最近、ゲームの中でもゲームをしたりしてるの、なんでだろ~


「息災だな、ダンタース。御夫人は不在かね」


 並べられたソファーに座るや否や、クリフエッジがそう告げる。

 目上の人間相手の言葉遣いとしては、ギリギリ不適格なそれは、而して彼らの間柄には許され得る範疇だ。


「今は執務中だ。その前に俺の方で話を聞いておこうと思ってな、こっちの方に通させた。それで、穏やかじゃあない文面だったが、何がお望みだ」


 さりとて、どれだけ親しい間柄でも立場は付き纏うもの。ましてや英雄と騎士団長ともなればひとしおに。

 黒檀の、ダンタースであればいざという時の武器にも盾にも出来得る机を挟みながら、威圧感たっぷりに口の端を捻り上げて尋ねる。


「助勢を。解放した領域の扱いについて、お前の力を借り受けたい」


 さりとてこちらも歴戦の英雄。憚ることなく要求を告げる。

 それは余人が告げれば妄想の類にして、彼ら一行であっても一筋縄ではいかない難業。その雰囲気をおくびも出さずに堂々と。


「腹芸なら、俺の方に一日の長があるぞ。どうでもいいことは置いておけ、具体的な話を聞かせろ、どこを開放したいんだ」

「『緲蜃の霊廟パラノイズ・マゥソレア』。山の向こう、荒廃地域バンデッタにある領域が、目的地点だ」


 『緲蜃の霊廟』、それはかつて、塩田によって富を築いた一つの都市国家を飲み込んで、塩の山を作り上げた常識外の魔害物モンスター。本来は温厚な『大蛟』の変異種である『恭贖の蜃気楼ヴォジャノイ・ガルグイユ』が封じられた、累計被害係数1Ⅿ1,000,000を数える正真正銘の大災害の名前である。


 黄昏領域ロストベルトの開放は全人類の宿願なれども、だからといって限度があろう。ましてや場所が山向こう、最悪の場合、蜃気楼が討伐されて山が一つやも知れず、そうなったときに起こり得ることは、さしもの英雄であっても個人では、どうすることも出来ないような代物であった。


 英雄らと幾度も同道し、しまいには美姫の心を射止めて物語サーガに語られるようになった兵といえども、予想もしなかった返答にしばらくの間開いた口が塞がらず、畳みかける様に一行はこれまでの経緯を説明するのであった。


「……まあ、理解はした。した、が、解放までする必要はあるのか?無論そのままじゃペットが出れねえってのはわかってるぜ。だが相手はそこらの犬猫じゃねえ、霊翼猫キャスパリーグなら、言い方悪いが中で殺して生き返んのを待つって手もあんだろう?なぜ解放まで行く必要がある」


 深く椅子へと体を預けながらダンタースが問う。その大きな体も今は頼りなく萎れて見えるほど、一行の発言は衝撃的だった。


 さもありなん、かつて栄えた都市国家の人口が六十万人、そこから蜃気楼が封印されるまでのにさらに四十万人が亡くなった。

 対しての此方、辺境の玄関口、この地方で今一番栄えているヴィーンの人口が十五万人。クレッサ地方全体を合わせても、百万には届かない。


 ましてや相手は山生みの怪物、手を出したが最後どうなるのかは、神々すらも予想出来ない。

 英雄と肩を並べたこともある古強者にしては及び腰な発言は、而して誰しもが納得するだけの根拠があった。


 しかし、我らが一行の発言も、何の根拠もないわけでは無い。


「対象の。羽は三対。蓄えた霊素エーテルは。膨大な量。蜃気楼が喰らえば。あるいは。残りかすでも。取り込めば。何ができるか。わからない」

「最悪の場合、内側から封印が破られる事すら考えられマス。『不可触聖地アル=クドゥス』の二の舞デスネ」

「そうでなくとも、環境秩序提唱者エコロジストが絡んでいる。見過ごすわけにはいかん。『不帰のハロウィン』の二の舞だけは、何としても避けねばならん」


 口々に言い募る一行の言葉には、最悪の可能性が示唆されていた。


 一方は、世界の疵バグの中でもいっとう最悪だった代物。神々の張り巡らした封印すらも打ち破り、多くの人々を土地を国をを飲み込み、未だに封じられ続ける慮外の代物。累計被害係数、測定不能推定1,000,000,000,000の未曽有の代物、この世で唯一無二の『聖地』、その再度の発生を示唆し。


