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 広間があった筈の空間、その目の前に彼等はいた。

 何もなかったかのように、痕跡の一切を消した広間にその続き部屋と、其処にいた筈の者達。


「……すまん、助かった……」

「いやほんと、あんがとね」

 

「イエ。無事で何よりデス」


 転がっているのは三人だけ、死骸の類も並べられた茶の類も、オッペケぺーの二輪鉄車バイクも皆々纏めて時空の彼方へ露と掻き消えてしまっていた。


「残念デス。たいした情報は得られませんでしたネ」

「……そうでも無い……」

「マジで?ぶっちゃけ『樹精の棲家サステナヴィティ』関係かも聞けんかったけど」

「……突撃直後に、呪文で粗方……精査は、此れからだが……」

「無問題デス。流石は仕事人、憎いですネ~。よっ、この燻銀!」

「……よせ、照れる……」


 洞窟の中でじゃれ合う三人、敵地であったとは言え既に中は制圧済み。オッペケペーの話によれば資料の類いは回収済みで、首魁と目された相手も自滅、と最早この地に用はなく。


「では、此方も戻りまショウ。向こうも、終わってそうですガ」




 

 ――時は少しばかり巻き戻る――



 強襲班が騒々しくも出掛けた後。


 居残り組は襲撃を警戒して広場に集まり、カバディを繰り広げていた。



 

 ……またも、時を遡ろう。




 あれは、一行が頭目リーダーの迂闊に過ぎる発言に寄って、金欠となった頃。

 個人財産のみならず、共有財産にまで手を着けた頭目を、縄で縛り上げて火に掛けていた時の事。


 誰が言い出したか、火に掛けた頭目の上に順繰り銅貨を置いていき、崩した者が焚き火に手を突っ込んで総取りにする。等と云う頭の逝かれたゲームを考案、話の流れでそのまま頭目に銅貨が積まれていったは良いものの。


 いかな英雄とて焚き火に手を突っ込みたくはなく、慎重に積まれた銅貨の重さによって結わえていた縄が切れ、無事頭目が荼毘に附されたその後の事。


「納得いかん!」

「今さら、何を言ってんですかい」

「払う物は。払った。其処で終わり。後は頭目から。回収するだけ」

「其処が納得いかん!奢れと言ったのはオッペケペーだぞ!私も被害者だ!」

「……間違いは、誰にでもある……」


「……でも今は、そんな事はどうだっていいんだ。重要な事じゃない……!」

「おい!誤魔化しに掛かるな!」

「でも、本当にどうするかは考えないと。リーダーさん、身売りする?」

「なぜ!本当になぜ!売れると思っているのか!?」

超抜級の英雄レコード・ホルダーが売れない事が在るの?」

「そう言われると、本当に売られそうだから止めてくれ!」

 

「リーダー、文句ばかりじゃあどうもならんぜ」

「ここは、はっきり白黒つけまショウ」

「……ならば、何時も道理に……」

「良いだろう、受けて立つ。カバディだ!」




 話は戻って来てしまう。




 借金の減額を掛けてのミニゲーム。

 守備アンティは二人、アルケとディケイ。


 対する攻撃手レイダーはクリフエッジ。


 得点に応じて借金がする地獄のような条件で、馬鹿騒ぎが始まった。


 

「カバディ!」


 威勢良く突き進むクリフ。相手は軽量級が二人、やろうと思えば引き摺りながらでも帰陣できる。


 而して相手もさるもの、目線も交わさず言葉もなく、然れど阿吽の呼吸にて素早く立ち位置を入れ換えていく。


 どだい足を止め、力と体幹で以て相手取るのがクリフの土俵。


 足を使っての撹乱と一瞬の隙を付いての連携攻撃が本領の二人。


 必然的に闘いは、隙を見せぬようじりじりと歩を進めるクリフと、其処から逃げつつ隙を伺う二人となる。


 しかし、時はクリフの味方ではない。


「『召喚・コール・』…」

「カバディッ」


 少しでも攻勢を弛めれば、或いは片方に気を取られてしまえば、もう片方が呪文を唱える。


 無論、目の前でむざむざと唱え切らせるクリフでもないが、動かされてしまうのは事実。


 三十秒というのは呪文を唱えようと思えば、三度は唱えられるだけの時間。例えそれが欺瞞で在ろうとも、座して観るには長すぎる。


 クリフの勝利の為の条件は二つ、

 まず一つ、倒されない。

 そしてもう一つは、先にアルケに触れる事。


 次の攻撃には、ディケイが出てくる。

 アルケでは、クリフからの得点は望めないが故に。


 故に、先にディケイに触れて仕舞えば、アルケが遮二無二かかって襲ってくる。そうなった時、天秤がどちらに傾くかは誰にも解らない。


 故にクリフは安全策を取る。

 先にアルケに触れる事が出来れば、次に出てくる予定のディケイは積極的なキャッチは狙いづらくなる。

 

