クエストが進行しました、冒険の書に記録しますか?
かくして、王都を襲った一連の争乱はこうして幕を閉じたのであった。
知る人もなく語られる事無き二つの話と、語り手も怯える一つの話とがいつかは人々の間で
だが、今は未だ、めでたしめでたしで括るには早すぎる。
そもそもが王都に来た一番の理由は、辺境で出会った
それら様々な要素からなる難行の果てに待ち受ける者、『
かなりの回り道をしていたが、一行にとってはここからが正念場。
嘗ては這う這うの体で逃げ出した式典にも雁首揃えて出席し、周りの者を驚かせたりしながらも、漸く宮中で執り行われる晩餐会へと出席し。貴族らのおべっかややっかみを受け流しながら、腹の膨れぬ美辞麗句で飾り付けられた軽食を口に押し込み耐えつつ。漸く王と少しの御付きの者とが立ち並ぶ謁見の間にて、最後の難関たる授与式が執り行われる時間となったのである。
一行も、この為だけに誂えた新品の正装に袖を通し、揃いの
片膝を着き下を向いたまま待つこと暫し、重苦しく扉の開く音と共に軽やかな靴音が一同の耳に届く。
玉座へと座すや否や、慣習も作法も無視して王その人が話を始める。
「面を上げよ。其方に傅かれるのも悪くはないが、如何せん英雄を侍らせたなど民に知られては、羨ましがられてかなわんからな」
大鷲と一角獣の紋章を掲げ、玉座に腰掛け尊大に足を組むその男こそ、この国において最も権力を握る者。
艶やかな黒髪も見目麗しき相貌も均整の取れたその肢体も、すべて神が自ら手掛けたかのような芸術品の如き様相で、美貌が故に数多の美妃をその貌だけで泣かせたとの噂もあるほどの男。
このあまりにも人間離れした美貌の麗人こそが、アルターシェ・クウェル・ユウイ・ザイクリフト。クナーリオ王国の第二十三代国王陛下その人である。
「相も変らず良き目をしておる。どうだ、余の下に降らぬか?待遇、福利厚生は要相談ということでも良いぞ」
「我等のような風来者に過分な対応、有り難く存じます。しかし陛下、この度は御願いあって参上した次第に御座います」
「良い良い、楽なように話せ。其方の取って付けたような敬語も愉しみでは有るが、今は端的に話をするべき状況なのであろう?」
くつくつと、鈴を転がしたような声色で笑う国王。その振る舞いとは裏腹に、一行を見る目は笑みの欠片も浮かべず、冷たく尖ってすら見える。
「何せこの王都で、余に何も告げることなくはしゃぎ倒し剰え、余の大事な臣下の一人を鉄火場へと引き出したのだ。さぞ大事であったのであろう」
それは皮肉と云えば皮肉なのであろう。要は報連相を忘れずに、通すべき筋は通せといった所であろうか。直接の叱責では無いのは一行が臣下ではないが故か、或いは手元に引き出した資料に書かれているであろう何某かの情報により、情状酌量の余地が認められたのか。
何れにせよ捕らえた生き残りは官憲の手に委ねた為、持っている情報量で言えば国王側が上回るのは当然の事、一行も無理に弁解することも無く事情を話す。
「尽力結構、余の庭でそのような事を目論む輩は何時になっても無くならぬものよ」
鷹揚に頷く国王に、手元の資料を覗く様子は欠片も無い。既に承知の事なのであろう、それを裏付ける様に徐に一行の下に侍従が資料を手渡しに来る。
「ヴィーンの騎士団長からは事のあらましを聴いておる。さっさと話せ、其方が何を求めているのか、何を想定しているのかをな」
玉座から一行を睥睨するその姿は支配者としての威厳に溢れ、さしもの一行ですら背筋を一際正すほど。
もとより積んできた年期に違いがある。幾度の動乱を超え齢百を過ぎて尚、現役続行を高らかに謳う
「我等が彼の怪物を討滅し、その後解体された
「力添え、とは云うが、畢竟どこまで兵を出せるかの話であろう。……それを見よ」
指し示すは先ほど配られたばかりの資料、端からそれを前提とした話をするなど何処まで話を詰める心算なのか、迂闊な事を話せぬと心胆を寒からしめるクリフであったが、そんな内心気にした様子も無く国王は更に踏み込んだ話を始める。
「我が国は復興の途上故に、現状軍事よりも産業振興に予算を割り振っておる。加えて周辺国との仲も良好、条約と婚姻関係により容易く利害の天秤は一方には傾かぬ様にしておる。が、しかしだ、我が国が嘗て負った痛手から立ち直り切れていないことは事実であり、かつ周辺諸国はこの二十年でより国力を増している。其方が今はこの国に腰を据えている故に彼奴等は手出しを控えているにすぎん。そのような状況で軽々に兵力を動員することは難しいのだ」
「更には見給え最近の俗世の動きを、何処も彼処も軍備費を積み上げている。無論、それは来る
呆れたように肩を竦め、溜息をつく国王。世情が見えるからこそ、その双肩にのしかかる重圧は如何ほどのものか。
精霊人種として見ればまだ年若い国王が、相応の貫禄を備えているのも頷けると云うものだ。
「此処までは其方にも理解はできたな、故続けるぞ」
「問題点は一つだけ、我が国の国力では魔害禍と他国からの侵略とを同時に捌くことは出来ん、という事実だ」
堂々と朗々と語り続ける国王に気圧されたか、誰も何も口を挟むことすらしない。
「故にだ其方、行きがけの駄賃だ。他にも一つ、黄昏領域を解体して見せよ」
「目標は此処、『