 他方は、復興歴上最悪の大事件。『基幹世界観ニュークリウス』における大規模自爆テロと、それに伴う没入者ヴィジット達への電脳を介した大量殺戮事件。一度は『WORLD』その物の存続すらも危ぶませ、『北方連合』におけるいまだ尽きぬ弾圧と抵抗運動の嚆矢となった出来事。


 どちらであっても、もう一度起きてしまえば、世界復興など水の泡と消えかねない。それほどまでに危険なのだと、一行は言下に告げる。


「言いたいことは、解った。しかしだ、なればこそ軽率に動くわけにはいかん。『崑崙コンロン』にも掛け合わなくては、此方だけでは動きようがないのが現実だ」

「無論、それは此方も分かっている。だからこそ、その働きかけをお前と御夫人にもお願いしたいのだ。拙速に動くわけにも行かぬが、しかし、無駄に時間を浪費するわけにも行かぬ」


 ――臥して頼む。この通りだ——


 べたり、と頭目が、一行が頭を下げる。


 どだい彼らは個人の集団。社会に、企業に、大きな枠組みでは救えない者に手を差し伸べ続ける落伍者冒険者

 必要であれば、頭くらいならいくらでも下げる。決して軽いわけでは無い、ただ、救わねばならぬ命は、それよりも遥かに重いだけのこと。


 そして、目の前にいる男も、それを個人と為政者との両面から知る故に。


「クソがっ、解ったから頭ぁ上げろ。俺の方から女房にも掛け合ってみるし、何なら先代様にも話を通す。だからその頭を上げやがれ、寒気がするんだよ」

「……忝ない……。借りは必ず……」

「だが、安心するのはまだ早いぞ。上に話を通そうと思えば、どうしたって時間が掛かる。ましてや事が事だ、下手な奴は噛ませらんねえ。一月二月じゃ聞かねえぞ、半年はかかると思った方がいい。その間はどう動く気だ」


 時間の大切さはダンタースとて理解はしている。しかし、上に立つ者は必要だからこそ時間のかかるやり取りをしているのだ。何でもかんでも簡略化させれば人は次第に、それらに付随していた物事自体を軽く見る様になっていく。

 そうなったとき、権威や法を甘く見る様になっては国としては立ち行かず、小規模な集団だけで生きていけるほど、この世界で人族ヒューナスは強くはない。


 いくらか横紙を破ろうとも、崑崙までに話を通すのは半年が最短。そうダンタースが結論を出し、一行へと是非を問うが。


「分かっている。だから。ここに来た。王都への。飛籠が欲しい。今なら。それが最短で。王族に会う方法」


 返ってきたのは思わぬ答え。


「飛籠で向かって直訴でもすんのか?だが、今から行こうにも飛籠は予約が……そうかっ!」


 しばし頭を悩ませたダンタースが、しかし不意に閃いた。あるいは、己の黒歴史に関わるが故に無意識のうちに、その可能性を排除していたきらいもあるが。


「ソウデス、今は夏、王都では年に一度の武闘大会が開かれていマス。それに参加し優勝すれば、王族にお目通りがかないマス。『望みの褒美を一つ叶えよう。』貴方と奥方の、なれそめデスネ」