 じわりじわりと制空権を詰めてゆく、1M、80㎝、50㎝、30㎝。


 アルケが少しずつ逃げ場を失い、それに伴って動きが少なくなってゆく。


 仕舞いには、双方身動ぎもしなくなる。


「カバディ、カバディ、」 


 息遣いだけが木霊するなか、唐突に。


「カバディッ」


 動く。


「ッァ、」


 動いたのは、アルケ。



 獲ったのは、クリフ。



「カバディッ!?」



 ではない。


 

「獲った!」


 ディケイ、渾身の特攻チャージが膝を取る。


 崩れ出した体勢のまま、帰陣の為に身体を反らさんとするクリフ、の先に待つアルケ。

 膝を取られ、上から両肩を抑えられたクリフは、敢えなく白旗を挙げるのであった。


 


 さて、其れでは攻守交代、と言ったところで。



 広場に敵が沸き出ると言うイレギュラーが突如として起きる。


 滲み出るかの如く、至る所から姿を現す敵影。それらが動きを見せる、その前に。


 

 まず、動いたのはクリフ。無数に沸き出た敵の全てを眼前に引き摺り出すべく、全力の咆哮ロアーをあげる。

 敵愾心ヘイトの集中も待たずに、アルケが重ねて『禁猟区域サンクチュアリ』の呪文を掛ける。


 クリフエッジに敵愾心を集め、敵対行動を封じる『禁猟区域』の呪文で対処のための時間を造る。

 一行の多用する、手抜きな対応。


 而して其れは、多用されるだけの有用性がある事を示す。

 

 滲み出す様にして現れた『霧中の怪人ブロッケン・ツヴェルグ』が、一斉にその動きを止めてゆく。さらにはその後方で奇襲の機会をうかがっていた『幻日の暗殺者フォビドゥン・ストーカー』が、強制的に擬態効果を解除されてゆく。

 その間にディケイが『召喚・女王の兵団コール・トランプソルジャー』を用いて、広場に現れた敵を更に外から囲み、攻囲を固める。


 そうして捻り出した時間で以て隊列を組み、さらに呪文を重ねる。


 奇襲してきた敵に対して、瞬時に万全の態勢を整える。

 英雄たる面目躍如といったところか。


 そして、態勢を整えられて仕舞えば、位階で大きく劣る『霧中の怪人』や、奇襲以外にできることの無い『幻日の暗殺者』に為す術など無く。


 三十秒と掛からずに、制圧が完了してしまったのであった。



「じゃあ、リーダーさんの借金は二倍ね」

「待てい!まだ交代していない!」

「え、三倍が良いの?贅沢だなぁ」


 姦しく、騒々しく、先ほどまでの冷徹な空気など微塵もなく。


「なぜ負ける前提なのだ。今度は勝てるやもしれん」

「言い方が。負け前提。ザーコ♡ザーコ♡」


 彼らにとっては村一つが潰えかねない戦力も、たやすく捻れる戦力差。

 故に先の一件は彼らの中では消化事項。より優先順位の高い方へと関心は切り替わる。


「アルケっ、それ僕以外には禁止っ!絶対だめだからね!」

「ええい早くせんか!今度こそ、負け分を取り返す!」


 何事も無かったのかのごとくに、実際他の者には気付かれることなく、彼らの視点では一掃除が終わったのであった。



「随分と、エエ随分と楽しそうにしていますネ。仕事はしていたんですカ」


 それ故に、身内からも仕事していない疑惑が持ち上がるのも、むべなるかな。

 実際に、かかった時間としては一仕事終えるよりも、カバディの方が掛かっている様。言い訳の余地は、あまりにも無かった。


「していたとも!」

陣闘カバディしながらね」


 これで戦闘の跡が色濃く残っていたならば、話は別であったやも知れず。

 迅速な決着故に、痕跡はさほども無ければ致し方なし。


「逆にどうやったのか見てみたいな、その光景」

「……下らんだろう、どうせ……。賭けてもいい……」

「言ったな、ならば見せてやろう!それで負け分は帳消しだ!」


 そして彼らにしても、さほど誇るようなことでなし。


「はい、皆サン。仕事の時間デス。真面目にしてくだサイ」


 真面目な話に流され、いつの間にやら仕事してなかった事になっていた。


 


 