「領域の解体を確認したならば、迅速に兵を回してやろう。安心したまえ嘘はつかん、そして其方の話を聞く気も無い」
「褒美は追って取らせよう、暫し男爵邸にて羽を休めよ」
結局のところ、怒涛の様な展開に況して交渉事は不得手な一行に出来ることなど何もなく、嘗ての光景の焼き増しかと云わんばかりに、這う這うの体で城から逃げ出す一行の姿が見られたのであった。
実際の所、各々程度の差こそあれども一般的には死闘激闘の類を潜り抜けたばかりであり、その上歓待だなんだで碌に休みも取れておらず。国王の言うとおりにヴィーン男爵邸へと向かってみれば、あっさりと高級寝具にその身を絡め捕られてしまった一行なのである。
しっかりと身体を休めて昼日中の重役出勤と揃って相成った一行を、一汗掻いたばかりのダンタースが昼餉へと誘う。
家人も席を外しており、親密な雰囲気漂う食卓には腹にたまる物がわんさかと並べられている。
「んで、お前らこっから先どうする気だ」
手掴みで骨付き肉を食い千切りながら、行儀悪くダンタースが問いかける。
その姿には昨夜までの、若き騎士団長としての威厳も礼節も欠片も見られない。
「国王陛下からは言質をいただいた。ならばそうするより他あるまい」
「ワタシ達だけでは、どだい対処の手が足りまセン。選べる選択肢がありませんネ」
「実際問題。この国だけでは。手が余るのも事実。それでも迅速に。問題に対処することを。国王が優先してくれたことは。コチラとしても助かっている」
「……国家間の綱引きは、早々には終わらんからな……」
「まあ、少しでも黄昏領域が減るに越したことは無く、民草の安寧を考えれば十二分だとも」
「お前らに掛かる負担を抜きにすれば、な」
概ね賛成派な一行に比べて、不承不承とした顔を隠しもしないダンタース。
それは当然の事だろう、『
尤も、これに関しては仕方ない側面もあるのだが。
「さりとて黄昏領域の侵攻には
「それは分かってんだよ。だとしてもだ、大々的に兵を動かさないまでも、それなりの戦力を派遣ぐらいはしても良いんじゃあないかね」
「その
「僕らなら。うろちょろしてても。誰も気にしない」
「つか、ディケイは大丈夫なんか?お前、
「問題は無いよ。僕の立脚点はまだ向こうに在るからね。それにアルケとのパスもあるし、観測者が別にいる分君らよりは安全じゃないかな」
あっけらかんと、如何にもどうでも良い事かの様に語るディケイに幾つかの顔が曇るも、双方深入りはせずに話を続ける。
実際六名での突入がほぼほぼ確定している現状、余り無駄話に時間を使いたくないのも本当の事。況して相手は人跡未踏どころではない魔境の極致、いくら入念に準備に対策を重ねたとしても足りることなどあり得ぬ難行。
そも、黄昏領域とは何なのか。
世界の
例える言葉は数あれど、どれも本質を突いているとは言い難い。
無論、それらの語句が誤っている訳では無い。ただ、それだけでは足りないだけだ。
この世に在り得ざるモノを封じた事に違いなく、
問題はそれがどの視点から見た物かの一点だけ。
世界は広く、人の領域は驚くほどに狭苦しい昨今。劇的に世界の枠を押し広げた極東の最新技術、『アンバース通信』による情報の物質化を前提としたこの新暦世界において、情報の不可逆的な破損および変質がどれだけの被害を、損失を引き起こすのか。
故に両界の支配者たちは協定を結び、先送りの均衡を選び取ったのだ。
尤も、これほどまでに深刻化するなど、当時の者たちは誰一人として想像だにしては居なかったのであろうが、それは黄昏領域の変遷をたどれば容易に想像がつくだろう。
さもなくば『
何れにしろ、予てよりの協定と不可抗力的な要素とが雑じりあい、いずれの領域も複雑怪奇な一つの世界として成立してしまっている。
更には干渉を防ぐために
そのせいで、侵入するだけでも他世界からの存在確認を行える没入者が必要となってしまう体たらく。
危険度の高さと事前の情報収集が不可能である点を鑑みれば、死んでも構わない没入者の突入は間違いでは無いのだが、好き好んで死地に向かう阿呆などそうは居らず、結局のところ対処不能のまま先送りに為ってしまっているのが現状なのだ。
一行とて、嘗ては他の著名な
尤もその時の対象は、
何にせよ、そんなものを攻略するのが若干六名だけとはさすがの英雄と云えども荷が重いか。
「我等だけならば
「そらお前、『サウラン』一の英雄様だぞ。どうにかはしてくれるだろうが、それでも心配はするのが人情だろうが」
「心配はない。コチラの方は万全。なにせ政府機関が後ろ盾。問題は頭目の方。貯金は足りる?」
尤も、一行の間に流れる空気はそこまで硬い物ではない。
無論、英雄たる自覚はあるし、
久しく味わっていなかった全力を投じる機会を、何よりも死地を超え、さらなる境地に達するための経験を、彼らは喉から手が飛び出るほどに欲していたのだ。
些か小ぶりではあるが、『
逸る心を押さえつけようと、各々が食事に集中し始めるのを見て取ったか、それまでは反対に回っていたダンタースも最早なるようになれと匙を投げ、目当ての料理を強奪されまいとスプーンフォークを構え直し、暫しその場は話声の無い静かで活気のある空気に包まれるのであった。
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