めるのは一に堅牢二に実用。三四が無くて、五に攻囲。

 絢爛さも追及した王城とは打って変わって、その周囲の貴族の屋敷は無骨な要塞の如き代物がほとんどなのであった。


 そんな砦の如き屋敷の中でも、いっとう無骨な屋敷がこの度の一行の、目的地点であった。


 無骨な外観にふさわしい、無骨で実用的な内装。王都という立地でありながら、防衛戦用、さらには周囲の屋敷との連携も考えた攻囲戦用の装備が、まるで観賞用の代物が如く壁に飾り立てられている。


 一行が通された応接室もまた無骨。どんな想定をしているのか、長巻を振り回すにはもどかしく、さりとて短剣の類では一挙手一投足とはいかぬ、絶妙な間合いを取っておかれたテーブルや椅子。調度品の類にしても、上手い具合に家人の退路は塞がず、さりとて追撃を留めるには適当な位置に配置されている。


 家中もまた、屋敷の雰囲気につられたのか武張った様相の使用人ばかり。揃いのお仕着せを、筋肉によってはち切れんばかりに盛り上げている。

 品の無いと云われかねない様相も、しかしこの屋敷の中では当たり前に思えてしまう。


 度重なる死線を潜り抜けた英雄ですら気圧される程、その屋敷は余りにも異様な存在感を放っていた。


「ヴィーン所の入婿が人を寄越す、何て話を聴いては居たが、まさか英雄殿が来るとはな。ワシも耄碌したようだ、そろそろ隠居の仕度をせねばなるまいて」


 一行の前で、そう韜晦交じりに話している一人の老人。

 腰を曲げて杖を着き、潔く剃り上げた頭頂部とは裏腹に、こんもりと生い茂った顎髭を編み込んだ、眼光鋭き老爺こそが王統派切っての武闘派で知られているナルンケ伯爵、当代その人である。


「改めて挨拶を。お久しぶりですな、英雄殿。この地を離れた後も、お話しを聴かぬ日は無く、ご壮健な様子何より」

「お久しゅうございます。伯爵様に置かれましても、ご健勝のこととお慶び申し上げます」


 頭目にしては珍しい、実に畏まった他人行儀なやり取りが続く。

 元よりそういった迂遠なやり取りや、腹の探り合いに嫌気が差したからこその無頼気取りなのだが、今や彼らの立場がそれを許さず。

 それなり程度の付け焼刃が要を為す内に、些か無作法ながら頭目が本題を切り出してゆく。


「それで、伯爵様、依頼の方について、詳細の方を伺っても宜しいでしょうか」

「良いですとも。此度、当家の孫娘が元服を迎えることと成りましてな。貴族として恥じぬ様、厳しく躾けてはいたのですが。どうにも血が悪さをするのか、お転婆な所がワシそっくりで、婚約者を見繕っても片っ端から叩き返してしまいましてな。仕舞いには「お爺様、ワタクシは騎士となって国と民の為に身を捧げます」等と言い出して。無論、礼儀作法と並んで武芸のほども叩き込みましたので、剣で身を立てることも出来はするのでしょうが、まだ元服は迎えていない年頃。このままでは、いずれ取り返しのつかない所で大火傷をしかねず、恥を忍んでこう云った依頼を出した次第」

 

 所々、孫自慢か自分語りかわからぬ所も混ざってはいたが、一行としても概ねのところは得心がいった。

 が、しかし、老爺は肝心な所で口を濁す。


「伯爵様、依頼の内容ですが此方では、剣を持っての立ち合い、となって居りますが、そのままで宜しいのですかな」


 出来うるだけ、余計なことは言いたくなかった頭目であったが、しかし此処は言わずにはおけず、藪蛇とは思いつつもつい口をはさんでしまう。


「そこなのです。彼の英雄殿に来ていただけたなら、ただ立ち会うだけでは勿体無い、そこで依頼の内容を一部変更させて貰っても宜しいかな。『尋常なる立ち合いにて、家の孫娘をコテンパンに叩きのめす』と」


 言葉尻はあくまでも柔らかに、而して拒否など許さぬと、一層の威を以って告げる老爺。とりわけその鋭い視線は、にこやかな微笑みを崩さぬラルヴァンへと向けられている。

 一行からは、それみた事か、と言わんばかりの冷たい目線が頭目に刺さる。


 ぎこちなくこわばった口の端を、どうにか笑みの形に固定したまま、イエスとしか言えぬ返答をどうにか返すのが今のクリフには精一杯であった。




 依頼を受けて頂けたのだから、とそのまま客間へと案内し、あれよあれよという間に宿泊の支度を整えてしまった老爺は、そのまま。


「飛籠で着いたばかりでは、身体も休息を欲しているでしょう。今日はゆっくりと体を休めて頂いて、依頼に関しては明日から、といった所でお願いいたします。今晩は当家の贅を尽くした歓待を、お楽しみにしてくださいませ」


