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暑苦しい特攻野郎に乗せられて、森の中を
一瞬で特攻服へと着替えてのけたオッペケぺーは、立ち入る木々も何のそのと、二輪鉄車に備え付けた
騒々しく排気音を上げ、大岩すらも容易く跳ね上げ砕き割っていく。その威力、速度は生半可なものではなく、間違いようもなく違法改造の結果の産物であった。
なお、
「なゼッ!側車には!衝角も!せめて風防の一つも!付けてくれなかったんですカッ!!」
剥き出しもろだしの側車に乗るラルヴァンは、己が技量一つで迫りくる、何なら隣で風防が弾いた木片すら襲い掛かる中、一人孤軍奮闘を重ねていた。
「がんばえ~、ラルヴァンしゃん、ガンバ~」
「今からでも引き摺り下ろして変わって差し上げましょうカ!」
「どけどけどけぇ!轢き潰して逝くんで、夜露死苦!」
騒々しいのは乗り手か鉄車か、どちらともいえぬ様相のまま、隠密や斥候、即ち様子見の選択肢の類に、ついぞ触れることすらなく。
敵手の待ち構えるであろう洞穴の中を、颯爽と突き進んでいく。
まさか、と思ったのだろうか。
洞穴内に仕込まれた
体が小さくとも殺傷力に優れた『
最奥には
いかな腕利きであったとしても、無事で済む保証など無い、万全の態勢。
何重にも守りを重ねたその要害を、二輪鉄車で易々と踏み潰して、今。
真昼中に、堂々と、
「……ご注文のお客様に、此方の冒険者をお届けだ……」
最奥ではなくその途上、一度は見過ごした、部屋からつながる大広間に、それは居た。
「おや、もう着いたのですか。随分とお早いお着きで、お茶の用意もまだなのですがね」
『
その周囲には今しがた起動したばかりと思われる魔方陣が幾つも、燐光を放ちながら宙に掻き消えていくところであった。
「お出迎えの奴等には、早く行ってくれって、せっつかれたもんだがね。教育がなって無いんじゃねえのか」
「何であれ、手間が省けまシタ。此処で捕らえさせて、頂きマス」
「おや怖い、もう勝った心算かね。昨日は私を殺しきれなかった癖に」
「そも、昨日のは分体でショウ。殺される事前提の、違いますカ」
会話を交わしながらも、手早く隊列を組む一行半。
それを見ながらも、動きを見せぬ眼前の怪人。
遂に、火蓋の切って落とされる、正にその直前に、落とされたのは別の声。
死角となっていた
「おやおや、少しばかり気が早いのでは?お茶を今、お出ししようというのに。貴方も少し落ち着いてはいかがです。私たちは話し合いを、しようとしたのでしょう」
「仕方、ありません。先ずは話の方を済ませて仕舞いましょう」
云うが早いか、其の歪な体で器用にテーブルに茶を並べて行く。
「分体、では無いようですネ。並列個体デスカ。珍しい者が出てきましたネ」
「んでぇ、話ってのはナンだい。あと茶ァ出すなら椅子もだろうよ」
「……歓待なら、受け付けよう……」
悠長に、鷹揚に、彼らは各々、椅子を引き出し座りだす。
それは彼らが
自らに課せた誓約の一種。
『
相手の素性が何であれ、相手の目的が何であれ、目上も目下も区別なく。
歓待されたなら、一度目はそれを受け入れる。
英雄であるための、人々に愛される存在であるための、彼らの
たとえそれが理由で不利になろうとも、罠に陥ろうとも、他者を許し肯定する姿勢を、彼らは体を張ってでも体現し続けている。
それが彼らの思う、思われたい、英雄像の一つ故に。
歪な卓に、茶が五つ。少しばかり離れて座る両者の距離が、相対する者の警戒心を物語る。