「そのタイミングで。直接伝える。王なら。話を聞いてくれる」

「そこで俺も上訴して、合わせて崑崙に持っていきゃあ、直ぐにでも話は通せるし、下手に下の奴等を噛ませる必要もねえ。問題は、お前らが出場だな」


 とんとん拍子に行くだろう計画、余所人であれば取らぬ狸の皮算用、とも言いたくなるような丼勘定っぷりではあるが、彼らの実力を持ってすれば容易であろう。

 最もその実力が故に、門前払いにされる可能性もあるのだが。


「問題はあるまい、我らは最優。豪奢な中央の者には、我らのような泥臭い者など目に入るまい」

「でもよお、お前ら何年か前に姫様から、直接お褒めのお言葉を賜っていなかったか?」

「まあ、その時は変装でもして誤魔化しまショウ」

「それで通れる訳無いだろうが、まあ待て、それなら一つ、こっちからも提案がある。それでさっきの貸しの話はチャラにしようや」


 ——お前ら、ちょっと人体実験に付き合っちゃあくれねえか——


 そう、いたずらを思いついた悪童のように頬を吊り上げ、いい年をしたオッサンが瞳を輝かせて話すのである。

 旧知の間柄、とうに見飽きたその顔に浮かぶは、これまた見飽きた悪どい笑み。余計なことを、たまには起死回生の一手を思いついた時の、隠しきれぬ笑い。


 余りにも妖しすぎる話の流れに、一行も思わず身を乗り出しては、


「その話、乗った!」


 快諾してしまうのであった。



 

 

 応接室を足早に飛び出し、そのまま館の地下室へと連れてこられた一行。

 楽し気に笑うダンタースが肩で風を切って歩く。一行が小走りになって着いていくなか、意にも介さず後ろも見ずにダンタースが告げる。


「実は『ノーフェ』の方から、幾らか技術交流の名目で分捕ってきた物があってな。危ねえ物じゃねえんだが、ブツがブツでなあ。今まで大っぴらに使えず、死蔵していたんだよ。ちょうどいいから持続時間や、接続可能距離なんかのデータ取りにお前らを使わせて貰おうかってな」

「向こうの技術品たあまた、随分な物を出してきやがったな。こっちで使って大丈夫なんか?」

「そこらへんは問題ねえ。きちんと他地域で使うことを想定して、汚染物質を使用せずに使える様に作ってあるそうだ」

「その口ぶり、おそらくはアレがあるのですネ。それなら幾つかの風聞にも納得がいきマス」


 厳重に二重扉で守られた部屋の中、がらんとした殺風景な部屋の中央に棺桶のような代物が並んでいる。


「これが、ノーフェの悪名高き『人心無き人道兵器アラカヴァレーリスト』、その操縦装置さ。家の一番の機密だ、口外したら地の果てまで追ってでも、落とし前つけさせてもらうぜ」


 大仰な口ぶりや宣伝文句からは程遠いような、何の変哲もない棺桶は、而して、誰もが知っている彼の陣営の中核を為す代物であった。


 『人心無き人道兵器アラカヴァレーリスト

 それはノーフェ陣営の中核を為す、人海戦術思考の二本柱の内の一つ。


 訓練を施した兵士を、容易に補充するための逆転案。


 「兵士が死ななければ良い」を実現させた夢の装置。


 筐体型の操縦装置の中に入った人間の精神を、意識を別の物に乗り移らせて意のままに操る、人を死なせないための兵器。


 有機物、無機物を問わず。対象と取られた者の意識の有無すら意に介さぬ、悪逆非道の代物が。


 余りにもあっけなく、その内のいくつかは埃を被っているような状態で置かれていた。


「こいつを使えば、お前らだとバレずに参加出来るだろうよ。どうだ、良い案だろう」

「ちな、此処から王都まで届くんか?」

「わからん!使った事無いからな」

「届かなかったら、その時は変装しまショウ」


「ばれたら。不敬罪」

 

 自国の王を軽んじるにも程がある提案は、しかして、緊急事態の一言で流されるのであった。

 






 ――――――Tips―――――――



 『抜き足のブーツ』


 希少な黒毛のダイアヴァルグの毛皮から作られたブーツ。静音性に優れ、隠密や斥候などが好んで履いている他、そのデザイン性からお洒落装備としても幅広い年齢層に好まれている。


 なお、通気性は極悪のため小まめなメンテナンスが必要であり、うっかり履いたまま数日ログアウトしていると、次にログインした時に足の臭いと状態が最悪なことになっている。


 関連項目

 ・ダイアヴァルグ

 ・ブーツ

 ・ブーツの消臭方法

 ・臭わないブーツ

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