 と、にっこり笑顔で足早に去る老爺。

 突いていたはずの杖は既に小脇に抱えられ、しゃんと伸びた背筋でもって矍鑠とした足取りである。


「リーダーさーん」

「ええい、言われずとも判って居るわ!仕方あるまい、あれで当初の依頼通りにして後で何か言われるよりかは、最初に譲歩した方が後が怖くないだろうが!」

「まあまあ、その分報酬の方はケチらずに、弾んでくれるでショウ。話を通しやすくなったと考えれば、今回は良しとしておきまショウ」


 してやられた形となった一行ではあるが、そもそも依頼に託けて無理難題をねじ込もうとしたのはお相子であり、その分強く出ることが出来なかったのは事実である。

 さりげなく武闘大会についての話もしてはあるので、老爺の方としても依頼さえ達成できればうまく取り成してくれることだろう。


「んでぇ、どう叩きのめすんだ」


 直截に尋ねるソワラの視線はラルヴァンの方を向いている。尋ねられた方はと言えば、既に意識は寝具の方へと向いているのだが。


「ムゥ、良い品ですネ。ワタシも今度取り寄せてみましょうカ。……あぁ失礼、ソワラサン。どうする、とは?」

「伯爵の依頼は、剣で叩きのめすこと。無論そのあとには何でも有りの戦場バリートゥードでもやるんだろうが、一番は剣技の腕で鼻っ柱を折ってくれって依頼なんだろ?だったら適任はお前さんだろうが」


 ――そっちだったら、俺もやれるんだろうけどなぁ――


 などと諧謔含みに語るソワラ。口ぶりこそ自信なさげに聞こえるが、その視線は鋭く砥がれ、常にないほどに激情が漏れ出ている。


 解り難いし、解らせようともしてはいないが、人一倍自信家なソワラの事。老爺の視線が一度たりとも、己には向けられなかったことが、癪に障ったのだろう。

 何なら今にも、仲間内でも剣を抜こうと云うほどに、殺気すらも漂い始めている。


「なら、ソワラサンが相手をしても、良いのではありませんカ。向こうからの指名は無かったのですカラ」


 対するラルヴァンも冷たくあしらう。

 何だかんだと、己の技には自負も自認もある故に、身内相手だからこそ、譲れない一線もある。


 身体を休めろと言われた直後に、表に出ろ、等と言いかねない雰囲気だった二人だが、そこは流石に頭目が止めに入る。


「馬鹿者どもが、此処を何処だと考えている。白黒付けたくば拠点に帰ってからにしろ。みすみす手の内を晒すバカが何処にいる」


 もっともその内容は、時と場所を考えろ、と同義の内容でしかなかったが。

 さりとてその内容自体は尤もなこと、今でなくば良いのなら、と互いに矛を収める二人。内心はどちらも、己の方が上を行く、といまだに考えていることは丸判りの表情をしているのだが。


「どっちでも良いから、取り合えずどこまでやるのかのラインは引いておかないと、やりすぎても足らなさ過ぎても駄目なんでしょ」


 仲裁なのか煽りなのか、此方もこちらで絶妙に二人の癪に障る物の言い方をするディケイ。


 一度は途切れた視線の応酬が、再び新たな闖入者を加えて繰り広げられる。

 気が付けば既に三人は席を立ち、それぞれが間合いを探るようにして各々距離を取っている。


 最も引いているのはラルヴァン、それは即ち間合いの広さを物語っている。

 逆に前のめりなのはディケイ、寝技組打ちは昼夜を問わずに迅速に、相手を落とす。

 他方、自然体にぼっ立ちなソワラ、の冴えは己が至上と自負する故に、構えを取る事すらしない。


 極地か、研鑽か、天凛か。


 三者三様、それぞれが其々、違った方向性の武芸を持つ故に、たびたび熱くなるのが玉に瑕か。

 尤もここまで熱くなることは、そうそう無いのだが。


「……順繰りに、殴れば良いだろう……。伯の孫娘、……一度や二度で、折れるものか……」

「まったくだ、コテンパンにと言われたのだから、加減など必要あるまい。いざと為ったらアルケに治してもらえば良かろう。……所で、まだ復活せんのか」

「いやぁ、あんまりにもいじらしいモノだから、つい、ね。明後日くらいには大丈夫だと思うんだけど」

「お兄ちゃん、弟のケダモノっぷりが末恐ろしいんだけど」

「血筋でショウ。それこそ、似た者兄弟デスネ」

 

 

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