【第三話】閉ざされた虹の開放者たち

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 そんなこんなで、一行の次なる目的地は国境沿いの黄昏領域ロストベルト凪途の寝所カムウェンカー』へと決まったのであった。


 が、しかし、決まったからと直ぐにでも向かえる訳も無し。

 冒険には事前準備が必要で、況してや向かう先の状況が判らないのだから慎重になって損はないのだ。

 ついでに言えばせっかくの王都、英気を養うに不足はない以上、しばしの間羽休めとばかりに寛ぎにかかる我らが一行。


飛籠エアシップの予約は取れましたヨ。今度はきちんと、全員分の客席もありマス」

「ただ。直行便は無いから。最寄りの発着場に着いたら。其処から先は。歩きか馬車」

「そこは仕方あるまい。そも、黄昏領域のある程度近くまで行けるほうが凄いと思うのだが、採算は取れているのか?」

「国境沿いですからネ。飛籠で国境を越えられない以上は、そこら辺で引き返すほうが安上がりなのでショウ」


 無論、ただ無為に時間を潰すような事をしている訳でもない。


 情報収集こそ出来ずとも、それはあくまでも今現在の状態の話。嘗て何があって領域として閉ざされたのか、そこらの情報に関しては基本書籍なり何なりで保存、継承が成されているのが当たり前。

 況して今の宿は貴族の邸宅なのだから、その利点を生かさぬ様では勿体無い。


「……ある程度は情報も集まっては来たが、見える限りではコレもまた……中々の難物だぞ……」

「ま、仕方ないべ。手の施しようがないって判断されなきゃそうは成らんのだから、そらそうよ」

「でも、ここに関しては国境沿いだからか規模の割には、割りかし情報は多いほうじゃないかな」


 議論を重ねる、という訳では無いが囂しくぐだぐだと話を続ける一行。

 哀しいかな、風来坊たる彼等に宵越しの銭など縁遠く、何ならつい最近に素寒貧になったばかりの有り様故に、実の所路銀にも事欠く有り様なのであった。


 詰まる所、情報収集と言えば聞こえはいいが実際は、国王の語っていた褒賞を当てにしての事なのである。


 尤もそんな彼らの生態は承知の事だったのか、明くる日男爵邸へとやって来た王城からの使者は馬車一杯の金子と共に、特急飛籠の割符を差し出したのであった。




「いや〜、快適だったねコイツは。流石は最新式の飛籠だ、全く揺れを感じないとは」

「座席が広いのも助かったな」

「手足が伸ばせるのはホント助かる〜、猿みたく縮こまるのは大変だからね」


 和気藹々と、空の旅を楽しんだ一行が地へと降り立つ。

 前回とは打って変わって皆朗らかな表情で、一人として欠ける事無く到着と相成ったのだ。話にも花が咲くというものであろう。


 尤も、彼らの話をよくよく聞けば、理由がそれだけでは無い事にも気付けるだろうが。


「まさかあんな処で、ゴライアスオオツノハナフグリの群れに出くわすなんてね。思いもしなかったよ」

「そもそも時期ではない筈デス。まだ夏ですよ、彼らが群れを成して南下するには些か早すぎるでショウ」

「……あるいは訳あって、越冬を早めざる負えなかったか……」


「それもだが、まさか我らの乗っていた舟でハイジャックが起こるとはな」

「ああいう閉所だと俺等って、いまいちパッとしないからな。今回は、アイツに助けられたと思っとこうや」

「『怪人探偵シャーロク・ハウス』まさか彼が。同乗していたとは。不審な乗客がいるとは。思っていたが。海のアルケ一生の不覚!」


 一体全体飛籠の中で何が起きた物なのやら、他の客も少ないとは云え同じように興奮を口の端に乗せ、しきりに話を交わしている。

 そんな中、同じようにタラップを降りながら旅の出来事に思いを馳せる一行。穏やかな雰囲気漂う会話ではあるが、周囲の情景は和やかさの欠片も無い。


 あちらこちらで上がる怒声に、応える様に響く槌の音。物々しい様相の傭兵団マーセナリーが闊歩し、店先では拳を交えながらの交渉が横行している。

 今しも叩き出されたのは客の方か、伸びた人影を気にした風も無く店に戻るは恰幅のいい商売人の方。


 国境沿いであるにも関わらず、或いは故にか。威勢の良さを通り越し、風紀の語句も逃げ出すような鉄火場が街を作ったような其処こそが、現在『サウラン』随一とも一部では評される。『凪途の寝所カムウェンカー』に最も近い最果ての街、ポーキアであった。


