【第二話】王都騒乱編

碧くは見えない芝もある



 鬼族ロウナスの森で探索譚の導クエスト・フラグの一つを無事にこなした我らが一行は、新たなる集落の住民たちからの盛大な見送りを背に受け、ひとまずの拠点たるアンセットへと帰還していた。

 いかな英雄たる一行も疲労は大敵、次なる冒険の前の羽休めと洒落込んでいた。


「リーダーさん、依頼人さんに報告した後はどう動く予定?すぐにでもまとまって動くの、それとも一旦時間を空ける?」

 

 派出所ギルドにてお勧めの宿を見繕い、依頼人との連絡が取れるまで一休みの体勢に入った一行に、末っ子気質のディケイが問いかける。


「暫くは皆の予定も合う故、長く掛からぬようならそのまま動こうかと思っていたが、皆は問題ないか」


 女傑へのツケで取った豪奢な部屋の中、一行の面子が三々五々に了承の声を告げる。


「でもよ、もう暫く向こうにいても良かったんじゃないか。俺たち一週間も居なかったんだぜ」


 長椅子に寝転がってそう返すのはお調子者のソワラ。何やら飾り羽を見繕った根付を、丁寧な手つきで愛でている。

 

「そんなこと言ってもだな、用も無いのに長々いても仕方あるまい。元々彼女らは自活出来ていたのだし、イレギュラーな魔神デーモンさえ討伐できたなら、問題などそうは無いだろう。そも彼女らも盛大に見送ってくれたではないか、何か問題が残っていたならその前に呼び止められたであろう。それともお前は、手ずから魚を差し出し続けなければ納得いかんとでも言い出す気か」

「やめろやめろやめろ、長文正論で諭しに来るな。メンタルに来るだろうが」

「兄ちゃんは、懇ろになった女の子と離れるのが寂しいだけでしょ。いつものことだよ」

「お前はお前で死体蹴りはしなくていいぞ」


 やんややんやと、騒がしく過ごす一行に、これが公共の間なら注意の一つでも入っただろうが、此処はいっとう豪勢な続き部屋スウィートルームズの談話室。多少なりと騒いだところで余所人の声など入りようも無いのだが。


「やぁ、済まないがお邪魔するよぉ」


 そこは逸者ヌルと呼ぶべきだろうか、部屋に備え付けの警報装置が動く気配すらなく、煙の如くに現れて見せた依頼人。


「これは、ご足労をお掛けしたようで申し訳ない。依頼に関して幾つかの進捗があった為、連絡させて頂きました」

「それは聴いたよぉ、すごいねぇホントに。仕事の速さもそうだけど、上位魔神グレーター・デーモン二体をこんな短時間で相手どって完勝するなんてぇ、ホントに第九階梯完遂者ノインかい?」

「これでも場数は潜っていマス。この程度は問題になりまセン」

「おっちゃんこそ随分早い到着じゃんか、俺らが連絡入れたのついさっきだぜ」

「依頼人になんつう口をきくんだお前は!」

 

 言うが早いかの鉄拳制裁に声も無く崩れ落ちるソワラ。無情にもその屍を拾うものは現れず、捨て置かれたまま話は続いて行ってしまう。


「そう言えば、依頼人さんの名前って聞いてなかった気がするんだけど、なんて呼べばいいの?」

「そうだったねぇ、僕も柄にもなく焦っていたんだねぇ。僕は『コナルキ』、導人メイガスのコナルキさぁ。よろしくねぇ」

「よろしくお願いします、コナルキさん。それでどうしてこんなに早く来れたの?」

「只帰ってなかっただけだよぉ。酒場に居たら連絡がきてね、それで跳んで来たんだよぉ」


 色々観てたら目移りしちゃってさぁ、等と人界を満喫している逸者。

 良く観ればその服装も、最近流行りの問屋の物へと替わっている。其の身に纏う濃い酒精の香りとは、ミスマッチな洒脱な装いだ。

 逸者特有の身に纏う妖気と、振り落とせなかった酒精の香りと、そこいらの若者に人気の装いとが何とも言えぬいずさを見せる。

 

「連絡の通り。霊翼猫キャスパリーグは。『緲蜃の霊廟パラノイズ・マゥソレア』に。いる可能性が。高い」

「加えて、向こうの連絡中継地に関する情報も得ていマス」

「只、此方としても黄昏領域ロストベルトに今すぐ突撃、とはいかぬ為に一度連絡に戻った次第」


 さりとて一行も音に聞こえた英雄達、この程度の変人の相手はこなれたものだ(?)

