推し活は家賃までが鉄則、じゃけん家賃の高い一等地に引っ越します!


 外で見守るディケイとオッペケペーの前、陳腐な『玩具の家デスマッチ』の中では、その見た目に反するほどの苛烈な死闘が繰り広げられていた。


 内部では各員、死力を尽くして抗ってはいるものの、流石に相手が悪すぎた。


 この位階ステージともなれば、ほぼほぼ標準装備な不死性と再生を剥ぎ取りはしたが、それでも基本性能スペックの高さは如何ともし難い。


 先刻までは桂剥きの如く引き剥がせていた鱗も、『愛悦を聾する蜺の珠エインガナ・オルク』が本性を顕にして以降、頑として小揺るぎもしない始末。

 どだい亜神領海エルフの、それも竜種に対して、端から只の鉄剣では太刀打ちできる領域にはない。

 鋼すら霞む竜種の鱗を以ってすれば、大半の兵器は無用の長物と化すのだから。


 変異を一度挟んだことで強制的に『磁器人形ビスクドール化』の効果は解除され、いまはただサイズが何回りも小さく縮んだ以外に相違は無い以上、地力で優る竜種を相手に片手落ちの一行では、彼我の差は余りにも絶望的だ。


 

 尤も、それを理由にイモを引くような、臆病者は此処には居ない。



 アルケによる幾つかの支援呪文を受け、再度前衛組が体勢を立て直す。


 簡易的ではある物の、『玩具の家』の中身を簡易の神域として認定し、神へと届ける神聖呪文を簡易神域内の霊素を以って行使する。

 不幸中の幸いだろう。相手が元来神格に連なる竜種であったが故に、また酷く閉ざされた空間の中であった事も、一行にとっては有利に働いた。


 これが開けた空間であったならば、これほどの霊素が空間に充ちる事も無く、神威が充満することも無かったであろう。

 そうであったならばこの様に、簡易とは言え神域の模倣など到底不可能であった筈だ。


 とは言ってもだ。神域など、作ったからと云ってどうなるという物でもない。の御座しますであるからこそのだ。

 

 確かに、神域で振るわれる神聖呪文は、外界で用いられるそれらと比して高い効果を発揮するが、それは神聖呪文のとしては当然の事。

 神々の権能や属性を借り受け行使するのが神聖呪文、当然ながら神々に依って得手不得手が明確であり、また神々とのが近ければ近い程、行使した呪文の効果は大きくなる。


 神域で行使された神聖呪文が強力なのは、様々な意味で神との距離が近くなるからこそ。

 詰まる所、信仰対象の神が近くに居るから意味があるのだ、神の居ない神域になど、何の効果も意味もない。



 例外は、何処にでも在るものだ。



 神域とは、神の住まう地。

 その神と、最も属性として近しい場所がそう呼ばれる。

 

 ならば、属性さえ近しければ、神域として呼べるのでは?と考えても可笑しくはない。


 無論、限度という物があるのだが。


 ここで云う近しい属性とは、概念としてのそれも含むが、それとは別にもう一つ、勘案せねばならぬ要素が有る。


 それは、知名度、である。


 言ってしまえば、どれだけ属性としては近しかろうが、誰もその神を知らぬ地では神域としては認定できない、という事である。

 

 だが、しかし。


 そうであるならば、もしも、世界の誰もが知っていて、世界の何処にでも現れて、世界の何であっても概念として一続きになる神が居たとしたら。


 そして、神々の誰もが関係を持たない神域なんて物が、唐突に現れたとしたら。


 そこを、その神が自らの神域とする事は、何ら可笑しな事では無い。

 


 世界には、様々な概念が存在する。


 国や、大陸。文化文明、時代に主義主張。


 雑多なもので溢れるこの世界だからこそ、数多の神々が同時に存在していられるのだ。


 だがしかし、数多の概念の中でも、神々にしか触れることの赦されぬモノがこの世には在る。


 