 怒号と啖呵が飛び交う街にしては随分と発展している様にも見えるが、それは街より少しばかり先で、黒々とした結界を覗かせている黄昏領域が関係している。




 嘗て領域を遮る結界は、ただ行き来を禁ずる物でしかなかった。故に此方と彼方、双方が双方を認識することも可能ではあったのだ。

 聖地誕生の発端となったある存在、名前も種族も失伝し杳としてしれぬそれが生まれたその時までは。


 何が起こったのかまでは伝わらず、ただ神々から下された神託によってのみ詳細が語られる


 結論を言ってしまえば集団催眠、とでも言えばいいのか。結界越しに映る模様をちらとでも見た者の思考を歪めるほどのそれを、一言で片づけてしまえるのならば、ではあるが。


 結界上を飛び交う情報の内、悪性によって歪められたものは排除できても善悪の情を持たぬ只の模様には神々の力も対応できず、気付いた時には結界内への大規模な侵入と共に何らかの儀式が成立し、一度は世界の歴史が書き換えられたと伝わるほどの大災害が発生したと、後世にはそれだけが伝えられている。


 それ故にか、神々は対策として領域の内外との時間の連続性を断ち切ることで、ありとあらゆる情報の行き来すらも遮断したのだ。


 尤もそれ故に中に入るのも一苦労で、一度入れば二度と出られぬ監獄となったのは痛し痒しか。それまでの領域解体の記述量とそれ以降とを比べてみれば、その差は一目瞭然となってしまう。


 没入者ヴィジット達が群がり貪るのだが。


 何せ中は、時間の停止した宝箱のような物。何が入っているかは不明なれども出来て時間が経つほどに、被害の報告が多い程に、領域の中には大量の武具や道具、情報や技術の類が詰まっているのだ。

 小さめと云えども領域一つを解体できれば中に入っているそれらに加え、世界への貢献として一躍有名人の仲間入り、正に夢の如き栄達を果たせるだろう。


 故にこそ、死を恐れぬ彼らは、恐れることを忘れた愚者は、領域へと群がり今日もまた、未来へ向けて宝を献上することになるのである。




 そうして幾度も領域へと挑みかかる没入者たちが、自らの利便性を求めて宿場を整備し、商機と見た武装商社カンパニーが様々な物資人材を抱えて町を作り、そうして出来上がったのがこのような煩雑で奔放この上ない、破落戸の住まう楽園なのだった。


 色取り取りの頭髪に装いと、遠目からでもよく分かる没入者の群れをかき分けて進む一行。

 一行とて普段は奇抜な装いをしている事も多いが、通りを行く彼らには比べられないだろう。


 赤や青など奇矯な色合いだけでなく、斑に染まった髪などは何を思っての事なのか。

 鎧装束に関しても、なんの為にあるのか分からない棘や突起を満載にした物や、急所を剥き出しにした何処を護っているのか分からぬ鎧等、機能よりも個性を前面に押し出した物が多い。


 其れは没入者の特性が故に、一目で判るようにしてあるのだ。


 何せ彼らは死したとて、死体があればその場で生き還る事ができるのだ。更には魂が同一であれば、転がっている死体を使って自己の強化も可能になると、死が一時の停滞にはなれども終着にはなり得ぬのだから、生き死にが軽い軽い。

 機能性や防護を重視するよりも、見た目の個性や判別性を重要視しているが故の、ある種煌びやかな喧騒だ。


 尤もそんな彼等とて、慎重にならざるを得ないのが黄昏領域と云うものなのだが。


 何せ、内部に入ってしまえば何人たりとも出られぬ牢獄が待ち受けているのだ。彼等が幾ら死しても蘇るといった所で、内部での復活は出来ない以上、着の身着のままほっぽり出されてはしようがなく。