 長命種故の感覚のずれ、と一切を気にせずに話を続ければ、むろん違和感など欠片も無い相手側も話を続ける。


「僕としても、無駄に死なせたいわけじゃぁ無いからねぇ。家の子が戻ってくるに越したことはないし、こっちも対策はするけれどぉ。元を断ってくれるなら、それが一番いいしねぇ。とはいえ、君たちの方針に大きく口を出す気は無いよぉ。君たちには君たちの、やり方があるだろうからねぇ」

「お気遣い、ありがとうございマス。こちらとしては、霊翼猫を捕らえた手法を見抜けぬうちは、申し訳ありませんが安全策で行こうと考えていマス。『ガラテア商会』にも伝手がありますので、其方から向こうの拠点を割り出せないか、照会中でシテ」

「さすがだねぇ、若いうちは血気に逸る者だけど、流石英雄貫禄あるねぇ」


 もとより、解決には百年単位の時間が掛かるような代物。そもこので解放された黄昏領域は、全世界合わせても両手の指で足りるほど。

 ましてこの三十年ほどで『サウラン』だけに限っても、さらに二つの領域が生まれている。

 どだいそう簡単に行くものではなく、どころか、この短時間で大まかな場所の特定だけでも出来得たことが、既に尋常ならざる成果となっている。


 そも、彼らが片手間に倒した上位魔神グレーター・デーモン自体が、城郭都市パレッサの存亡どころか、地方の存亡にかかわるほどの怪物であり。

 わかりやすい物差しとしては、一行が鎧袖一触に轢いた悪鬼バルログの軍勢を、同じく単騎でそれぞれ壊滅させられるだけの存在であり、眷属の召喚能力すらも加味すれば、さらなる脅威として成長する。


 本来であれば、あるいは彼らであってすらも、物語サーガとして語られても可笑しくはないほどの代物だったのである。


「とはいえだ、奴らは蟲の如きもの、何処に潜んでいるものかぁ。気を付けないと、此方の情報も漏れてしまうよぉ」

「無論。承知の上。こちらの伝手は。崑崙コンロン。その最上層。五芒星直属。其処から漏れるなら。サウランは。終わり」

「崑崙!僕でも知ってるよぉ、それなら大丈夫だろうねぇ。彼らは、僕たちと同じように物を見ているからねぇ」


「それでも注意は忘れずにねぇ、彼らの唱える終末思想は、決してただの誇大妄想なんかじゃぁない。事実として、世界はそうなる一歩手前だったんだぁ、奇跡は三度は起きないだろう。今度こそ人類は、十月三十日を超えることが出来ないかもしれない。そして、その均衡を崩す最も近い位置にいるのがぁ、彼ら環境秩序提唱者エコロジストであることを、忘れてはいけないよぉ」


 永い、永い時を生きた者特有の、凪いだ瞳で一行を見渡して告げる逸者。

 多くの物を見て、やり過ごしてこざる負えなかった残留者テランの告げるその言葉は、余りにも多くの物を背負ってきたが故の、重い言葉だった。



「ちなみにだけど、二度の奇跡って何なん?あと何でその日?」

「それはねぇ、一度は先史文明世界が核ミサイルA兵器郡の炎に焼かれかけた時でぇ。二度目は崩壊世界で実際に反応化学式A・Cゾーン兵器郡が使用されたけどぉ、に終わった時だねぇ。どちらも十月の二十日過ぎから、三十日の間までに起こっていたことさぁ」


「気を付けることさぁ。世界はいつだって、誰かの『こんな筈じゃ無かったのに』で滅んでしまえるんだからねぇ」





 場の雰囲気を重くするだけ重くして、意気揚々と酒場に繰り出していったコナルキ。あとに残された一行は、重い空気の中を振り払うかの如く、応接室にて酒盛りを敢行、見事酔い潰れるのであった。