 オッペケぺーが呪文で収集したというその情報は、今は無き小部屋に在った魔方陣サークルの写しと、何らかの書類が数枚。


 数も種類も少なく見えるが、彼らにかかれば十二分。

 こういった作業にはめっぽう強いアルケが書類を手に取り、少しばかり端を

 

「これは。怒り羊グリッツォシープの革。原産は。『塩の城ザルツブルク』。あくまで紙は。だけど」

「山向こう、か。繋がりはするな」

「書かれたのは。最近。これが指令書。こっちは解説。この魔方陣で。物を飛ばす」


 始めは原始的な手法でもって、その後は呪文を用いつつ。

 矯めつ眇めつ、材料からは流通地域を。呪文で書かれた時期を。


「古い言葉ですネ。書き字も、言い回しも、数世代数百年は前の物デス。書き手は相当に教養のある者か、もしくは深き者オールド・マンでショウ」

「インクが掠れてる。乾燥帯で。書かれた」

「この書き字の癖、ヴェヒンヒラ書式の物デス。此処、文末の句点が一列に並ぶように打ってありマス。これは、暗号文として用いられていた時代の名残デス。この部分を起点に、打ってある句読点の位置を暗号としているのデス」


 雑多な知識を、これまた雑多に詰め込んだアルケが、物証や痕跡から導き出す。

 意外と教養高いラルヴァンが、文字の流れや文章の組み立てといった、書き手の癖から手掛かりを探る。


 「…………、今回のは、暗号文ではないようデス。点灯法モルス進数法テント―には当てはまりまセン。書いてある内容が全てですネ」


飛ばしたか、わかるか」

「書いてる。檻の中。猫一匹。呑牛ラドンに呑ませて。そのまま。運んだ」

「上手いやり口だな、想像しても誰もやらないって意味の方で。取り出さなきゃ、確かに呑牛の腹は物を隠すにゃうってつけだ。問題は、取り出す方法がねえって事だが」

「取り出さずとも、勝手に出てくるなら問題ありませんネ」

「輸送費が高くつくな、片道では」

「行先は?わかる?」


「この座標は。『緲蜃の霊廟パラノイズ・マゥソレア』。直通」


 的中したのは二択の後者。その中でも、いっとう悪い部類の知らせ。

 この世に存在してはならない世界の疵バグを、自分勝手に利用している者がいるという、在ってはならない事態。


 ましてや、場所が場所。


 過去の被害を基に算出された、解放までに必要とされるの数。

 それを少ない順から並べたの呼称。


 墓碑トゥーム 寝所エンカー 霊廟マゥソレア 宮廷カゥト そして、聖地サンクチュアリ

 

 ある内の、三番目。


「最悪一歩手前か。まだマシだな」

「ペット生きてるん、それ」

霊翼猫キャスパリーグなら。可能性は。高い。戦闘力も。生存力も。高い」


 而して、確かな探索譚の導クエスト・フラグ


「内容は他に何かあるのか」

「特には。無さそう。転送用の。魔方陣が。幾つかあって。集約地点がある。くらい」

 

「となればだ、選択肢は幾つかに絞られたように見える」


「其の一、このまま準備を整え『緲蜃の霊廟』に突撃する」

「其の二、情報収集のため、集約地点を探し出して強襲する」

「其の三、ひとまず依頼人に進捗を報告する」


「以上の三点、と考えるが。如何に」


「突撃するには、まだフラグが足りないような気がしマス」

「探すっても何処を?って感じだし、こっちもまだ足りないんじゃないか」


「となれば」

「此処は、もう安全だと考えていいだろう」

「まあ帰りしなに、残党狩りでもしながら、ゆるりと戻ろう」


「諸君、体を休めたら、冒険の続きと洒落込もうじゃないか」


 異口同音に一行が賛同の声を告げる。

 これにて森での一件は落着。


 されど次なる冒険は、既に手ぐすね引いて一行を待ち受けていることを、今は誰も知る由は無かった。







 —————Tips——————



 『ガラスの靴』


 装飾性、鑑賞性抜群の実用性皆無の一品。ピンヒールも高く、実際に履きこなせる人物は相当な体幹と筋力が必要とされる。


 装備品としてみた場合、紙の如き耐久力となぜか設定されている高攻撃力とに驚かされることとなる。なお、攻撃対象はなぜか男性限定であり、非殺傷攻撃に限定されている。


 一部の舞踏会では、女性はこれを懐に忍ばせ意中の男性に向けて投擲、後日男性が女性の下に靴を持参してくることが、婚姻成立の儀式となっていた。


 関連項目

 

 ・ガラス工芸

 ・ガラスの剣

 ・コクリコタキオン

 ・ベッキンガム侯爵の嫁取り騒動

 

 

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