 さりとて一度入ってしまえば、後は死して外で復活するか、或いは領域の主を討滅し、解体された領域から大手を振って凱旋するかの二択しかあり得ない以上、一度の攻略アタックで最上の成果を出す事が出来ねば、後に待っているのは掛け金チップの没収だ。


 無論、それに関しては皆承知の上でここに居る。色取り取りの没入者達が伊達見栄ばかりの装束なのも、言ってはなんだが失った所で惜しくはない水準の装備であるが故。

 ついでに、回収された際に敬遠される見た目であれば、買い取り金額も安上がりになるとの打算の産物でもあったりなかったり。


 彼等とて領域がどれほど危険なのかは、字句通りに身に沁みて理解している。

 尤もそれで退く事をしない辺り、彼等が源精者アシマールから『愚か者たちストゥーピッド』と呼ばれる所以がよく分かる。

 

「そんで、何時から攻略に入るん?今からか」 


 のほほんと、周囲の『愚か者たち』と大して変わらぬ思考回路のソワラが問いかける。


「予定としては、明後日からにしようかと考えていたが、どうだろうか」

「コチラは問題ありまセン」

「……此方もだ……」


 尤も、真っ当よりな思考を保っているその他の一行には、一顧だにもされはしなかったのだがさもありなん、今の彼らの格好は何時ものお忍びの不審者スタイル。ちょっと田圃の様子を見てきます、等とスコールの中を死にに行くのであればいざ知らず、本腰を入れた攻略には不向きであるにも程がある。


 装備を切り替え準備を整え、とそのために明日一日を使い、翌日に万全な状態で攻略に出向くのがむしろ当然まであろう。


「では明日は自由行動で、明後日の日が昇るころに街の出口に集合としよう」


 故に、ここで解散となることはそう可笑しくは無いのだが、不満がある者も居る様子で。


「おいおい、待てよお前ら。ここは昼間から酒場に繰り出す所じゃねえのかい」


 駄々っ子の様にむずがって見せるソワラに、渋い顔を隠さないラルヴァンが応える。


「今回ワタシたちは密命を受けてここに居る形になりマス。そのため出来るだけ、騒ぎや証拠を残さない様に立ち回らなければなりまセン。酒場で一席歌うなど言語道断デス」

「なん、だと……いつの間に、そんなことになっていたんだ」

「まあ、向こうも敢えて口にはしていませんカラ。絶対とまでは言いませんが、それでも騒ぎは起こさない様にして下さいネ」


 特大の釘を差されたソワラではあるが、実のところ彼単独で面倒ごとを引き起こした事は余り無い。どちらかと云えば今の言葉は、奔放極まるディケイと止める気のないアルケへと向けられたのだが、そもそちらは聴く耳を持たずさっさと宿へと向おうとしている。


「大丈夫でしょうカ」

「……一日そこらだ、問題は起きまい……。おそらく……」

「頼むぞソワラ、上手く止めてくれよ」


「そういう時だけ調子良いよな、お前らは」


 心配するのもむべなるかな、何せ彼らは超抜級の英雄レコード・ホルダー。騒動の方から愛され突撃される側故に、これまでも、そしてこれからも。彼らの旅路は一筋縄では行かないことに、どうせ決まっているのだろうから。


 



────────Tips─────────



 『小さな石碑』


 白くて片手に収まるくらいの大きさの石板。

 持ち運び可能で幾つかのサイズ違いが存在している。


 得にこれと云った特性があるわけでも無く、何某かのトリガーになるわけでも無く、本当に何の変哲もない代物。


 特にコレクターがいるわけでも無いのだが、時折そこそこの値段で市場に流れては何時の間にかどこかの誰かに買われている。どこの誰が作っているかも謎な代物。


 なぜか年配の(とはいっても見た目では判らない)残留者テランが好んで持ち歩いている事が多いが、なぜか彼らがその理由を語ることは無い。

 これを持ち歩いていれば高確率では残留者であると言える、かもしれない。


 尤も、年配の残留者など只の厄介者でしかない為、見かけたならば注意が必要だ。


 関連項目


 ・石材

 ・残留者

 ・極東の文化

 ・ガラパゴス携帯電話

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