されど、
「……まあまあ、茶葉は良い……」
「煮だし過ぎデス。この茶葉はもっと熱い温度で素早く抽出することで、花開くように薫るのデス」
「茶請けは無ぇのか、仕方無ぇな。こっちから出してやんよ」
「ワタシ、それは嫌いデス。押し付けないでくだサイ」
警戒心は持ったままに、優雅に、鷹揚に、各々カップを傾ける。
ソワラに至っては、腰元の
「……誘ったのは此方とは言え、良いのですかな。毒が入っている、等とは思わなかったので?」
「バカをいうなよ、経験済みだ。そんなんで殺せねえから英雄なんだ。甘く見んなよ、青二才。役者が違ぇんだよ、手前らとはな」
尊大に振る舞うソワラ。相手に対する怯懦ではなく、自らの矜持に掛けての物。であるならば、臆すること等あり得ない。
そも、一度であれば毒でも何でも飲んでやろうと、それを示すが為の誓約。
悪意を飲み干し、善意を示す。
例え敵対することが避けられなくとも、言葉を尽くす機会を設ける。其れを言下に伝える為に。
「なら、このまま話をさせて頂きましょう」
故に彼等は静かに言葉を交わす。
——貴方方は、この世界をどうする心算ですかな?——
「複雑ですネ。この世界と言われても、何処の事を指しているのですかナ?」
静かに盃を、言葉を、交わしてゆく。
「無論、この
分水嶺は当の昔に過ぎ去った故に。此が、言葉を交わす最後の機会故に。
「貴方方の横暴によって、この世界は醜く変わってしまった。なのに、貴方方は其の責任を取ることもなく、この世界を去ろうとしている」
もはや誰も、カップからは手を離している。
「故に、聞きたいのですよ。貴方方の考えを、この世界をどうする心算だったのかを。」
「どうする心算もありませんヨ」
静かに、語り出す。
「世界とは、そこに生きる者達に寄って造り出される物、我々はあくまでも
「この世界の有り様に、我々が為に変えて良い物は、在りまセン」
で、在れかし。
そう、信じるがゆえに。
「故にワタシは、こう答えマス」
「世界を変えたのは、そこに在る者全ての思イ。変わりゆく世界もまた、一つの姿」
「貴方達が受け入れない今の世界を、愛する誰かの為に剣を取ル」
「貴方達の言う、責任の取り方ならば、其れで以て示しまショウ」
「貴方達が世界を嫌うのは、自由ですガ。其の気持ちを、無関係な人達に向けないで頂きたイ」
「そうか、もういい。死ね」
戦端は唐突に開かれる。
死骸となっていた『‘‘怖気だつ‘‘魔神蛇』が、轟、と空気の壁を押しやりながら伽藍の身体をくねらせて突撃する。
其の動き合わせる様に、二体の怪人は後方へと跳躍しながら、腕だった部位を引き延ばし、鞭の如き牽制の一打を打ち下ろす。
卓を跳ね上げて迫る拳を打ち据え、抜く手も見せず構えすらなく、魔神蛇の突撃を去なしたラルヴァン。
素早く下がりながら
鳴る筈の無い音が響くと共に、色取り取りな槍が虚空から産み出されては、魔神蛇と怪人らへと突撃し返す。
それは単純な魔術呪文、『
相手に合わせて攻撃の属性を変換でき、更には着弾地点に属性に合わせた地形効果を与える。
攻撃のみならず牽制や防御にも使える、
驚嘆すべきは其の数、通常二本三本が関の山なこの呪文を、総計十六本打ち出す等、目の当たりにせねば到底信じられぬ光景である。
氷に油、泥に草花。魔神蛇の身体に絡み付き其の移動を阻害する一方。怪人等には火に雷、衝撃と、攻撃と共に体勢を崩す為の一撃が。
此だけの数を制御仕切って見せた其の実力は、正に英雄斯くあるべしと云ったもの。