 そして、それら概念を産み出したからこそ、もたらしたからこそ、それらの神々は他の神々をして、区別せねばならぬ程に、強大な存在となっているのだ。


 世界を産み出した原初の三概念。


 混沌大地生命、そして時間秩序


 時の流れぬ黄昏領域ロストベルトに、時の流れる神域が出来る。

 それは彼の神に取って、己の神域とするに相応しき場所。


 故にこそ、神威をもたらし、自身の信徒に最大限の助力を行うことに何ら問題は無い。



 そしてそれは、向こうにとっても大きな転換点であったと云えよう。



 そも、彼の虹霓竜がバグを抱えるに至った理由は、この世界を守るため。

 幾らかの誤算はあったのだろうが、本来の目的である疵による世界の浸食変質を防ぎ、今こうして討伐可能な脅威にまで危険度を引き下げた事を鑑みれば、彼の功績は比類なきものと言えるだろう。


 そして、神格が故の世界の守護だ。此処が簡易とは言え神域となったのであれば、虹霓竜の本懐として自らの討伐を望むことは、そう可笑しい事では無い。


 本来であれば持ち前の呪文や神秘の幾らかを以って、積極的に敵対者を滅ぼしに来たのであろうが、今回ばかりは一行に向けて好機の風が吹いている。



 予備の楯を構え直したクリフへと向けて、再度鋭い爪による叩き潰しが襲い掛かる。

 今度はしっかりと技能スキルも用いて受け流したクリフ、予備とはいっても性能は変わらぬ以上、受け流しに成功したのは先とは違い心構えがあったが故か。

 

 叩き潰し、薙ぎ払い、突き刺し。


 重量と鋭さを前面に押し出した単純な力押しに対し、徹底して正面からは押し合わずに受け流していくクリフ。虹霓竜の連撃を楯で、時には手槍で以って捌いていく。


 受けて流す、その一連の動作に虹霓竜とクリフの間で、舞踏の様な拍子が生まれる。

 一定のリズムを刻む両者の動作に、これ以上ない程空気を読んだラルヴァンが踏み込んで来た。


 今度は正当な手段で積み上げたバフ。一回りも二回りも膨れ上がった筋肉から、強力無比な斬撃が飛び出す。

 それは比喩でも何でもなく、空を切り裂き一直線に、虹霓竜の顔を目掛けて突き進んで行く。


 瞼を閉じたそれだけで、ラルヴァンの斬撃を防いで見せた虹霓竜。而してそれは、自らの手で死角を生んだことに他ならない。

 無論、上位存在たる竜が、目を瞑った程度で識別能力が下がることなど在りはしない。


 だがそれは、十全の状態での話。

 

