クエストを開始しました、それでは冒険をお楽しみください

 


「それで、君たちはどうして争っていたんだい?良ければ、話を聞かせてくれないかな」


 それはあっという間の出来事であった。

 しいていうなれば、突っ込んできた馬車から、拘束、無力化呪文が飛んできただけのこと。

 時間にして十秒足らずの圧倒劇に、立ち込めていたはずの霧すら晴れ、清々しい空気があたりを包み込んでいる。


「クルルゥラァァ、ククゥ。クラァ」


「ギシャァ、ギギィ、キィキィ。シャシャァ」


「あ、君たちの言いたいことは伝わるから。次、鳴きまねとかで誤魔化そうとしたら、こっちの筋肉達磨の尻に顔突っ込ませるよ」

「す、すみませんでした!勘弁してください!」

「もうしません!許してください!」


「ディケイサン、それはワタシも嫌です、脅しにしてもやめてくだサイ」


 平和的解決をみた事ではスムーズに進んだ。


 曰く、人鳥鬼ハルピュイアらは狩りに出たところを襲われたと。

 住処としていた木々が魔神デーモンに襲われたため、新天地を見繕っていたところで鱗角鬼リザードマンに襲われたのだと。


 曰く、鱗角鬼らは見回りをしていた所を襲われたと。

 上位魔神グレーター・デーモンに家畜や仲間を襲われたため、急遽縄張りを見回っていたら人鳥鬼らに襲われたと。



「ふむ、どちらが正しいのか」

正しいよ、彼女らは嘘をついていない。彼女らはどちらも襲われていた、ただその相手がここに居ないんだよ」


 野外冒険ウィルダネスにおいては如何にして情報を得られるかが、冒険の成否を分けることとなる。

 都市内冒険シティーアドベンチャーと違って、数うちゃ当たる、のが絞れないからだ。


「仲違い、とはまた違ぇな。何にしろ、こいつらの縄張りから獲物を奪ったやつが、今度はこいつらを狙っているってこったな」

「襲った数はわかりますカナ」

「今いる娘たちと同じ数だって。さすがに情報が少なすぎるね、全くわからないや」

「へぇ、てか娘さんなの、この方たちは」

「それを聴いて。どうする気です。ことと次第によっては。あなたに。かけますよ。去勢呪文」

「き、聴いただけ、聴いただけだよ。そうカッカすんなって、おっかねえ」


 ゆえにどんな些細な痕跡や違和感も見逃してはならない。

 進んでしまったそのあとで、戻ってきても情報が、痕跡が残っているかはわからない。


 ましてや失敗したからなどと、遊戯のようなことは出来得ないのだから。


「どうしましょうカ。どちらかに、あるいは両方に手を貸す、というのがに見えますガ」


 ゆえにこそ、熟練の冒険者こそ、些細な、気付けないような痕跡を見つけた後の行動は決まっている。

 

、そんなものは。問題は急務だ、迅速に動くぞ。手を考えてくれ」


 ごり押しだ。


「どちらも外敵に襲われているのなら、手分けしてどちらも潰しまショウ」

「ついでに。一纏めに。獲物も。住処も。競合はしない」

「そうですネ。一つ所にまとめて囲ってしまえば、手を出して来ざるおえまセン」


「なら僕は食料を増やそうか。『召喚コール捧食の角羊コルヌコピア』あたりで丁度いいんじゃないかな」

「始末がすんだら。全員集めて。宴にしましょう」

「討伐ついでに、周囲の調査もしてしまいまショウ。魔神が居るならどこかに呼んだ痕跡もあるはずデス」

「追加が居るか。手持ちだけか。対策は。重要」


「うん、そう。君たち全員が集まれるようなところ。……ある?、ならそこに案内してもらっていいかな。そう、食料なら暫く食べきれないくらい用意するから。集落や一族、ここら一帯にいる、何なら他の種族の子らにも声をかけて、全員で来て」