脅威と思ったか、怪人と魔神蛇が其の矛先を向けんとした其の矢先。
怪人の横っ面を跳ね飛ばした拳が一つ、そのまま上から微塵にひらめく剣閃すら見せずに、輪切りに切り落としてゆくラルヴァン。
更にはソワラが、魔神蛇へと止めの一撃を叩き込まんと大きく弦をかき鳴らし、見えざる刃で骨と皮ばかりのその体を、さらに風通しよく穴だらけに変えていく。
英雄達の息もつかせぬ猛攻に、たまらず魔神蛇は其の巨体を跳ね上げ距離を取りながらも、毒をもたらす尾撃で以て押し潰さんとする。
さらには虚となった眼窩をソワラへと向け、骨となってもその身に宿る『
反撃を叩き込まれる形になったソワラはしかし、唐突に陽炎の如くその身を揺らがし、岩をもこそぐ尾の一撃を空かして見せる。
『
眼窩に蟠る影より放たれた『
苦し紛れの一撃はそのまま悪手へと変わり、ソワラの放った数条の『
更には後方、虚空を連打し呪文を重ね掛けしたオッペケペーが、雨霰と『混色の投擲槍』を打ち込んでゆく。
怪人らは必死になってラルヴァンへの反撃を繰り出すも、一切が当たる気配も見せず、況してや其の返礼とばかりに翻る剣閃は始点も終点も見えること無く、只結果でもって既に振るわれた事を示すのみ。
粘液生命体は物理攻撃には滅法強いとは云え、其れはあくまでも同格の相手までの話。
此処まで
況してや剣聖の振るう一撃には、理外の術理が付きまとう物。只の剣士の只の一撃と云ったところで、物理法則に乗っ取っていなければ、粘液体の物理耐性も意味を為さず。
結果として、ものの数十秒でもって、魔神蛇は砕けた破片へと其の姿を変え。
粘液生命体は人形を取れぬ程にぐずぐずに溶け落ちていた。
最早身動きも取れず、抗う術もない様相。
それでも、広間の四隅で怪しく輝く魔方陣が、一つの結果を物語っている。
『ヒハハハハッ、バカめ、これで貴様らは終わりだ!』
『今この空間の接続を解いた!直ぐにこの場所は時空間の狭間に呑み込まれ消えて逝く!』
『私は此処で消えたとしても、幾らでも替わりはいる!』
『しかし貴様らは違う!』
端的に言えば自爆であろう。尋常な手段では最早逃れる術もない。
『試合には負けたが、勝負には勝ったぞ!』
「辞世の句は、それで十分デスネ」
音もなく、光もなく、色もない。
過程も、結果も、因果すらなく。
其の剣閃は全てを切り捨てた故に。
過去も、未来も、現在も無く。
付きまとう物全てを削ぎ落としたが故に。
過去の栄光を喪ったあの日から、只ひたすらに剣を振るっていた。
獄に繋がれたあの時から、剣以外の全てを忘れた。
全てが無に帰したあの瞬間、剣にすらも意味を無くした。
故にこそ、一つの真理に到達し得た。
此の世の全てに価値など無い。
なんと、救いの無いことか。
ふざけるな。
己が切り捨てた物は、削ぎ落として来た物は、
此処に至る為の物だった!
ならばこそ!全てに意味が無いのなら!
此の真理こそが無価値な物だと、誰が否定し得るものか!
嘗て、そう吠えた男がいた。
全てを捨てて、至った真理すらも捨て去った。
此の世の全てに悲観した男。
ならばこそ、全て同様に価値がないなら、
逆説的に全ての物は、捨て去ったのちに価値が付くのでは?
『
其れは摂理の反逆者、此の世の真理、『失せば無くなる』その事に反旗を翻した慮外者。
一度は全てを捨て去った故に、全ての物に触れ得る者。
虚空へと還った剣閃を、価値在れと此処に呼び戻す者。
今ここに、魔人の剣が全てを別つ。
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