 疵によって変質し、更には無意識のうちに弱体化した虹霓竜に、死角を補う等と云った意識が残っている筈も無く。

 そして、その隙を虎視眈々と狙っていた者からすれば、千載一遇の好機の到来に他ならない。


 息を潜め、気配を殺し、細心の注意を払って潜伏していたソワラ。

 隠密技能は持たないものの、奇襲アンブッシュの類いには元からダメージボーナスが付いている。

 狙いすました一撃は、これ迄の数打ちとは違い名の有る名工の手掛けた逸品、優美な両手剣に依るものであった。


 するり、と魔法の様に鱗の継ぎ目に差し込まれた切っ先は、虹霓竜に反応する間も与えずに、梃子の原理も用いて瞬く間に鱗を剥ぎ取って見せた。



 たかが一枚、されど一枚。



 鱗も皮も筋肉も、強靭であることに変わりはないが、それはあくまで物理的な話。


 そこに籠められた『守護』の概念、神秘の多寡で言えば当然ながら、外界の守りたる鱗こそが軸となるのは明白だ。

 であれば、『守護』の剥がれた場所が明確な弱点となるのもまた、自明の事。


 ラルヴァンの剣が、アルケの呪文が我先にと殺到する。


 無論、鱗一枚の差でひっくり返るほど、彼我の戦力差は甘くない。

 然れど一撃で見ればそう変わらぬが、百や二百と積み上げたなら鱗一枚の差は正に山の如し、狙わぬ訳も存在はしない。


 尤も鱗など、大人の掌程度の大きさ。近くで見れば大きくも見えるが、虹霓竜の大きさからすれば正に猫の額程、到底有効打には程遠い。

 現に動き回る虹霓竜の、たった一点の露出部目掛けて、攻撃を当てているのはラルヴァンのみ、アルケの放った『聖矢ホーリーアロー』は健闘虚しく周囲の鱗に弾かれている。


 このまま追撃と行きたい一行ではあったが、そうは問屋が卸さないらしい。


 流石に虹霓竜も身を捩り、真新しい傷痕を庇いながらも、返礼とばかりに尾による薙ぎ払いをお見舞いする。

 腐っても元神格、やられてばかりでは居られない、と思ったか迄は判らぬが、先刻までの尾と牙に加え両の手足も増えた分、更に苛烈になった連擊の嵐が一行を襲う。


 クリフが楯を構え、必死になって防いではいるものの、焼け石に水とはいかないが、それでも被害を防ぎきるまでには至らない。

 勿論その為のアルケの配置。負傷、疲労が嵩んだ時に即座に回復できるのは、聖職者クレリックの専売特許である故に。


 無論、他の職能クラスでも負傷の回復事態が出来ない訳ではないのだが、時間が掛かるは深手は治せぬはと、いまいち痒い所には手が届かない。

 挙句、疲労の回復は聖職者でしか出来ぬ上、治癒回復系統の呪文は他の呪文で上書きされる仕様の為に、出来得る限り効果の高い物だけを使いたい所。


 であれば聖職者を壁の花と並べ立て、順繰り回復行動を行え続ければ良いのではないか、等と云う考えも無くは無い。


 而してそれには問題が一つ。


 今もまた、負傷が嵩みだしたクリフへと『快癒の祈祷プレイヤー・オブ・ヒーリング』が行使された。


 此処までの連撃に晒されて、それでも他の面々には一切の被害を出さずに留めている辺りクリフの盾役タンクとしての熟練度が窺えるが、それでも自身の負傷を防ぎきれる程ではない。

 そもそも適度に負傷することで、敵対者に一層の攻撃を誘わせるのがクリフの立ち回り。端から完封することは考えていないのだから、自身への攻撃に対しては脇が甘いのも無理はないのだ。


 それに加えて補助役サポーター寄りの三名は、いずれも程度に差があれど回復呪文の使い手でもある。

 順繰りに呪文を使いまわせば、そこまで大きな問題には至らなかったのだ。


 そう、回復役が複数いれば、この手の問題は起こらないのだ。


 呪文による治療は速やかに執り行われた。当然の事ではあるのだが、その直後に起きた出来事に関しても当然の事と捉える他は無いだろう。


 痛めつけていたクリフの傷が癒えたことを見て取った虹霓竜は、即座にその敵愾心ヘイトを一人後方に居るアルケへと向ける。


 『神官回復役から潰せ』


 それは、とある王女の放った金言である。


 当然の事だ、頭数が減ればそれだけ戦闘は有利になる。ならば負傷を癒し、倒れた仲間を復活させる癒し手ヒーラーの存在は、敵手にとってはこれ以上ないほどに厄介な代物。

 優先的に狙うことは、何ら可笑しなことでは無い。


 それ故にだ、嵩んだ負傷を癒すために、また、前衛の疲労を取り去るために何度か使用された呪文によって、大きく引き上げられた虹霓竜の敵愾心がアルケの方を向かわせたのは、この場においては致し方のない事であり。


 素早く伸ばされたその顎が、アルケの身体を呆気なく捕らえ引き裂いたのもまた、仕方の無い事でもあったのだ。

 





 

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