丑三つ時は午前2時半頃、夜半過ぎは日付変わって2時間ほどだぞ!

 

 草木も眠る、丑三つ時。


 新造の集落には迷霧が立ち込め、闇と相まって進む足先も見えぬ、そんな夜半過ぎには起こった。


 家々からは離れた草むら、鱗角鬼リザードマン人鳥鬼ハルピュイアに合わせて作った為、自分たちの寝泊まりには難儀した挙句、地べたに寝転ぶ我らが一行。


 あれから一度は戻ってきたのか、常と変わらぬすまし顔で眠るアルケと、口元からよだれをたらし、無防備に熟睡するディケイ。


 寄り添い眠る二人からは少しばかり距離を取り、木の幹に背を預け目をつむっているのはマントで身を包んだラルヴァン。その下が半裸であることを除けば、まるで絵画の貴公子のような格好の付いた一幕である。


 叢を払った焚き木の前で寝潰れているのがクリフとオッぺケペー。必死に火を絶やすまいとした努力は窺えるが、この霧の前には無力だったことが、立ち消え煙もたたぬ様子から見て取れた。


 スケコマシのソワラはあの後何処をどうしたか、人鳥鬼の娘さんをたらしこみ何処かでしっぽりと致している様子。近くには影も形も見えやせず。


 

 故にか、は一行の中に降り立つや否や、無防備に眠りこけるアルケへとその凶刃をひらめかせる。


 眠りこけ包まれた状態では、如何に音に聞こえし英雄なれど為す術も無く、きれいなままにその首が胴体より


「??!!」


 眼前で相手が消えたことに、言葉もなく驚愕を示す凶手がしかし、次の動きを見せる前に事態はさらに動き出す。


 一行を包んでいたはずの、否。集落に立ち込めていたはずの霧が、たちどころに一行の周囲に集まるや否や、それらは次々と影を取り、鋭く長い爪をひらめかせてゆく。


 その数は数十を超え、寝こける他の一行らにも向かおうとした、その瞬間。


「そこまでにしといてくんなぁ。死ぬほど疲れてるんだ、寝させてやるのが人情だろうよ」


 音もなく、否。音すらも一撃が、夜の闇を引き裂いていく。



 『背を打つ一撃バックスタブ』、それは何の変哲もない不意を打つためだけの呪文。それを魔道士ソーサラー職能クラスによる効果改変によって、急所攻撃クリティカル隠密攻撃ハイドアタックに特化させ。


 さらに、誓約召喚士ウォーロックとしての契約による肉体や素養の変質を用いて、呪文の詠唱、行使の隠蔽能力を強化する『悪魔の舌デヴィル・スピーク』『悪魔の指先デヴィル・アーツ』を身に宿し、さらには呪文の効果をさせる『魔眼アイバイト』を発現させて。


 演奏家ミュージシャンとしては異色の、音そのもので攻撃するための技能スキル、『音撃の刃ソニック・ヴォイス』に各種、職能、技能を絡めることで。



 唯一人の離れ業オンリー・ワンとして成立させた、不可視にして不可避、必中必殺の

 


「だがまあ、此処まで応援されちゃあしょうがない。特別に、何度だって聞かせてやるさ」


 音もなく、色もなく、光もない。


 ただ一様に敵対者の首が飛んでいく、その様から名づけられた固有技能ユニークスキル



 『脊髄を砕く者ズィー・アル・フィカール



 それは、絶望を可視化させたらこうなるであろうという、余りにも救いのない光景であった。


 霧から生まれた怪物たちでさえ、その威に歯向かうことなど出来ず、次から次へとその体を爆散させていく。


 しかし、爆ぜるそばから再び霧が、形を持って襲い掛かる。


 終わりのない鼬ごっこに見えたそれに、さすがのソワラも辟易とした表情を浮かべ始めたその時、三度状況が動き出す。


「さすがは音に聞こえし英雄様。これだけの数の魔害物モンスターに襲われてなお、圧倒して見せるとは。ましてや調

「この教授プロフェッサー感嘆の極み!」


 何時からか、遠間に離れた草むらに歪な形の人影が一つ。


 話と共に大仰な身振り手振りを取ろうとしているのだろうが、バランス悪く片側にばかり腕や、膝の位置が異なるために震えの隠せぬ足などが、余りにも醜悪で滑稽な様子を見せている。