「忙しくなるねぇ。俺らは、防衛のための準備しとくか」

「……柵、堀……、壁……腕が鳴るな……」

「荷物の運搬は任せろぉ。バリバリィ」


 これは彼ら特有の理論ではあるのだが、そう大きく間違っているわけでもない。

 問題が起きているのなら一纏めにして、問題だけを最後に残す。

 どだい、冒険者など粗にして野であれど、卑にはあらず。


 困っているものにはとりあえず手を差し伸べたくなったからこそ、こうして冒険者をやっているのだ。


 金のためなら、武装商社カンパニーに勤めればいい。


 血が見たいなら、傭兵派遣会社マーセナリーに勤めればいい。


 しかして、其処では見られない光景笑顔を見たいからこそ、彼等は冒険者爪弾き者と呼ばれてでも、辺境を渡り歩いているのだ。


 ここで男を見せずしてなんとする。

 今まで培ってきた力は、今この時のために。



 人鳥鬼の集っていた木々を襲った『悪爪魔神マレブランカ』どもを討伐し、瘴気に侵された魔塊樹トレントも序に伐採し。



 鱗角鬼の住まう洞穴を狙っていた、『‘‘怖気だつ‘‘魔神蛇ムシュフシュ』を逆に巣穴に追い詰め討伐し、さらには孵化したばかりの『厭尾魔神マラコーダ』を駆除し。



 各々ができることを、全力を、最善を尽くした結果。




 そうして出来たのが、此方の集落。





 ――なんということでしょう――


 ――匠たちの手によって、何もなかった崖沿いのただ広々とした空間に、一晩で大きな集落が――


 ――集落に住むことになる各種族の特性も踏まえ、其々に使いやすい出入口が――


 ――生活様式に合わせて家も様々、何時のまにやら大きな木が集落の真ん中に、あれは人鳥鬼の養育場です――


 ――外敵から身を守ると共に空を飛ぶことを幼い内から教え込むため、あのように背の高く枝振りの良い木に集まるのです――


 ――また崖沿いには岩棚が等間隔に並んでいます――


 ――あれらもまた人鳥鬼の為の物であり、産卵、孵化の為の場所となっています――


 ――一件何の変哲もない岩棚ですが、実は壁を押し込むと中が空洞になっていて、収納空間になっているのです――


 ――此方の家屋は鱗角鬼の為の物となっており、彼等が過ごしやすいように屋根の一部は扁平に、寝床から段差無く外の日差しを浴びれる造りとなっているのです――


 ——さらにこちらの階段、一段一段横に取っ手が付いています——


 ——そこを引いてみると、なんということでしょう——


 ——階段内部に収納空間が。生え変わった鱗などを、その年ごとに分けて保存することが出来る様になっています—— 


 ——さらには集落の周囲を囲む外壁にも——


「……弾性と剛性を重視してのハニカム構造を採用し雨水や結露等の自然水分を利用した簡易のせん断増粘ダイラタンシー流体による積層衝撃吸収機構を備えた三重の防壁。防衛の利便を考えてこのように手近な場所に武装を収納できるように備えてあり、これらの収納空間を応用することで通路に簡易の足止め罠を用意することもできる。さらにこちらにも収納空間を……」


「そもそもこいつ等って、そんなに物持ってんのか?」

「まあ、構造として脆くならないなら、あっても損は無いんじゃないかな」

「どこにしまったか、わからなくなりそうデス」


「……フーーッ。……素人共が、黙っとれ……。……使うやつには、わかんだよ……。心意気ってやつが、な……」


「すいません、あの、そんなに家とかなくても良いですよ。私たち巣穴とかで十分ですので」


「伝わっていないではないか、心意気」

「暑苦しさは。伝わっている。逆に。すごい」


「……これじゃあ俺、集落を守りたくなくなっちまう……」

「おっ、なんだか霧が濃くなってきやがったな」


 人鳥鬼にしても鱗角鬼にしても、実のところ鬼族ロウナスとしてはめっぽう闘争心は低い部類。差し迫った危機でもなければ隣人と、ましてや棲み分けができる相手と争うことの方が珍しい。


 互いの種族を守ろうとした結果の衝突なれば、利害の一致によって手を結ぶこともまだ可能な域であり。


 状況的にも、何より体力的にも、ここまでされていがみ合うほど愚かでも頑迷でもない両者はたやすく和解し。超抜級の英雄レコード・ホルダーが無駄に全力を投じた結果、洞穴や崖棚の巣穴からあっという間に文明的な集落に転居することとなってしまったのだった。




「さて、此処までにどれほど呪文を使用したか。それぞれ申告してくれ」


 トレードマークの鎧を脱ぎ去り、灰礬柘榴石ツァボライトの肌を作業着で包んだ頭目が尋ねる。


「…………呪文書スクロールが無い、安らぎの歌リリーブも打ち止めだ……」


 こちらは同じ作業着でも、やたらと収納部の付いた代物を着こなしている機械オタク。


「『召喚・コール・』系呪文はあと一回だけ、他の呪文枠も殆ど使い切ったよ」


 なぜかフワモコな着ぐるみオオカミの格好をした、牧羊者シェパード係。


「使える枠は。一つも。ありません」


 こちらもなぜか、メイド服を可憐に着こなした給仕係。


「こちらも同じく、ひと眠りしなきゃ屁も出ないぜ」


 麦藁帽子に手ぬぐい鉢巻が異様に似合っている、雰囲気イケメン。


「マッスルが萎びていマス。早急に栄養を補給せねばなりまセン」


 ただ一つ変わらない視線の吸引力、いつも半裸のヘンタイ。


呪文使いマジックユーザーは満身創痍、元気なのは近接戦闘職脳筋のみ、と」

「もし、今夜襲われでもしたら大苦戦だな」


 あまりにも気を抜きすぎているようにも見える一行の装束は、これでも各種作業用に調整および魔化エンチャントを付与された、無意味なまでの高級品であった。


「それはないでショウ。何者かは知りませんが、こちらも察知できていない以上は向こうも同じでしょうカラ。仕掛けてくるなら、ここの存在に気付いてからデス」


 作業時間の短縮のための苦渋の選択であり、誰一人として、断じて、コスプレを楽しんでいるわけでは無いのである!