 

 日も天高く聳えるお昼時、ようよう動き始めたゾンビの群れならぬ一行は、既に届いていた書簡を広げ、作戦会議と洒落混んでいた。


「商会も、常にテロの警戒は怠っては居なかったようデス。この短時間でここまで角度の高い情報が出てくるとは、思ってもみませんでシタ」

「その結果が、少なく見積もってものカルト教団が存在しているって情報なんだが?そこについての言及は何かないんか?」

「『ノーフェ』は常にカルトと。戦争状態。『ウェスティリア』は五大カルトが。確認されてる。『イストーヴァ』は。魔境。気狂い揃い。ウチは。その中じゃ。一番マシ」

「隣の芝生が汚さすぎる~、でもだから、もっと居る可能性もあるんだぜ、あんまり悠長にしてる余裕はないかもな」

「なんにせよ。少なくとも今見るべきは『樹精の棲家サステナヴィティ』一つ。他の可能性は除外して見よう」

「それなら。此処。トリノキア。大森林を擁する。辺境一の。木材産出地。彼らの教義。禁忌を考えると。此処が一番くさい」


 とんとん拍子に進んでゆく作戦会議。元々劇場ライブ型の進行スタイルの彼らにとって、じっくりと腰を据えて物を考える時間を取ることの方が珍しく。

 その分話し合いとなれば、じっくりしっかり煮詰めてゆくのが彼らのやり方。


「それならコナルキさんには連絡だけ入れて、出発の準備をしようか。向こうに行くなら馬車よりも、飛籠エアシップを使った方が早いよね。チケット今からとれるかな」

「ついでに本拠地ホームに寄って、装備の類を整えまショウ。皆サン、なんだかんだで旅装のままじゃないですカ」

「……ヴィーンの領主にも、話を通して置くべきだろう……。バックアップを、頼みたい……」

「そうだな、鳩を飛ばして連絡を入れ、そのままあわよくばなし崩し的に、協力を取り付けられればそれが一番楽だからな」


「では、準備は万全に、後は現地で出たとこ勝負」

「皆、それで良いな」



 異口同音に了承の声が響く。

 しばしの小休止を挟み、再び一行が動き出す。



 次なる冒険に向けて、その先の、さらなる難関に向けて。



 


 飛籠にて、迅速に目的地の一歩手前。一行が本拠地とする辺境の玄関口ヴィーンへと到着した一行は、早速とばかりに領主館へと向かい突撃を敢行していった。


「たのもう!モリガン殿はご在宅か!我等すちゃらか楽団バンドマン、お願いがあって参上した次第!疾く領主殿へとお目通り願いたい!」


 領主の使いを待ってはいられぬと、ヴィーンに到着したその足で領主館へと出向く一行。アポの確認を取るために門前にて待たされると成るや否や、楽器を広げてリサイタルを開きだす始末。

 最も、一行のそんな始末を予見してか、領主への確認は迅速に済まされた様子で。   

 一曲歌い切ったその時には、案内の付き人が傍に控えていたのだが。


「よく来たな、どんちゃん騒ぎ一行。さて、此度はどんなバカ騒ぎを持ってきた?」


 一行が通された応接室、品の良い品々で飾り立てられ決して下品にはならず、されども領主の、ひいては領地の権勢を示すかの如き華美な調度品に囲まれた、その部屋で。

 黒檀の机に肘をつき、部屋の主として見劣りのしないどころか、室内の様相が霞むほどの存在感を纏った大男が、我が物顔で鎮座している。



 彼こそが、此処ヴィーンを辺境の玄関口として発展させ、飛籠をいち早く導入し各地との中継地点としての多大な役割を生み出した、当地きっての益荒男。


 『ダンタース・エクモス・ファルシ』


 辺境最強の騎士団を率いる、訪来者ヴィジットの騎士団長にして、この地を預かる領主一家の入り婿でもあり、そして、一行の古い戦友であった。


 

 

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