 常人であれば一目散に逃げだし官憲へと通報するだろう、悍ましさと異様さを纏った怪人であった。



 さりとて相対するは、こちらもまた尋常ならざる英雄であり、逡巡や怯懦とは程遠い存在。

 眉を顰める事も無く、敵とみなしたその時には、不可避の一撃が迸っていた。


 過たず首を刎ねるその一撃は、而して飛ばした首が元の位置へと据えられる。

 敵手の徒労を煽るための、均整の崩れたせせら笑いがその貌に張り付いている。


 而して、それは些かの勇み足という他ない。


逸者ヌル、じゃあな。粘液集合生命体ウーズの類か。人に憧れるのは、ちぃっとばかし早かったんじゃぁないか」


「……ご明察。なぜお判りに?よろしければ、後学のためにお尋ねしたい」


 少しばかりの距離を置き、油断なぞ露とも見せずに立つ両者は、而して襲撃者側がたじろいでいるのに対して、襲撃の受けた側の方が尊大なまでに振舞っている。


 さもありなん、異相の者とは言え、であるからこそ、一般人には区別などつきはせぬ。

 まして一瞥、一合のみを以ってその秘された本性を暴くなどと、尋常な手合いには出来得ることでは更々無い。

 英雄といえどただの人、そんな増上慢が透けて見える口上からして、眼前の手合いが一行を正確に理解していなかったことが見て取れる。


 それを指摘された形になる以上、異形の警戒心は青天井に上がっている。


「バカが。逸者は逸者、人であることは変わり無ぇ。爆ぜ無ぇ時点で其処に在るべきもんが無ぇのは丸判りだ。だから言っただろう、ちぃっとばかし早かったんじゃないかってな」


「そうですか。気を付けることと致しましょう」

 

 云うが早いか、その体をドロリと崩し、粘液体としての本性を露に襲い掛かる教授と名乗った其の存在は。

 而して幾ばくも行かぬ内にその身を包む燐光に、其の動きを止めざるを得なかった。


、気ぃ付けろっての。何度言われりゃ解るんだ」


 既にしてそこは声の届く距離射程圏内、音もなく素振りも無い。而して確かなその痕跡は呪文が発動された証。


 元が何の呪文であったか、推察すらできぬほどに改編と転調を繰り返されたそれは、一種の悍ましさや偏執症を感じるほど。


 今まさに、粘液の体を押し止める泡のような膜もまたその一つ。


 『坐して待つ者アンティザン・ティ―ド


 対象となる者の属性や条件を問わず、任意の期間拘束し続ける最上級の拘束呪文。


 恐るべきはを独自に作り上げた鬼才か、今まさにそれを打ち破らんとしている敵対者か。


 内外からの干渉の一切を断ち切って見せる絶対の枷を、十秒ほどで内より染み出すが如く抜け出して見せた敵手は、而して立ち向かうでもなく


「お前ぇさんには、この位階ステージはまだ早かったのさ。此処で潰えな」


 首が飛ぶでもなく、されどやはり、音も光も何もなく。

 風に吹かれて灰の山が散って逝くのみ。


 そこにいたはずの粘液生命体はすでになく、その痕跡も一切を残さず霧と共に文字道理に、雲散霧消していたのだった。


 

「こうゆう時の夜番なんだから、見て無ぇで仕事しろや、見せ筋かそいつは」

「一人で十分でショウ。なら体を休めるのも仕事の内デス。あとこれはしっかりとした実用的な筋肉デス」

「言ってなんだが、実用的じゃない筋肉ってのも想像しづらいな」

「ボケに切れがないですヨ」

「徹夜なんだよこっちは。動いてきた後なんだから、少しは手加減しろや」





 