「まずは皆サン、英気を養いまショウ」

「では。僕たちは。向こうの木陰へ。さあ。さあ。まだまだ。ありますから」


 断じて、無いのである!!




 日も陰り始めた宵の口、うすら漂う霧に篝火が揺らめき、怪しげな影を映し出す。


 いかなる要件か、人目を忍ぶが如く、整然と建てられた家々からは離れた木陰で、やおらうねりを上げて身もだえる影が一つ。


 幾許か離れたその先では、大きな広場にこれまた大きな組木にて、親睦の火ボンファイアーが執り行われている。


 捧食の角羊コルヌコピアに捧げられた各種供物により、対価として与えられた大量の料理。


 『切り株泥棒ツリー・トゥギャザー』の呪文によって整地され、『砂場遊びグラクト・サンド』の呪文により、一段高く設計された舞台での懇親の踊りオクラホマミキサー


 唄と踊り、一行の本領発揮とばかりに頭目が音頭を取って歌いだす。


 お調子者のソワラが小呪文キャントリップを用いて、火吹き男の真似をしては、いつものように口元を焦がしている。


 わたわたと、慌てる様に周りからは歓声が飛び、ついで人鳥鬼の娘らと共に火の輪潜り、最後に自分が飛び込んで、ともに舞台袖へと連れだって下がる。


 宴は佳境を迎えようとしており、離れた木陰に視線を向けるものなど居らず、不埒者はついに決定的な瞬間を迎えようとして、


「ディケイサン、そのくらいにしておいた方がいいですヨ。それ以上はアルケサンが使い物に成らなくなってしまいマス」


 抱き合うようにして肩口に顔を埋めていたディケイは、その声にうっそりと顔を上げる。


「ありがとう、ラルヴァンさん。久しぶりだったから、加減が効かなかったみたい」


 ぐぬり、と口元をぬぐう袖には、否。

 アルケの首筋とディケイの口とをつないでいた赤黒い橋は、

 半魔人種インヴォルにはあり得ぬ血の跡であった。


「昼間はずいぶんと血の気の多い様子でしたからネ。多少ならとも思いましたが、この状況で戦線離脱されるのは、さすがに困りますカラ」


 陶然とした表情のまま、法悦から帰ってくる様子のないアルケを担ぎ上げたディケイに、ラルヴァンはあっけらかんとした様子でそう返す。


「やはり、面倒ではありませンカ」

「そうかな、まあ。そっちは絵面が問題になりそうだもんね」

「ワタシ、そこまで見苦しい面構えではない筈デス!」

「恰好の方がさ、犯罪的だよね」



「でも、僕はこれでよかったと思ってるよ」

「少なくとも、大事なものは取りこぼさずに済んだからね」



「それ以上を、手に入れることが出来ずとも、デスカ」

「ワタシはまだ、そこまで割り切れまセン」



「この世界は、残酷で無意味で、それでも、美しいものに溢れている筈ですカラ」




「僕も、そうで在ることを、願っていたよ」




 たとえ、今は道を共にしていたとしても。

 それまでの道が同じであったわけもなし。

 ましてや、生きたが違うのだ。


 互いの全てを無条件に肯定出来る訳がない。



 それでも、



「でも、君たちと見る景色は、とても素晴らしい物だと。僕も考えているよ」

 


「ワタシも、そうであることを祈っていマス」


 

 今此処に、肩を並べ在ることに間違いは無いのだから。

 彼らにはそれだけで十分なのであった。








――――――Tips――――――



 『ナアル・サ・ソリー織』


 乾燥帯の、ある地方にて生産されている織物。きめ細かく柔らかな肌触りもさることながら、この生地の一番の特徴はその色合い。

 艶やかな紫色は、しかし下品な色合いではなく、紫が高貴な色合いであることをこれ以上ないほどに体現している。


 服飾品や贈答品として用いられるほか、一部の軽量防具類にも用いられており、その場合、なぜか装着者に耐毒スキルや毒カウンタースキルが生える。

 なんでだろうな~


 染料として当地方に生息する大型の殺人サソリの毒液を使用しており、染色作業中の汚染、中毒被害が絶えず、後継者不足が深刻化している。


 関連項目


 ・ナール地方

 ・ナールバンデスサソリ

 ・『病毒の皇后ソム・マリカム

 ・トキオン社産地偽装事件

 ・ウルベスク毒祭り

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