 何事も無かったかのように、清々しい朝日の昇る翌日。



 一行は集落内でのルールを決める新たな住人たちを尻目に、車座となって昨夜の一件の話を始める。


「少なくとも、昨日の粘液はぶち殺した。『望郷の魔眼カディモ・リーハ』にもなんも映らん」

「霧の怪物は。特徴から。『霧中の怪人ブロッケン・ツヴェルグ』に。違い無いでしょう」


「‘‘教授‘‘なる者、どう見る」


「異様。不釣り合い。発展途上」

「人の味は、知らなさそうだったね」

「……木っ端……」


「あるいは、本体ではナイ。とも考えられますカナ」

 

「威力偵察」

「引っかからんかったかぁ。オッペケぺーが大根過ぎたかぁ?」

「……しけ込んどるからだ……」

「まあ、こっちも万全になったのは事実だし、こっからこっから」


「なんにせよ、だ。相手は想定以上の勢力と考えていいだろう。少しばかり、気を締めて掛かろうではないか」


 戦力分析、と洒落込むも、起きていたのは戦闘専門脳筋二人だけ。


 ましてや相手に何もさせず、字句道理に封殺した以上。

 情報は無きに等しく、またも後手へと回る我らが一行。


「どうする、今度は引き込むのも苦労するぞ」

「粘液体なら。水場に注意。霧も同じく」

「どちらも、隠匿には向いた手合いですからネ。探すのは難しいデス」


「向こうに出てきてもらう?」

「どうやってだぁ?鬼さん此方、手の鳴る方へ、ってか」

 

「出来るなら。それが一番」

「では、どうすればできますカナ」


「『霧中の怪人』なら、呼び出すことも出来るけど?」

「出来るならば、一網打尽にしてしまいたい所だな」

 

 難題であるからと、放置するなどとは誰も言わぬ。

 元は関りが無いからなど、誰の頭にも過りはしない。


 探索譚の導クエスト・フラグなど疾うに頭の片隅にも残ってはいない。


 困っている者がいて、困らせている者がいる。ましてや、既に一度は干戈を交えた相手なら、殴るに難き訳も無し。



 彼らは冒険者、難題を前に喜び勇む問題児ども。


 久方ぶりの出番に、実のところ皆が皆。殺る気に充ち溢れているのであった。


 「手だてならば、一つ。思いついたことがありマス」




 話し込んでは、話が進まぬ。

 誰が言い出したかは不明なれど、ある種の的を射ている発言にやおら場所を変えだす一行。

 たどり着いたのは『‘‘怖気だつ‘‘魔神蛇ムシュフシュ』の元巣。


「そういや、昨日はこっちに来なかったから、を見てなかったっけ」

「そうデス。『望郷』なら、相手が生きて、何処からだって見えるのでショウ。今が一番の活躍の時デス」

「お前俺の活躍見てたよな、最前線で見てるだけだったよねぇ。ねぇ」

「……早くしろ、潮目を逃すぞ……」

 

 ソワラ、ラルヴァン、オッペケぺー。戦力のバランスをとった結果、何か他の大事な物のバランスを失ったような一行の片割れは、討伐した上位魔神グレーター・デーモンの元へと来ていた。


 昨日は討伐を優先したため、そのままにしてあった筈の死骸は、しかし。


「無ぇな、何にも」


 出迎えたのは、伽藍洞。

 上位魔神の死骸など、宝の山であり、他方汚染物質の山でもある。


 処理だけはした為、二次被害などは起きないだろうが、それにしたって。


「杜撰だな、そこかしこにが残ってるぜ」

「ビンゴデス。どこに向かっていますカナ」


 に過ぎるというものだ。


「山ん中、こっからはそれなりに離れてんなぁ」

「……乗れ、飛ばすぞ……」


 ここまで的確にをたどる事の出来る相手など、そうは居ないといった所で、この手の追跡は呪文で代用出来なくも無い。


 なればこそ、それが意味するものは明白である。


「さっさと片づけて、向こうに自慢してやろうぜ」

「そうですネ。ついでにお酒の代金、共有財産から出したことを、ここぞとばかりに詰ってやりまショウ」

「……ナヴィゲートは……五秒前に……。っ!こっからはぁ!突っ張って逝くんでぇ!夜露死苦ゥ!!」




「暑苦しいんで、二ケツ、代わってもらっていいですか」

「OH、Sorry。ワタシ身体が厚くて後部座席に入りまセン。ザンネンデス」

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